錬金術師とアリエル
「ママ、見て! 妖精さんだよ!」
「あらあら、本当ね」
はしゃいで大きく手を振ってくる子どもに、ロザリーも笑顔で手を振り返す。
まだ住宅街に入ってから数分しか経っていないのに、こうしてロザリーに手を振ってきた人の数はすでに両手の指では数えきれない。
当のロザリーは慣れた様子で応えているので、街へ来るといつものことなのだろう。
特に子どもから呼ばれることが多く、逆に大人は軽く会釈をするくらいの人が多い。
ロザリーはかなり昔からこの街に住んでいると聞いているので、大人はロザリーのことを知っているのだろう。
そこまで考えたところで、ふととある疑問が浮び、手を振りながら隣を飛ぶロザリーへ顔を向けた。
「ねえ、ロザリー」
「んー? 何?」
「ロザリーって、今いくつなの?」
以前、師匠が旅をしていた頃にこの街で出会ったと話していたが、師匠が旅をしていたのは少なくとも私を拾う前――つまり私の年齢である十五よりも昔のことだ。
しかも、その頃に今のお店『妖精の贈り物』を開店したと言っていたため、年齢はさらに上のはずだ。
師匠と同じ三十六歳くらいかなと予想して聞いてみるが、なぜかロザリーは記憶を探るように首を傾げる。
そのまま十秒ほど間を置いてからようやく口を開いた。
「あんまり覚えてないけど、たぶん百とちょっとじゃないかな?」
「――え?」
しかし想定とはかけ離れた返答に、思わず歩みを止めてしまう。
少し前へ飛んで行ったロザリーもその場で停止すると、不思議そうに私を振り返った。
「ひゃ、百歳……?」
「うん、そうだよ? あー、そっか。人間族はそんなに長生きじゃないんだよね」
平然と答えるロザリーに歩み寄りぐっと顔を近づけると、そのきめ細やかな白い肌や艶やかな金髪を眺める。
長生きというか、百歳を超えていてこの若さは反則ではないだろうか?
そのままじっと見ていると、顔をほのかに桜色に染めたロザリーが「近い近い!」と私の顔を両手で押し返してきたので、仕方がなく引き下がる。
「い、いきなり何するの、レティ!?」
「……うーん。やっぱり百歳には見えないよ」
「当たり前でしょ!? 妖精族は歳を取らないの! ――って、もしかして知らない?」
「え、そうなんだ」
再び市場に向けて移動をしながらロザリーから話を聞いてみると、妖精は妖精花という特別な花から生まれ、寿命が尽きるまでその姿を保つらしい。
髪だけは伸びるらしいが詳しいことは学者でさえ分からないそうで、魔獣の生態やエルフ他多種族などの存在と同じくこの世界の謎の一つとされているようだ。
そんな不思議に満ちた話を興味深く聞いているうちにいつの間にか中央の広場を抜けたらしく、辺りの喧騒がひときわ大きくなった。
お昼と夕方の境目という人が一番活発に動く時間だからだろう、いつ見てもこの賑わいには驚かされる。
もちろん王都に近い故郷サントスに比べれば人は少ないのだが、このリガロの街も十分に発展していると言えるだろう。
「で、何を買うんだったっけ?」
「えっと、錬金術の素材で必要なのは『アリエル』の花と枠の金属、後はネックレスにするからそれ用のチェーンかな? 花は最後にするとして、先に服飾品店か金物屋さんに行くつもり」
「うーん……花屋なら知ってるけど、服飾品店は分からないかな。アタシには縁のない場所だし」
「ならまずは露店でも見て回ってみようか?」
私は周囲を見渡して近くにあった露店を指差す。
そこにはヘアピンやブローチといったちょっとしたアクセサリーが並んでおり、さらに隣には加工の際の余りだろうか、金属の破片も鍋のような容器に入れられ安売りされていた。
二人でそこに寄ると、売り子らしい女の子が私に気付いて笑顔を向けてきた。
「いらっしゃいま……せ?」
ただ、隣のロザリーを見て語尾が疑問形になったのは仕方がないことだろう。
