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錬金術師とネコの妖精

 ネコが言葉を喋った。


 誰かにそう言われたら、私は迷わず家に帰って休むか教会へ行くことをお勧めするだろう。

 とは言え、ここも元ではあるが一応教会である。

 ……ということは、つまり、私は疲れているのだろうか。


 突然のことに驚きを通り越し、そんな間抜けなことを考えてしまう。

 そうして現実から目を背けていると、ロザリーが私の視線を追うように後ろを振り返った。


「ん? ああーっ!?」


 途端に声を上げてネコを指差すロザリー。

 もしかして知り合いなのだろうか……ネコの知り合いって何なんだろうという気もするが。


「なんだ妖精。騒がしいぞ?」

「そっちだって妖精じゃん!」

「まあまあ。というか、妖精なの、このネコ?」


 なぜか言い合いを始めそうになるロザリーを落ち着かせ、気になったことを聞いてみる。

 するとロザリーではなくネコの方から返事が返ってくる。


「当たり前であろう。普通ネコは喋らぬ」

「う……まあ、確かに」


 それを本人が言うか、と思わず心の中で突っ込みを入れてしまうが、そのお陰でだいぶ落ち着けた。

 私は威嚇するように唸るロザリーを宥めつつ、左手に持ったままの『懐中石灯』をネコへ向ける。


 夜闇に紛れてしまうかのような黒い毛並みと、ギラギラと輝く金色の双眸。

 尻尾はよく見ると途中から二又に分かれており、各々がゆらゆらと揺れている。

 大きさは普通のネコと同程度だが、言葉を話すことといい、確かに普通とは違うようだ。


「それで、先ほどの問いの答えは何だ?」

「先ほどって言うと……あ、ここで何をしているのか、って?」

「そうだ」

「えっと、最近この教会で幽霊が出るっていう話があって、それを調べに来たの」


 特に隠すことでもないので正直に話すと、ネコの妖精は納得顔でふむふむと頷く。


「ちなみに、なんだけど……」

「何だ?」

「あなたはいつからここに?」

「一月ほど前だな。魔獣と戦って体力を消耗したので、ここでゆっくり回復に努めているのだ」

「な、なるほど」


 マチルドさんから聞いた教会の幽霊の噂は一月ほど前から。

 そしてこのネコの妖精がここに住み着いたのも一月前。

 ……完全にこのネコの妖精が噂の元凶である。


 そこでようやく落ち着いたのか、話を聞いていたロザリーが腕を組んで「ふん」と鼻を鳴らした。


「どうせそのネコが幽霊の正体でしょ?」

「恐らくそうであろうな。ところで、我にはノワールという名前があるのだぞ、妖精」

「むきーっ! アタシにだってロザリーっていう名前があるんだよ!?」

「あ、あはは……。あ、私はレティって言うんだ。よろしくね、ノワール……さん?」

「敬称はいらぬ。……ふむ」


 ノワールと名乗ったネコの妖精は、音もなくテーブルから飛び降りると、私の方に近づいてくる。

 どうしたのだろうかと見守っていると、私の一メートル程手前で止まり、鼻をヒクヒクさせながら見上げてきた。

 いや、正確にはその金色の目はローブの右側に括り付けられた布の袋を見ているようだ。


「先刻から気に掛かっていたのだが、その袋に入っている物は何だ?」

「え、これ?」


 右手で袋に触れると、心なしかノワールの尻尾の揺れが大きくなった気がする。

 手を離してみると揺れが小さくなり、再び触れると大きくなり……ちょっと面白い。

 あまり何度も繰り返すと怒られそうなので一度で我慢し、袋の中から小さな石を一つ掴んで取り出した。


「えっと、これは『元素石』って言う錬金術で作った道具だね」

「ほう、『元素石』と言うのか。それに錬金術か、懐かしい。するとレティ、お主は錬金術師か?」

「うん、そうだよ」


 ノワールの言った『懐かしい』という言葉になぜか引っ掛かりつつも、私は肯定するように頷く。

 するとノワールは尻尾を時計の振り子のように揺らしながら何かを考えるように斜め下に視線を向ける。

 やがて愉快そうな声でふむと頷くと、再び私の方へ顔を向けた。


