錬金術師と真紅の霊薬
お店のドアベルが鳴り、お客さんが来たことを告げる。
私はテーブルの上に置かれた箱に腰掛けていたロザリーから視線を外すと、立ち上がってお店の入り口へ顔を向ける。
そこには想定通りの人物――腰に剣を携えたジュストさんが、興味深げに店内を見渡していた。
「こんにちは、ジュストさん」
「レティ嬢か。して、そちらが?」
「あ、はい。彼女がここの店の店主で――」
「ロザリーだよ。よろしく、えっと、ジュストさん?」
「ああ。こちらこそよろしく。早速だがこれを見て欲しい」
私とロザリーが近くまで歩み寄りながら挨拶すると、ジュストさんも頷くように返す。
ジュストさんは後ろ手でドアを閉めた後、左手をポケットに入れ、中から手のひらサイズの小さなガラスビンを私に見せるように取り出した。
ガラスの小ビンの中には赤黒い半透明の結晶のような物が入っており、窓から差し込む光の一部がその結晶によって赤く染まった。
「……それは?」
「フレアリザードという名の魔獣の血晶だ。これを取りに山へ行っていたのだ」
「えっ、フレアリザード!?」
ジュストさんの言葉に突如大きな声を上げたロザリー。
びっくりして肩を跳ねながら隣へ顔を向けると、目を丸くしたロザリーがガラスの小ビンとジュストさんへ視線を行き来させていた。
「ど、どうしたの、ロザリー? そんないきなり大声出して?」
「いや、だって! フレアリザードなんて、あんなの普通の人間が勝てる相手じゃないと思ったんだけど」
「ああ。確かに相当手こずったな。爪や牙で攻撃してくるだけであればどうとでもなるのだが、厄介なことにあの魔獣は火を吐いてくるのだ」
ロザリーやジュストさんから聞いた話をまとめると、フレアリザードというのはこの街の近くの火山に生息する魔獣の中でも、最も凶暴な魔獣らしい。
体内に火袋という特殊な器官があり、そこに溜めた火を吐いてくるそうだ。
そういう火や毒を吐くといった魔獣は特に危険視されており、狩猟師の中でもトップに近い実力者でない限り討伐できないという話だ。
「先生から少しだけお話は聞いていましたが、ジュストさんって本当に凄腕の狩猟師だったんですね!」
「いや、私は所詮剣を振り回すことしかできない。オレールやレティ嬢のような錬金術師の方がよほど凄いと思うぞ。……っと、話が逸れてしまったな」
ジュストさんは苦笑いした後、話題を戻すように表情を引き締めた。
「君に作って貰いたいのは、この血晶を使った薬だ」
「薬、ですか? 一体どんな?」
「名前は『真紅の霊薬』と言う。レシピはこれだ」
ガラスの小ビンを持つ手とは逆の手でポケットからスクロールを取り出したジュストさんからそれを受け取り、紐を解いて広げてみる。
スクロールには『真紅の霊薬』という名前の薬の効果とその作り方が記載されていた。
隣に浮いているロザリーが一緒に覗くように顔を寄せてくる。
「何て書いてあるの?」
「ええっと、虚弱体質を治す薬、かな? 必要な素材はフレアリザードの血晶の他に『聖水』、『アカツメクサ』の花びら、それに『太陽の雫』……?」
「『アカツメクサ』はアタシが育ててるからあるよ。でも『太陽の雫』ってのは聞いたことないね」
「そこは問題ない。素材は揃えてある」
私とロザリーがスクロールを眺めながら揃って首を捻っていると、ジュストさんはどこから取り出したのか近くのテーブルの上へコトンと液体の入ったガラスの小ビンを二つ並べるように置いた。
片方は波打っていなければ入っていると分からないほどの透明度の液体、そしてもう片方は鮮やかなオレンジ色の液体だ。
ロザリーはおもむろにテーブルの上へ飛んで行くと、『太陽の雫』と思われるオレンジ色の液体の入ったガラスの小ビンの上で止まり、目を閉じて鼻を鳴らす。
「何かこれ、甘い匂いがするよ!」
「その『太陽の雫』は日輪花と呼ばれる花の蜜だからな」
「ふーん、聞いたことない花だね。今度雨女に種持ってないか聞いてみよっと」
「……雨女?」
「あはは、気にしないで下さい」
私は苦笑いを浮かべつつ再度スクロールへ目線を落とす。