目が点になった女の子に私は苦笑いを浮かべつつ、並べられたアクセサリーに目を向ける。
「『アリエル』の薄い赤に似合うのはやっぱり金色か銀色かな? 枠もチェーンも色は揃えておきたいところだよね。ロザリーはどう思う?」
「アタシは金色かなー。この辺りの細いチェーンなんて良いんじゃない?」
「あ、確かに可愛い! ならここで買っていこうか。店員さん、こっちの金属見ても良いですか?」
「は、はひっ!」
顔を上げてロザリーを見たまま固まっていた売り子の女の子に声を掛けると、声を裏返して返事をする。
恥ずかしがるように慌てて口を押えた女の子はそれでもコクコクと頷いた後、「あの、手を切らないように気を付けて下さい」と注意をくれた。
「うん、ありがとう」
そうお礼を言って私は笑みを返し、慎重に金属の破片を漁り始める。
やがてロザリーの選んだ細いチェーンと同じ色、素材の金属の破片をいくつか見つけると、チェーンと一緒に購入して露店を後にした。
「お店の子、ロザリー見て凄く驚いてたね」
「まーね。アタシ、あまり街の方には来ないからね。特にこの辺りの大通りは人が多くて飛び辛いからさ」
「ああ、なるほど」
予定より時間がだいぶ余ったのでネックレスを入れる用の箱も露店で探し回り、良さげな木箱を見つけて購入。
最後にロザリーがいつも植物の種を買っているという花屋さんで『アリエル』の花を買い、ついでに住宅街の中にあった小さな食堂で夕食を取った私たちは、日が落ちる頃にお店へと戻った。
◇◇
「さて、じゃあやりますか」
誰ともなしに呟いた私はテーブルの上に広げたスクロールへと手を伸ばす。
スクロール上には水晶と『アリエル』の花、それと金属の破片が置いてある。
今回作るのは『アリエル』の花を水晶に閉じ込め、それに金属の枠を付けるという物だが、問題は後半の部分だ。
本来、錬金術はいくつかの素材を一つに合わせることを得意としているが、枠を付ける作業に関しては単純に混ぜ合わせる訳にはいかない。
元素は扱わないものの、難易度的には私がこれまでやってきた錬金術の中ではかなり高い部類と言っても過言ではないだろう。
目を閉じて一度深く呼吸し、「よしっ!」と気合を入れて目を開ける。
身体の中に流れるエーテルに意識を向け、エーテルを操作し徐々に腕を通してスクロールへ流していく。
今回は二種類の作業を同時に行うため、しばらく注ぎ込んだタイミングでエーテルの量を少量に調整する。
さらにそのまま数秒ほど流し込んだところで止める――と同時にスクロールから溢れたいつもの光が素材を覆っていく。
そして光が収まった後、スクロールの上には金色の金属で装飾された水晶が置かれていた。
親指と人差し指でそっと摘み上げて水晶を覗き込むと、中には『アリエル』の赤い花が綺麗に収まっている。
金属の枠の装飾も入念に確認していき、思ったようにできていることを確認したところで張り詰めていた緊張の糸を解いた。
「ふう、とりあえずはできあがりかな」
テーブルの上へ戻して息を吐いたところで、一階からドアベルのチリンという音が聞こえてくる。
お店の裏手の井戸で水浴びをしていたロザリーが帰ってきたのだろう。
「レティ―、できたー?」
「お帰り、ロザリー。うん、できたよ」
やがて階段から声を上げながら現れたロザリーに、私は振り返って答える。
ロザリーは静かにふわふわと飛んできてテーブルの上へと着地すると、スクロールの上へ置かれた水晶を覗き込んだ。
まだ濡れたままの髪は部屋の明かりを反射して艶やかに輝いており、ほのかに石鹸の良い香りが漂ってくる。
「おー、良い感じだね!」
「ふふ、ありがとう。後は枠の装飾を少し弄って、チェーンを取り付けたら終わりかな」
しかし、部屋に明りが灯っているとはいえ夜はどうしても手元が暗くなるため、続きはまた明日にするつもりだ。
