錬金術師とアロマソープ
この話を含め、直近三話の内容を変更させていただいております。
皆さまには大変ご迷惑をおかけいたしますが、お読みになられる際にはご注意くださいませ。
2020年12月28日
「レティ、ロザリー、邪魔するぜ……って、何やってんだ?」
お店のドアから入ってきたヴァネッサさんがそう言って怪訝な顔を浮かべたのは、木材の搬入がほぼ終わり、小屋の建設が始まった二日後の昼過ぎのことだった。
お店の西側からは朝から夕方遅くまで作業する音が聞こえてきており、窓から覗くと既に柱が立っているのが見える。
技師さんたちが合間を縫って入れ替わり立ち替わりで作業してくれているようで、本当に頭が上がらない。
一度差し入れとしてサンドイッチを作って持って行きつつそう伝えたところ、「俺たちの方こそ時計塔を直して貰って感謝してる」と口を揃えて返されてしまった。
ちなみにサンドイッチは、薄くスライスしたハムと野菜を自家製のソースを塗ったパンで挟んだだけの簡単な物だったが、意外と喜ばれたのでそれ以降も定期的に差し入れするようにしている。
「あ、ヴァネッサさん。休憩ですか?」
「ああ、まあな。それで、レティは一体何やってんだ?」
先ほどまで作業をしていたらしく額にうっすらと汗をかいたヴァネッサさんは、私の向かい側に腰を下ろすと、テーブルの上に目を落とした。
テーブルの上には錬金術を使うためのスクロールや金属製の器、それと薬草や水といった素材の他に、黒い物体が山のように積み上がっている。
別に意図して黒い物体を量産している訳ではなく、暇を見つけては新しいレシピの調合に挑戦し、その失敗作として積み上がっているだけだ。
ヴァネッサさんにそう説明しながら私は軽く伸びをする。
「へえ。錬金術師ってもっと何でもそつなくこなせるイメージあったよ」
「あはは……。まあ、私は未熟なのでこんなものですよ。先生だったらもっと上手くやれると思います」
「オレールはまた別だと思うよー」
斜め後ろから声がしたので振り返ると、奥で『紅仙樹』のシロップを作っていたはずのロザリーがいつの間にか隣まで飛んで来ていた。
そのままテーブルの上にふわっと着地したロザリーは、腕を組んであいまいな表情を浮かべる。
「錬金術の腕は確かだからね、あんなのでも」
「あんなのって……。確かに研究に没頭する癖は直して欲しいけど」
私が幼い頃はそうでもなかったが、家事を任されるようになってからは食事も忘れて研究することがたびたびあったのを思い出す。
「そのオレールってのが、レティの師匠なのか?」
「そうですね。私の錬金術の先生でもあり、育ての親でもあります」
「……育ての親?」
ヴァネッサさんが不思議そうに首を傾げ、ロザリーが気まずそうに「あー」と声を漏らした。
そういえば以前もこの話になった時に似たような反応をされたなと心の中で苦笑いしてしまう。
私は視線を泳がせているロザリーに「大丈夫だよ、ありがとね」と微笑みかけ、ヴァネッサさんの方へ顔を戻す。
「ええっとですね、まだ物心付く前の話なんですけど、私の両親は魔獣に襲われて亡くなったんです」
私の両親はとある地方にある小さな街の商人だった。
両親が住んでいたその街にはかつて飛行船の停泊場がなかったらしく、隣街まで荷物の運搬を馬車で行っていたようだ。
街の距離はそれほど離れておらず、また狩猟師もしっかり雇っていたようで、例え魔獣に襲われても十分に対処できていたらしい。
しかし、私が生まれてからしばらく経った頃。
移動中に運悪く魔獣の群れに遭遇し襲われ――。
そこへ偶然通りかかった先生ことオレール・ライエが助けに入ってくれたが、唯一助かったのはまだ幼く母親に守られるように抱きしめられていた私だけだったらしい。
その後、先生は他に身寄りのなかった私を引き取り、実の娘のように育ててくれた。
先生は助けられなかったせめてものお詫びだと言っていたが、私はもうそれ以上のものをたくさん貰っている。