素材は揃っているから問題ない。
後は注ぎ込むエーテルの量や時間だけど、それもしっかり記載されている。
ここまで細かく書かれているなら大丈夫だと確信した私は、手元から視線を上げてジュストさんの方へ顔を向けた。
「はい。これなら作れると思います」
「そうか、助かる」
「でもこれ、読んだ限り相当効果の高い薬ですけど、どなたか病気の方がいるんですか?」
「ああ、私の娘が生まれつき病弱なのだ。他の薬も試したのだが、どれも効かなくて、な」
「――ええっ! それ、大変じゃないですか!」
思わず詰め寄ろうとした私をジュストさんは手で制する。
「落ち着け。過度な運動を避けていれば命に関わるようなものではない」
「あ、そうなんですね」
「ただ、他の子と同じように走り回らせてやりたいと思ってな。それで、偶然見つけたそのレシピを元に素材を探して旅していたのだ」
娘さんのことを思い浮かべているのか目を細めるジュストさん。
その慈しみに溢れた表情はまさしく父親のそれだと、私でもそう感じるほどだった。
私は心を落ち着かせるように息を吐くと、ジュストさんの黒い目をまっすぐ見上げた。
「そういうことなら分かりました。私も絶対に成功させて見せます、『真紅の霊薬』作り……!」
◇◇
二階の居住スペースから錬金術のスクロールと器を持ってきた私は、ロザリーに取ってきて貰った『アカツメクサ』の花びらを受け取り、テーブルに座った。
いつも通りテーブルにスクロールを広げ、相変わらずほとんど意味の分からない図形の上へ器を乗せる。
「ふむ、君もオレールと同じスクロールを使っているのだな」
「はい。他の錬金術師の中では中途半端という意見が多いですが、先生から教えて貰ったこれが一番使いやすいですし、しっくり来るので」
「それが良い。狩猟師の武器も同じだが、やはり自分の使いやすい物を選ぶのが一番だ」
そう言って左腰に提げた剣の柄をコンコンと叩くジュストさん。
私も「ありがとうございます」とお礼を言うとテーブルの上へ視線を戻す。
器の中にフレアリザードの血晶と『アカツメクサ』の花びらを入れると、ガラスの小ビンを手に取って慎重に量りながら器へ追加していく。
必要な量を入れると再度蓋を閉めてテーブルに戻しておく。
これだけ素材もレシピも揃っている調合で失敗するつもりはないが、いざという時のために素材を残しておくのは錬金術の基本だ。
私はテーブルの向こう側からこちらを見つめるジュストさんとロザリーへちらりと視線を向けた後、スクロールへ視線を戻して目を閉じる。
レシピを読んで分かったのは、『真紅の霊薬』という薬は『太陽の雫』と『血晶』の持つ種類の異なる活性効果を『聖水』に含まれた純度の高い水の元素で増幅、『アカツメクサ』の花びらで人体に取り込みやすくした物だということだ。
元素を扱ううえに素材や手順も多く、難易度としては私がこれまでやってきたどの錬金術よりも高いと思う。
だけど、ジュストさんのためにも娘さんのためにも、この錬金術は何がなんでも成功させてみせると決心を固くする。
「よしっ!」
最後に気合いを入れると目を開き、スクロールへ手を伸ばす。
身体の中に巡るエーテルへ意識を向け、それを慎重に腕からスクロールへ流し込んでいく。
丁寧に、けれどペースを乱さずに。
そしてレシピに記載されていた通りのエーテルを注ぎ込んだところで手を離し――スクロールから溢れ出した光が素材を覆い始めた。
「わっ、なんか赤いよ!」
その光はいつものような淡い白色ではなく火花のような赤色で、様子を見ていたロザリーから歓喜の声が漏れる。
光の色が変わる現象は『元素石』を作る際にも発生し、先生曰く「純度の高い元素を扱うと起こるのではないでしょうか?」とのこと。
私たち三人が固唾を飲んで見守る中、やがて赤い光は収まり、そして器の中には深紅の液体が満たされていた。
私は用意していたスプーンで少量掬って別の器に移すと、色や匂いをレシピに記載されたものと比べていく。
「できたのか?」
「……はい! 完成です!」
