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錬金術師とお風呂小屋

直近三話の内容を変更させていただいております。

皆さまには大変ご迷惑をおかけいたしますが、お読みになられる際にはご注意くださいませ。

2020年12月28日

 お風呂小屋の着工から半月。

 ヴァネッサさんを筆頭にたくさんの技師さんが仕事の合間を縫って手伝ってくれたお陰で作業は順調に進み――。

 ついにお風呂小屋が完成した。


 お風呂小屋は、雑貨屋『妖精の贈り物』の綺麗な景観を損なわないようにと、少し距離を開けて建てられていた。

 その外観は雑貨屋と同じ木造の造りではあるが、雑貨屋の三角屋根とは異なり、南から北へとなだらかな斜面の屋根になっている。


 東側に取り付けられたドアを開け中に入ると、出迎えてくれるのは簡素な脱衣所。

 簡素と言っても人二人が並んで着替えられる程度には十分なスペースが確保されている。

 また、棚が一つだけ取り付けられており、服を入れるためのカゴが置かれている。


 そして、さらに奥へ繋がるドアを開ければ浴室が広がっており、一番奥には石造りの浴槽が設置してある。

 この石造りの浴槽、それと排水設備に関しては、私とロザリーでお金を出している。

 最初はこのお金すら技師さんたちが出そうとしていたが、さすがにそこまで甘えるわけにはいかないと止めたのは記憶に新しい。


 浴室を見上げると南側の屋根と壁に隙間が空いており、そこから差し込んだ夏の日差しが浴室全体を明るく照らしている。


「すごーい……!」


 ロザリーの口からこぼれた言葉に私も同意するように頷く。

 興味津々といった様子で浴室を飛んで見回るロザリーを横目に、私は満足そうに微笑んでいるヴァネッサさんへ向き直る。


「本当にこんな立派なお風呂小屋、ありがとうございます」

「いいっていいって。っつうか、礼なら後で外にいるやつらに言ってやってくれよ」

「はい、もちろんです!」


 今日でもう何度目かのお礼を口にすると、ヴァネッサさんは照れたように視線を逸らす。

 そして話題を変えるように咳払いして「そうだ」と浴室の壁に取り付けられた蛇口を指差した。


「これの使い方だが、普通の蛇口と同じようにこのハンドルを回すことでお湯が出てくるからな」

「分かりました」

「こっちのレバーは?」

「それは水の出る口を切り替える用だ」


 ロザリーがハンドルの隣に取り付けられたレバーの上にちょこんと止まると、ヴァネッサさんが答える。

 この蛇口の裏、本来は水槽に溜めた水や井戸から汲み上げた水を供給する装置の代わりに、『雨含石』から水を供給できるような装置が取り付けられているらしい。

 『雨含石』から流れてくる水が、途中の湯沸かし器を通って温められ、シャワーや浴槽に溜めるお湯として使えるようになる仕組みだとヴァネッサさんが説明してくれた。


 その後、ヴァネッサさんから説明を受けながら浴室の観覧を終えた私たちは揃って小屋から出る。

 時間は夕方、西に傾いてきた陽の光が、お風呂小屋をうっすらとオレンジ色に染め上げていた。


「もうこんな時間か。おーい、撤収作業は終わったのか?」


 目を細めて茜空を見上げたヴァネッサさんが、近くにいた一人の技師さんに声を掛ける。


「おう、ヴァネッサ! こっちはちょうど終わったところだぜ。後はこれを運ぶだけだな」

「よし。じゃ、案内も終わったし、撤収するか」


 余った木材を乗せた台車をバシバシと叩く男性に、ヴァネッサさんは頷き返すと、技師さんたちがおもむろに動き出す。

 私は慌てて技師さんたちの近くへ移動すると、全員に聞こえるように声を張り上げる。


「みなさん、本当にありがとうございました!」

「ありがとー!」


 そして心からの感謝を伝えるように頭を下げた。

 隣でロザリーも大きく手を振っているのが視界の端に映る。


 技師さんたちは口々に「気にすんな!」「こっちこそありがとよ!」と言って親指を立てたり手を振り返したりしてくれる。

 私は顔を上げた後、最後にヴァネッサさんの元へ駆け寄った。


「ヴァネッサさんも、色々とありがとうございました。また何か困ったことがあったら、いつでも来て下さいね」

「おう、頼りにしているぜ!」


 少し照れくさそうに頬を掻きながら、目を細めてあどけなく笑うヴァネッサさん。

 そんな彼女に、私も釣られてはにかむのだった。


 ◇◇


 その日の夜。

 はやる気を押えながらもお店を閉めた私とロザリーはさっそくお風呂小屋へ向かうと、設置された灯りを付けながら浴室へ移動し、蛇口のレバーを浴槽の方へ向けてからハンドルを捻った。

