錬金術師と狩猟師組合
狩猟師という職業がある。
魔獣の生息する街の外へ赴き、時には魔獣の討伐、時には護衛、そして時には貴重な素材の採取を行う、言わば街の外における活動のスペシャリストである。
一口に狩猟師と言っても実は二種類あり、主に街や国からの依頼を受ける人と、個人で活動している人に分かれている。
前者は定期的に領主から依頼を受けられるため収入が安定しているが、街の兵士代理や雑用の仕事も任されることがある。
逆に後者は珍しい素材などを入手できれば一攫千金も夢ではないが、日々の暮らしは安定とは程遠い。
中には大きな商人などに伝手があり、素材を卸すことで収入を得ている人もいるが、これは珍しいケースと言えるだろう。
一方で、私のような錬金術師など、個人で狩猟師に依頼をしたい場合がある。
しかし知り合いにでもいない限り、依頼を引き受けてくれる人を探すのはかなり苦労する。
そこで生まれたのが狩猟師組合と呼ばれる民営の組織だ。
詳しいことは知らないが、もともとはどこかの街にあった伝言板から始まったとされるその狩猟師組合は、現在ではそこそこ大きな街であれば必ず一つは存在している。
そしてもちろん、このリガロの街にも狩猟師組合はある。
街の中央の広場から真北へ伸びる大通り沿い――つまり今私の目の前に佇んでいる建物がそうだ。
見上げると、周囲の建物とは違って特徴的な濃い青で着色された屋根が目に入る。
また、ドアの上には狩猟師組合のシンボルマークである、袋と剣を組み合わせたような絵が描かれている。
「そういえばこっちへ来るのは初めてかな」
狩猟師組合の建物を見上げながら誰ともなしに呟く。
そろそろ牛乳屋さんのダミアンさんに渡した『ミネランフィード』が尽きる頃合いであるため、次を作っておかなければならない。
しかし素材となる『ミネランベリー』もまた底を尽いているため、こうして狩猟師組合へ採取の依頼をしに来たのだ。
軽く両頬を叩き「よしっ」と気合いを入れると、狩猟師組合の木製のドアを押し開いて中へ踏み入れる。
建物の中は中央付近に木製のテーブルがいくつか置かれ、右手には長いカウンター、左手の奥にはいくつも張り紙がしてある大きな板が壁に掛けられていた。
張り紙は私のような依頼者側が出した依頼を狩猟師が分かりやすいように並べたものだ。
依頼の張り紙を眺めたりテーブルでくつろいだりしている狩猟師たちの視線が一斉に突き刺さるが、すぐに興味を失ったようで視線を外された。
彼らは別に威嚇している訳ではなく、依頼に来た商人と仲良くなり、あわよくば伝手を作りたいと考えているだけだと、以前先生に教えて貰ったことがある。
とはいえ、ただでさえ強面の人が多いので怖いことは怖いのだが。
私はふうと息を吐き、空いているカウンターの前へと歩いて行くと、向こう側に座る受け付けのお姉さんがにっこりと笑顔を浮かべながら声を掛けてきた。
「こんにちは。依頼の申し込みですか?」
「あ、はい。そうです」
「それでは書類をご用意しますので、イスへお掛けになって下さい」
勧められるがままにイスへ腰掛けると、お姉さんが一枚の紙をカウンターへ差し出してきた。
そして左の手のひらでカウンターに置かれた万年筆を示しながら、私の顔をちらっと見てきた。
「こちらの必要事項をご記入下さい。それと、依頼の申し込みにはあらかじめ報酬の金額を用意して頂く必要がありますが、大丈夫でしょうか?」
「はい、前に住んでいた街でも何回か依頼したことあるので、その辺りは大丈夫です」
「なるほど、失礼しました。初めて見る方なので、てっきりどこかの商人のお使いが来たのかと思ってしまいました」
「あ、あはは。よく言われます」
この前も似たようなことを言われたなと思い出して乾いた笑いを浮かべつつ、カウンターに設置された万年筆を手に取る。