痺れを切らしたように問い掛けてきたジュストさんに、私はにっこりと笑みを浮かべて答える。
ジュストさんの表情が徐々に晴れていき、同時にロザリーが歓声を上げた。
そのままテーブルの上から飛び上がって周囲を舞い始めたロザリーを眺めていると、やがてジュストさんが口を開いた。
「本当にありがとう、レティ嬢。やはり君に頼んで正解だった」
「えへへ、ありがとうございます。でも、レシピも素材も集めてきたのはジュストさんですよ。簡単に手に入れられない素材ばかりだというのは見れば分かります」
「そーだよ! フレアリザードを倒すだけでも凄いのに!」
「――そうか。そう言って貰えると私も嬉しいよ」
私とロザリーが口を揃えて評すると、ジュストさんは照れたように微笑んだ。
「でも喜ぶのはまだ早いですよ?」
「ああ、さっそく娘に届けよう。その薬をビンか何かに移してもらえるか?」
「はい! すぐ準備しますねっ!」
◇◇
「ねえ、レティ」
ジュストさんに『真紅の霊薬』を渡した翌々日。
私は毎朝の日課になっている『妖精の塗り薬』の調合の手を止めると、顔を上げてテーブルの向かい側へ視線を向けた。
そこに置かれているイスの背もたれにちょこんと座ったロザリーは、左右の足をパタパタと交互に揺らし宙を見つめながら言葉を続ける。
「確か昨日、飛行船が出発したんだよね。ジュストさん、ちゃんと薬届けられたかな?」
「あー。えっと、多分まだだと思うよ。あの人、飛行船乗れないから、平原を歩いている頃じゃないかなあ」
「え、乗れないの?」
ロザリーは足を止めると不思議そうな表情をこちらに向ける。
確かにロザリーはいつも飛んで移動しているため、飛行船が苦手という感覚は分からないのかもしれない。
私も普通に乗れたし、むしろ流れる風景や吹き抜ける風が心地良いと感じたほどだが、そういう人もいるのだと説明すると、ロザリーは納得したようなしていないような微妙な顔で「へー」とだけ漏らした。
そんなロザリーの様子に苦笑しながら作業に戻ろうとした時だった。
コンコンとお店のドアがノックされる音で、私たちは顔を見合わせた。
「誰だろう? はーい、開いてるよ!」
ロザリーがふわりとイスの背もたれから飛び上がると同時にドアが開き、そこに現れた人物を見て私は勢い良く立ち上がった。
ガタンとイスが倒れる音がお店の中に響き渡る。
「――ジュストさんっ!?」
「む? どうした、そんなに慌てて」
「どうしたって……。え、娘さんに薬を届けに行ったんじゃ?」
ジュストさんは私の言葉を聞いて眉間にしわを寄せ、少しだけ首を傾げる。
「確かに薬は配達するよう手配したぞ。昨日の便で娘の住む街まで届けて貰えただろう」
「あ、あれ? ジュストさんが届ける訳じゃないんですか?」
「……ああ、なるほど。何か勘違いをしているな。あの『真紅の霊薬』はすぐに効果が出る訳ではなく、一年ほど飲み続けて始めて効果が出る物だぞ?」
「えっ、そうなんですか?」
「君に渡したレシピにも書かれているはずだがな」
顎ひげを触りながら苦笑するジュストさんに、私は顔が熱くなっていくのを感じる。
作り方ばかりに目が行ってしまって効果に関してはほとんど読み飛ばしていたのが仇となったようだ。
ドアの前まで向かっていたロザリーも、肩越しにジトっとした目を向けてきている。
「あ、あはは……」
「ふふ、まだまだオレールには及ばないようだな。そんなレティ嬢におみやげだ」
引きつったような笑みを浮かべる私に、ジュストさんが手に持った袋を渡してきた。
何だろうと思いつつお礼を言って受け取り、袋の口を開くと、中には『ミネランベリー』がびっしりと詰まっていた。
「え、これ?」
「君の出した依頼の品だろう? 今後も『真紅の霊薬』を作って貰う代わりと言っては何だが、私が街に滞在している間は、君の依頼は私が引き受けよう」
そう言って手を差し出してくるジュストさん。
私も放心した気持ちを切り替え、ジュストさんの差し出した手を握り返すのだった。
「……はい、よろしくお願いします!」