 もくもくと湯気を立てながら浴槽に流れていくお湯を二人で「おおー」と感嘆の声を上げて見つめる。

 しばらくしてお湯が溜まり始めたのを確認してから、私は立ち上がる。


「さ、服脱いでこよっか」

「りょーかい!」


 ウキウキ顔で額に手を当てるロザリー。

 浴室を出て脱衣所に戻ると、念のため小屋の入り口にある簡易のカギをかけてから服に手を掛ける。

 下着を脱いで畳んでカゴに入れたところで、ロザリーがこっちをじっと見ているのに気付いて手を止めた。


「えっと、どうしたの?」

「んー……。んー?」


 歯切れの悪い返事を返しながら、ロザリーは首を左右に何度か傾げた後、ポツリと漏らす。


「レティ、意外と着痩せするタイプなんだね」

「――へっ?」


 間抜けな声を上げた後、私は自分の身体を見下ろす。

 同年代の裸なんてほとんど見る機会がないから自信はないが、適度に運動するように心がけているし、そんなに変わらないはずだ。

 いや、実は少しだけ気にして……いやいや、そんなことはない。

 他人より背が低いからそう思ってしまうだけだ、と考えを払いのけるように頭を振り、引きつる顔に笑顔を貼り付ける。


「……気のせいじゃない?」

「そーかな? なんか、思ったよりも胸が大きいなって」

「え? ええっと……あ、ありがとう?」


 思いがけない言葉にしばし呆然とし、なんとなくお礼を返してしまう。

 そうこうしているうちに服を脱いでカゴの一つに適当に放り込んだロザリーは、浴室を覗いて「もうだいぶお湯が溜まってるよー」と無邪気にはしゃいでいる。

 私は何とも言えない気持ちをため息に変えた後、ロザリーを追い掛けるように浴室へと移動する。


 夏とはいえ夜は肌寒いかと思っていたが、浴槽から絶えず上がっている湯気によって浴室は適度に温められていた。

 また、余分な湯気は壁と屋根の隙間から外へと流れ出ており、湯気がこもる心配もなさそうだ。


「ロザリー、洗ってあげるからこっちおいで」

「はーい」


 私はひとまず蛇口を捻ってお湯を止めると、洗い場のイスに座ってロザリーを手招きする。

 膝をポンポンと叩くと、ロザリーは重さを感じさせない動作でふわっと着地した。


「まずは髪を洗うからしっかり目を閉じててね」


 そう言ってロザリーの赤いリボンの髪留めを外し、綺麗な金髪を何度か指で梳く。

 その後、シャワーを浴びせようと蛇口に手を伸ばし、けれど途中で止めた。


「……そういえば、羽って濡れても大丈夫?」


 背中から生えている透き通るような黄色の羽を見て、ふと濡れても大丈夫なのかと疑問に思ったのだ。

 一部の鳥などは羽が濡れると飛べなくなると聞いたことがある。

 そんな疑問を投げかけると、ロザリーはなんてことないかのように答えた。


「平気だよ。別に水を吸う訳じゃないし」

「そうなんだ。というか、ロザリーって飛ぶとき羽動いてないよね? いつも疑問だったんだけど、あれってどうやって飛んでるの?」

「どうって言われても……。うーん……こう、なんとなく? えいや! って感じ?」


 要するにロザリー自身もなぜ飛べるのかは分かっていないらしい。

 私は「まあいいか」と話を区切ると、改めてシャワーで髪を丹念に洗ってから、シャンプーをする。

 洗い終わったらロザリーのために用意した小さなタオルで髪をアップにして巻いた。


「目に染みたー!」

「シャワーの途中で開けるからでしょ? じゃあ、次は背中洗ってあげる」


 わざとらしく目を押えるロザリーに苦笑いしつつ、脱衣所から一緒に持ってきた『アロマソープ』を手でこすって泡立てる。

 途端に浴室全体にほのかに甘酸っぱい香りが漂い始める。

 ロザリーは顔から手を離すと、鼻をすんすんと鳴らした。


「あ、なんか甘い匂いがする」