「だから、私にとって先生は錬金術の先生であり、育ての親であり、何より恩人でもあるんですよ」
最後のは認めてくれませんけどね、と笑って付け足す。
そう言って話を終えると、ヴァネッサさんは眉間にしわを寄せ、右手で頭をがしがしと掻いた。
「……悪い。変なこと聞いちまったな」
「あっ、いえいえ、気にしないで下さい。初めに言ったように、物心付く前のことですし」
突然頭を下げたヴァネッサさんに、私は慌てて顔の前で両手を横に振る。
ヴァネッサさんは「そっか、ありがとな」とだけ言って、持参していた水筒から水を飲むと人心地つき、口を袖で拭った。
外から聞こえるカンカンと木を打つような音だけが沈黙の中に響き渡る。
しばらく経った後、そんな空気を変えるかのようにロザリーが口を開いた。
「ところでさ。結局レティは何作ろうとしてこんな失敗作を積み上げているの?」
黒い物体の山を指差して首を傾げるロザリー。
ヴァネッサさんも最初の疑問を思い出したのか、はっとした顔を浮かべて視線を私に向けた。
「ああ、これはね、石けんを作ろうとしているの」
「石けんって、あの石けん?」
「うん、そうだよ。ちょっと待ってね。確かここに……あった」
テーブルの端に置いてあった先生直筆の本を手に取ってパラパラとめくり、目的のページを見つけるとヴァネッサさんとロザリーが見えるようにテーブルの上に広げて置く。
そこには『アロマソープ』と呼ばれる道具のレシピが載っていた。
『アロマソープ』は名前の通りアロマ、つまり香りのする石けんである。
混ぜる素材によってハーブやフルーツなど様々な香りが楽しめると女性の錬金術師に人気の一品で、香りによっては高値で取り引きされることもある。
高値で取り引きされる『アロマソープ』のレシピを作ることができれば、それだけで一生安泰だと言われるほどだ。
ちなみに、美肌効果があるという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。
「ふーん、石けんに匂いが付いただけなんだ」
「だな。なんかもっと凄い物を作ってるのかと思ってたぜ」
そんな女性に大人気の『アロマソープ』の説明を読んだロザリーとヴァネッサさんの反応は、しかし思ったほど芳しくない。
拍子抜けするほどあっさりと興味を失くした二人に、私は思わず「ええー」と声を上げた。
「二人とも、しっかり読んだ?」
「読んだぜ。ってもな、別に石けんなんて汚れが落とせればそれで良いだろ?」
「右に同じー」
駄目だこの二人、と私は頭を抱える。
私とて別に美意識が高い訳ではなく、むしろ平均くらいだと思うが、この二人は特に無頓着なようだ。
ロザリーは妖精だからという理由で納得……は難しいが、理解はできる。
けれど、ヴァネッサさんは二十歳くらい、つまり女性として輝いている時期のはずだ。
「駄・目・で・す! ロザリーはともかく、ヴァネッサさん! いいですか、できあがったら差し上げますから、絶対に使って下さい!」
「お、おう……。わ、分かった」
「約束ですよ?」
テーブルに両手を付いてずいっと顔を寄せると、ヴァネッサさんは若干身体を引き気味にしつつも頷いてくれる。
「ロザリーも、お風呂ができたら、一度しっかり洗ってあげるからね?」
「ア、アハハ……。お手柔らかに……」
こっそりとテーブルの上から飛んで逃げようとしていたロザリーの頭に軽く手を乗せて邪魔をする。
それで観念したのか、頬が引きつった笑みを返された。
そんな私とロザリーの様子を見ていたヴァネッサさんが、話題を変えるようにわざとらしく咳払いをした。
「にしても、あんたらほんと仲良しだな。レティがここに来たのって少し前だよな?」
「二ヶ月くらいですね」
「まだそんななのか。種族は違うけど姉妹みたいに見えるぜ」
「まあ、ロザリーがこんな感じなので」
「あー。納得した」
私がロザリーをちらりと一瞥すると、ヴァネッサさんは苦笑いして頷く。