今朝の作業もそうだが、細かい作業は日中行うに限る。
しばらく金属の装飾を眺めていたロザリーだったが、やがて「ふわあ」とあくびを一つして顔を上げた。
「ア、アハハ。じーっと見てたら眠くなってきちゃった。レティはまだ作業するの?」
「ううん。今日はもう終わりにするつもり」
「じゃ、ちょっと早いけどもう寝ようか?」
「……その前に、あっち向いてくれる」
「ん? こう?」
素直に私の指差した方に身体を向け、背中を見せるように立ったロザリー。
その肩から下げられていたタオル代わりのハンカチをするっと抜き、頭から被せると、そのまま軽く指だけで髪を拭き始める。
「――わぷっ! な、何するの、レティ!」
「前から思ってたけど、髪はちゃんと乾かしてから寝ないと駄目だよ?」
「アタシは妖精族だから大丈夫なの!」
「そういう問題じゃないの。ロザリーだって女の子なんだし、せっかく綺麗な髪なんだから、もっと手入れしないと」
「ちょっ、待っ! あ、頭揺れるー!」
ロザリーの制止を無視してそのまま髪を拭き続ける。
もちろんロザリーの小さな手で私の指が退かせる訳がなく、その夜はしばらくロザリーの悲鳴がお店の二階で響き渡ったのだった。
◇◇
その翌日にお店へやってきたポーラさんに『アリエル』の花のペンダントをお渡し、さらに一日が経った日の午前。
私は半分上の空の状態でロザリーと一緒にお店の掃除をしていた。
「……ティ、レティ。おーい、レティ!」
「ひゃっ! な、何!?」
「何じゃないよ。いつまで同じところ掃除してるの?」
「あ、ご、ごめんなさい」
ロザリーの声で我に返った私は窓から顔を離して後ろを振り返る。
ひたすら磨き続けていたからか、差し込む太陽の光で窓ガラスが輝いている。
「別に謝る必要はないけど。昨日の夜からそんな調子だけど、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ちょっとペンダントのことを考えていてね」
「あー、そっか。昨日の夜に渡したはずなんだよね」
「……うん。アリエルちゃん、喜んでくれたかな?」
私としては今作れる最高の物を用意したつもりだけど、もし喜んでくれなかったらという不安がどうしても付きまとって離れない。
ロザリーには大丈夫と言ったものの、そういう意味ではあまり大丈夫ではない。
私が顔を曇らせていると、ロザリーは心配する目付きから一転してふっと表情を和らげた。
その視線は私を通り過ぎてさらに後ろを見ているように思える。
「アハハ、大丈夫みたいだよ?」
「――えっ?」
どういう意味かと私が声を発するより先にお店のドアベルが鳴り響き、来客を告げる。
驚いて入口の方を見ると、ポーラさんと、その左手を握りしめた小さな女の子が立っていた。
楽しそうにニコニコと満面の笑みを浮かべた女の子の首には、私が作った『アリエル』の花のペンダントが提げられていた。
「いらっしゃい、ポーラさん。それと初めまして、アリエルちゃん」
「わわっ、妖精さんだ! おばあちゃん、妖精さんだよ!」
「そうだね。挨拶できるかい、アリエル」
「うん! 妖精さんにお姉ちゃん、はじめまして!」
「……あ、う、うん。初めまして、アリエルちゃん」
元気よく挨拶してきたアリエルちゃんは、ロザリーを興味津々といった様子で見つめていたが、やがて私のところまでパタパタと駆け寄ってきた。
そして胸元のペンダントの飾りを両手で持ち上げると、私に見せてくる。
「これ、お姉ちゃんが作ってくれたの?」
「えっと、そうだよ。気に入ってくれた?」
「うん! すっごく可愛い! ありがとう、お姉ちゃん!」
アリエルちゃんの無邪気な笑顔と感謝の言葉に、私の不安は一瞬で吹き飛んで行ってしまう。
私はアリエルちゃんの頭を撫でると、「どういたしまして」と微笑むのだった。