「レティよ。我と取引をしないか?」

「……取引?」

「ああ。その『元素石』をいくつか譲ってくれ。対価として貴重な物を譲ろう」


 提案というよりも有無を言わせぬというその雰囲気に少し気圧されるが、なんとか気を持ち直す。


 『元素石』は力のない人が魔獣に対抗するための道具であり、同時に非常に危険な物でもある。

 今手にしている親指の爪程の小さな火の『元素石』でも、この部屋に置いてあるテーブルくらいなら吹き飛ばす程度の威力が出てしまう。

 それゆえに『元素石』の存在を知っている人はあまりおらず、作り方ともなると片手の指の数程しかいない。

 この街に住んでいる人で存在を知っているのは、私とロザリーの他だと、先生の旧友であるジュストさんくらいだろう。


 私は手にしていた『元素石』を袋に戻し、一度深呼吸をすると、しっかりとノワールの金色の目を見据える。

 向こうの返答次第ではすぐに逃げ出すことになるか、最悪戦闘になるだろうと気を引き締めて、質問を投げかける。


「何に使うのか、聞いても良い?」

「決まっているだろう。食べるのだ」

「――へっ?」


 しかし、ノワールから出てきた言葉は私の予想の範疇を越えており、思わず気の抜けた声を上げてしまう。

 何かの聞き間違いだろうか……いや、確かにはっきりと『食べる』と聞こえた。


「えっと……食べる、の?」

「ああ。魔獣との戦いで体力を消耗したと先刻言ったであろう? 未だ半分程しか回復しておらぬが、その石を食べられれば全快するだろう」

「……ええっと。そ、そういうものなの、ロザリー?」

「いや、アタシに聞かれても……」


 隣に浮かんでいるロザリーに振ってみるが、困惑顔で首を横に振られた。

 同じ妖精でも分からないらしい。

 食べると答えられても反応に困るので、ある意味では安心したとも言えるのだが。


「そこの妖精と我とでは、そもそもの()()()()が違う。聞いても参考にはならぬぞ?」

「あ、そうなんだ……」


 よく分からないが、そういうものとして認識しておくことにして、思考を放棄する。

 妖精については学者でさえ未知数なことが多いのだ。

 これが先生であれば根掘り葉掘り問いただしそうだが、私はそこまで学者気質ではない。


 それよりも今は『元素石』の方が重要である。

 話を聞く限り『元素石』は消耗した体力を戻すために使う? らしいので、危険性はなさそうだ。

 私はこほんと咳払いを一つすると話を続ける。


「うん、話は分かったよ。それで、何個くらい必要なの?」

「先刻の大きさの物であれば、五個……いや、六個だな」

「分かった。ちょっと待ってね」

「レティ、その前に何と交換するのか確認しなくて良いの?」


 ロザリーの突っ込みに「そうだった」と言葉を漏らす。

 正直、困っているならあげても良いのだが、何となくノワールは素直に受け取ってくれなさそうである。

 私がノワールへ視線を向けると、一瞬だけ呆れたように目を細めてから、ふむと唸った。


「我が渡すのは『またたび酒』だ」

「『またたび酒』……? お酒貰っても、私飲めないよ?」


 この国の法律で飲酒は成人にならないと認められていない。

 ちなみに成人は十八歳であるため、十五歳の私が飲むにはまだ三年早い。

 お酒にはちょっと興味はあるものの、貰ったところでどうしようもないだろう。


「お主は錬金術師であろう? 『またたび酒』は錬金術の素材としては使えぬのか?」

「うーん、聞いたことないね」

「それは残念だ。何にしても、妖精から貰える物は貴重だ。必要がなければ売ってしまえば良いだろう」

「あっ、それは確かに」


 ノワールの言葉になるほどと頷く。

 雨女ちゃんから貰った『雨含石(うがんせき)』も、貴族や王族が大金を投じたという噂があるほど希少な物だ。

 そもそも妖精に出会うこと自体が稀なうえ、その妖精から貰うことでしか手に入らないとなれば、高額になるのは当然とも言える。

 貰い物を売るのは抵抗があるが、送った本人が売るように言っているのなら、気にしないでおこう。