紙には依頼をするに当たって必要な事項――依頼の内容、期限、報酬の金額はもちろん、犯罪防止用に依頼者の名前などの情報――を記載する欄があった。
上から順に空欄を埋めていき、依頼内容の欄へは素材の採取と記載する。
始めは護衛を雇って一緒に探しに行くことも考えていたのだが、素材収集の依頼と比べて費用が高くなるため断念した。
足手まとい――私は『元素石』のお陰で戦えないこともないが――を連れて街の外へ行くのはそれだけ危険が伴うため、報酬が高くなるのは仕方がないことだろう。
全ての空欄を埋めると万年筆を置き、紙をお姉さんへ返した。
「できました」
「ありがとうございます。それでは確認しますね」
書類を受け取ったお姉さんが内容に目を通すのを待ちながら、私は建物の中へと視線を巡らせる。
入口から一番遠い奥のカウンターでは商人らしき青年が私と同じように紙へ何かを書いているが、他のカウンターには誰もおらず、受け付けのお姉さんが書類を整理していた。
故郷サントスの狩猟師組合ではいつも順番待ちが発生していたが、このリガロの街ではそれほど人が来ないのか、それとも単に今が暇な時間なだけなのか。
などと考えていたところで、お姉さんから声が掛かる。
「よろしいでしょうか?」
「あ、はい。何ですか?」
「こちらの『ミネランベリー』と書かれた採取品ですが、現物などはお持ちでないでしょうか? またはもう少しだけ詳細を記載して頂けると、依頼の達成率が上がると思います」
「それが、あるだけ全部使っちゃいまして……あっ! こういうのじゃ駄目ですか?」
困ったように頬を掻く私だが、「詳細」という言葉でふと思い出してローブの内ポケットから先生から貰った本を取り出す。
そして『ミネランベリー』のページを開くと受け付けのお姉さんが読めるようにテーブルの上へ差し出した。
そのページには『ミネランベリー』の特徴はもちろん、簡単なスケッチも描かれているため現物の代わりにならないかと思ったのだ。
お姉さんは数秒ほど本のスケッチを見つめていたが、やがて顔を上げて微笑んだ。
「はい、こちらの絵や説明があれば十分伝わると思います。写しを取りますので、しばらく本をお預かりしますね」
「良かった。よろしくお願いします」
「書類に不備はないので受理も一緒に行ってしまいますね。しばらくテーブルにお掛けになってお待ち下さい。また準備が終わりましたらお呼びします」
「分かりました」
書類と本、それと出しておいた報酬のお金が入った袋を持って奥へと消えて行ったお姉さんを見送った後、私もカウンターから窓際のテーブルへ移動する。
朝に少しだけお店の手伝いをしてからここへ来たため、時間的にはそろそろ正午だろうか。
窓から覗く道行く人の量は来た時よりも増え、差し込む日差しも強くなってきている。
せっかくお昼前に街へ来たのだから昼食は露店で何かを買って帰ろうか――そんなことを考えながら窓の外をぼんやり見つめていた時だった。
キイという蝶番の軋む音がしたため組合の入口へと何となく視線を向け、そして思わず目を瞬かせる。
ドアを開けて組合へ入ってきたのは、何日か前に街を出たはずの狩猟師の男性、ジュスト・カッセルさんだった。
ジュストさんは他の狩猟師たちの視線を一身に受けながらも気にした様子はなく、スタスタとカウンターの一つまで歩いて行くと、左手に持った大きな布の袋をそこへ置く。
さらに胸のポケットから折り畳まれた紙を取り出し広げると、受け付けのお姉さんへと差し出した。
「この依頼の品だ。確認を頼む」
「はい、お預かりします。素材の確認をして参りますので、少々お待ち下さい」
依頼書であろう紙をにこやかに受け取ったお姉さんは、依頼書を確認した後、カウンターに置かれた袋を持ち上げて奥へと行ってしまった。