するとロザリーはくるりとこちらに向き直った後、腰に手を当てて口を尖らせた。
「ちょっとちょっと! それどういう意味?」
「えっと……人懐っこい?」
「犬みたいだな」
「あはは、分かります」
「むー。なんかビミョーに貶されてる気がするんだけど」
「褒めてるんだよ」
実際、私はロザリーのいるこのリガロの街、この『妖精の贈り物』へ来られて良かったと思っている。
初めて先生と別れて暮らすので最初はいろいろと不安もあったが、今まで欠片も寂しさを感じてこなかった。
それも気さくに話し掛けてくれる、ロザリーの陽気な性格のお陰だろう。
私は納得のしていない様子で頬を膨らませるロザリーの緑色の瞳をまっすぐに見つめると、心の底から感謝を伝える。
「本当に褒めてるんだよ。いつもありがとうね、ロザリー」
「……ん」
恥ずかしいのか視線を逸らしながらも、納得してくれたようで小さく返事をしてくれるロザリー。
「……あー。良い雰囲気なとこ邪魔しちゃ悪いし、オレはそろそろ作業に戻るぜ」
「え? あっ!」
眉尻を下げつつ微笑みを浮かべて立ち上がったヴァネッサさんから、私は熱くなった顔を隠すように下げるのだった。
◇◇
それから数時間後。
再び『アロマソープ』作りを再開したもののなかなか上手くいかず、気分転換を兼ねて作ったサンドイッチを技師さんたちに差し入れしようと私はお店を出る。
サンドイッチの入ったバスケットを片手にお店の西側へと足を向けると、そこには日影に座り込んでいる技師さんたちの姿があった。
「――あれ、みなさん、どうしたんですか?」
お昼も過ぎてしばらくすると木々の周辺は影になるため、暑さから避難してきた技師さんたちが良く休んでいるのだが、今日はいつもよりも人が多い気がする。
さらに彼らは各々ビンを持っており、そこには可愛くデフォルメされたウシの絵柄が描かれていた。
もしかしてと思って辺りに視線を巡らせると、同じくウシの絵が描かれたエプロンを身に付けた男性が、片手を小さく上げながら歩み寄ってきた。
「よう、ライエ嬢ちゃん」
「……ダミアンさん? なんでここに?」
それは牛乳屋さんを営んでいる男性、ダミアン・ボダンさんだった。
しかし、以前に買っていった『ミネランフィード』の量であれば、まだ一週間以上は問題ないはずだった気がする。
それに、一体なぜ牛乳を配っているのだろうか。
「ライエ嬢ちゃんが小屋を建ててるって聞いて、差し入れに来たんだ」
「ええっ? そんな、わざわざ……」
もしかして、ダミアンさんまでお礼がどうとか言い出すのではないだろうか。
思わずそう身構えてしまったが、ダミアンさんはニヤリと口角を上げた。
「……ってのは半分本当だが半分冗談だ。実は、嬢ちゃんが作ってくれた『ミネランフィード』のお陰か、ウシたちが例年以上に乳を出していてな。放っておいても腐っちまうし、勿体ないからこうして配っているんだ」
「ああ、なるほど」
「お陰で普段買わない人も買っていってくれるようになって、今年はかなり儲かっているよ、ははっ! 嬢ちゃんも一本どうだ?」
「ありがとうございます」
哄笑するダミアンさんから差し出された牛乳のビンをありがたく受け取っておく。
ビンの蓋を開けようとしたところで、ダミアンさんの登場ですっかり忘れていたサンドイッチの存在を思い出し、私は左手に持っているバスケットを軽く掲げた。
「あ、そうでした。差し入れにまたサンドイッチを作ってきたので、みなさん休憩中にでも食べて下さい」
そう言うや否や「おおー!」と沸き立つ技師さんたち。
合間の作業とはいえ結構な重労働なので、やはりお腹が空くのだろう。
用意してきて良かったと思っていると、隣でそんな彼らの様子を見ていたダミアンさんが何か呟いて苦笑した。
「ん? 何か言いました? あ、ダミアンさんもお一つどうですか?」
「あー、……いや、ただの独り言だ。貰っておくよ」
私は首を傾げつつも、バスケットを開けるとダミアンさんに差し出すのだった。