 もちろん錬金術の素材として使えるかどうかは要確認だ。


「取引成立だな。着いて来い」


 気持ち弾んだ声でそう言ったノワールは、部屋の中へと引き返すと最初に座っていたテーブルの上へピョンと飛び乗った。

 追い掛けるように『懐中石灯』を向けると、そこにはいつの間にか酒瓶が置いてあった。

 そういえば、ノワールが現れた時も、まるで最初からそこにいたかのように忽然と姿を現したと思い出す。

 方法は分からないが、どちらもノワールの仕業だろう。

 酒瓶を手に取り栓を開けてみると、お酒独特のアルコールの匂いが鼻に付く。


「――あうっ!」


 強烈な匂いに慌てて顔を離して栓をする。

 そんな一連の様子を見ていたノワールが、愉快そうに喉を鳴らした。


「お主にはまだその良さは分からないだろう」

「うう……。当分は分からなくても良いや……。でも、確かにお酒っていうのは分かったよ。ありがとう」

「正当な取引だ。礼などいらぬ」

「あはは、そうだったね。じゃあ、私からも」


 私は酒瓶をロザリーに持って貰うと、袋から『元素石』を取り出してテーブルの上に並べていく。

 ちなみに、途中で後ろからロザリーの唸り声にも似た悲鳴が聞こえたので、私と同じくお酒の匂いを嗅ごうとしたのだろう。

 手ごろなサイズの『元素石』を並び終えると、ノワールが満足げに頷いた。


「やはり何度見ても高濃度の元素だな。では、頂くとしよう」


 元素の濃度なんて分かるんだ、と思った次の瞬間。

 ノワールが『元素石』を咥え、そのままバリバリと噛み砕いて食べ始めた。


 『元素石』は、言ってしまえば水晶に元素を詰め込んだだけの道具である。

 つまり硬度は水晶そのもの。

 しかも、あれだけの衝撃を加えているはずなのに、なぜか爆発もしていない。


 本日何度目かの驚きで固まっている間にもノワールは食事を進め、瞬く間にテーブルの上に並べた『元素石』を全て平らげてしまった。

 ノワールは満足そうに尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ペロリと舌舐めずりをする。


「ふむ。これだけ体力が戻れば十分だ。感謝する」

「……お礼はいらない、だよね?」

「これは一本取られたな」


 ようやく驚きから解放された私がお返しとばかりに言葉を返すと、ノワールはどこか楽しげに喉を鳴らす。

 そして私たちに背中を向けるようにくるりと身体の向きを変えた。


「では、我は行くとしよう」

「もう行くんだ?」

「長居すると幽霊と間違われるからな。さらばだ、錬金術師レティ、それと妖精ロザリーよ」


 最後にそれだけ言い残すと、まるで元からいなかったようにノワールは忽然と姿を消してしまった。

 部屋の中央には埃の積もっていないテーブルだけが残されている。


「最後だけ名前で呼ぶなっての……」

「ふふっ。面白い妖精だったね」


 ロザリーの小さな呟きに笑みを浮かべる。

 それにしても、『錬金術師レティ』と呼ばれると、まるで先生みたいな立派な錬金術師になったかのように思えて――。


「ああーっ! 思い出した!」

「うわっ、何!?」


 突然叫び出した私に驚いたのか、ロザリーは身体を仰け反らせた。

 危うく酒瓶を落としそうになっているロザリーに顔を向けると、誰もいなくなったテーブルの上を指差す。


「昔、先生に喋る黒ネコの話を聞いたことがあったの。あれ、きっとノワールのことだよ!」


 錬金術師を名乗った時にノワールが「懐かしい」と言ったのも、かつて錬金術師である先生に会ったことがあるからだろう。

 ロザリーとも顔見知りだったようだし、何とも不思議な縁に巡り合ったものだ。


「また会えるかな」

「えーっ。もう勘弁!」


 私がそう呟くと、ロザリーは露骨に嫌そうな声を上げる。

 どうやらロザリーはノワールと気が合わないようだ。


 そんなロザリーに苦笑しつつも、私は心の中でひっそりと不思議なネコの妖精との再会を祈るのだった。

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