「ふふっ、この『アロマソープ』の香りだよ。絶対ロザリーが気に入ると思った」

「うん、気に入った気に入った! でもこれ、どこかで嗅いだことある気がするかも?」

「『ミネランベリー』だよ」

「あー、あれかー」


 香りの正体を告げると、どこか遠い目をするロザリー。

 『ミネランベリー』は手のひらほどの大きさの白い果実で、豊富な栄養を持ち香りも非常に良いが、味はとてもじゃないが食べられたものではないらしい。

 以前興味本位で口にした時のことでも思い出したのか、ロザリーは口をもごもごさせている。


 ちなみに、他の果物や花を元にした『アロマソープ』も何種類か作ってあるので、その日の気分で変えるつもりだ。

 実際に使ってみて満足のいく物があれば、お店に並べてみる予定である。

 また、既にヴァネッサさんには渡してあるので、今度会った時に感想を聞いてみようと頭の片隅に置いておく。


 『アロマソープ』の泡を小さなタオルに移し、力を入れすぎないようにと背中を注意深く洗っていく。

 前に近くで見た時と変わらず白磁のようにきめ細やかな肌は、同性の私でも思わず見惚れてしまうほどだ。


「さ、後は自分で洗ってね」

「うー、面倒臭い」


 羽を避けて背中を洗い終えると不満を漏らすロザリーにタオルを手渡し、私は自分の髪、身体と順に洗っていく。

 途中で身体を洗い終えたのか、ロザリーは先に浴槽へとダイブした。


「ふはー。極楽、極楽」

「……ロザリー、おばあちゃんみたいだよ」

「失礼な! これでもまだ百歳ちょっとだよ!」


 人間にしてみれば十分お年寄りである。

 そう言おうか迷うが結局口をつぐみ、シャワーで泡を洗い流すと、ロザリーと向き合うような形で私も湯船へ身体を沈めた。

 全身を包み込むような温かさに思わずほうっと息を吐く。


「うん、公衆浴場も広くて良いけど、やっぱり家のお風呂の方が落ち着くね」


 ちなみに、この浴槽も私が足を伸ばせるだけの広さがある。

 本来は予算の都合上もう一、二回り小さい浴槽を探していたのだが、たまたま売れ残っていたものを安値で譲り受けたのだ。

 そもそも王都から離れたこのリガロの街は移住してくる人がほとんどおらず、改築以外で家を建てる機会が少ない。

 特に浴槽は相当劣化しないと普通は取り替えることなどないため、長いこと売れ残っていたらしい。


「レティ、ありがとね」

「――うん? いきなりどうしたの?」


 お湯の温かさを堪能していると、突然ロザリーがお礼を言い出したので、私は閉じていた目をゆるりと開けてロザリーに向けた。


「レティが来てから、お店にもまたお客が増えたし、こうしてお風呂も作れたし」

「お客さんが増えたのはロザリーやジュストさんが錬金術に使う素材を集めてくれたからだし、このお風呂だってヴァネッサさんたちのお陰だよ」

「それだって、レティが頑張ったからだよ」

「そう、なのかな?」


 正直、私の錬金術の腕はまだまだ未熟だと思う。

 この街に来た頃より上達しているのは確かだが、せいぜい駆け出しを脱したくらいが妥当だ。

 ――それでも。

 そんな未熟な私でも、誰かの――ロザリーの助けになれたというなら、これ以上嬉しいことはない。


 私は気合を入れるように胸の前で握りこぶしを作った。


「じゃあ、お店がもっと繁盛するように頑張らないとね!」

「あー、でも、あんま忙しいのはイヤかなー」

「ええー?」


 何それ、と苦笑すると、ロザリーも耐えかねたように笑い出す。

 しばらくの間、二人の笑い声だけがお風呂小屋に響き渡る。



 壁と屋根の隙間から覗く夜空には雲一つなく、白く輝く月が浮かんでいた。

 明日も良い天気になりそうだ。

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