他の狩猟師たちのひそひそと話す声と、カウンターで書類を書く青年の万年筆の音だけが、静かな室内の中で大きく聞こえる。
私はイスから立ち上がると、手持ち無沙汰になったジュストさんの元へ歩いていく。
私の近寄る気配を感じ取ったのだろうか、ジュストさんが突如顔をこちらへと向け、私と視線が合った。
「む? 君は確かオレールの……」
「レティです。お久しぶりです、ジュストさん」
「ああ、レティ嬢だったな。こんなところで会うとは奇遇だな」
「そうですね。ジュストさんは依頼の報告、ですか?」
聞くまでもなく依頼の報告にしか見えないのだが、疑問形になってしまったのも仕方がないだろう。
以前会った際、ジュストさんは山へ素材を探しに行くと言っていたはずだ。
あれから日が経っているとはいえ、山で素材を見つけた後に戻ってきて依頼を受けたとは考え難い。
ジュストさんは私の言葉の意図を読んでくれたのか、顎ひげを手で撫でつつ苦笑交じりに「ああ」と答える。
「山へ行くついでにそちらの方面の依頼を受けておいたのだ」
「なるほど。じゃあ、目的の魔獣の素材は採取できたんですね」
「まあ、一応は……な」
歯切れの悪いジュストさんの言葉に困惑していると、先ほどのカウンターに戻ってきたお姉さんが私の名前を呼んでいることに気付き、ジュストさんに一言断ってから慌ててそちらへ向かう。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、問題ありませんよ。それで、こちらが依頼書とその控えとなります。ともにご確認下さい」
「えっと……はい、これで大丈夫です」
「では、控えはこのままお持ち帰り下さい。依頼書は後ほど向こうの依頼板へと張り出させて頂きます」
「はい、よろしくお願いします」
私はカウンターに置かれた控えの紙を畳んでローブのポケットへしまった後、お姉さんにお辞儀をしてからジュストさんの近くのテーブルへ向かう。
ジュストさんも受け付けのお姉さんと話をしており、待つこと数分。
やがて諸々の手続きが完了したのかジュストさんが私のところまでやってきた。
「さっきは途中でごめんなさい」
「気にするな。依頼の受け付けか?」
「はい。ジュストさんから頂いたアドバイス通り『ミネランベリー』……えっと、この前と同じ物の採取を依頼しておきました」
「そうか、それは何よりだ。『元素石』があるとはいえ、やはり狩猟師でもない君を街の外へ行かせるのは抵抗があるからな」
そう言って安堵の笑みを湛えるジュストさん。
本当に心配してくれているんだなと嬉しくなって私も相好を崩した。
その後、しばらく依頼の内容について話していると、ふと突然何かを思い付いたようにジュストさんは整えられた顎ひげを撫で始めた。
「……これも何かの縁か。レティ嬢、オレールの弟子である君に作って貰いたいものがあるのだが、頼まれてはくれないだろうか?」
わざわざ私に頼んでまで作りたいということは、錬金術絡みの物だろう。
まだ未熟な私にできることは少ないが、それでもジュストさんの役に立てるならやってみたい。
「えっと……私で力になれるなら、喜んでお手伝いしますよ」
「助かる。詳しいことを説明したいのだが、この後時間はあるか?」
「ごめんなさい、一度お店へ戻らないといけないんです。ロザリーが待っているので」
「いや、こちらこそ無理を言ってすまない。それであれば昼過ぎにそちらへ伺おう。確か北東の森の中にお店があるのだったな」
「はい、東の大通りから続いている道に沿って歩けば着きます」
「承知した」
ジュストさんは軽く手を上げると「では、またな」と言って狩猟師組合から出ていく。
その後ろ姿を見送った私は、ちょうど奥の板に依頼が張り出される様子を眺めた後、狩猟師組合を後にした。
そういえば露店で昼食を買うつもりだったんだ、と思い出したのは、お店へ着いた後だった。




