宮坂家のバレンタインデー
二月第2日曜日。立春が過ぎたとはいえ、まだまだ真冬のような寒さが続いています。
さて、今日の宮坂家は・・・
リビングのこたつにあたる男が二人、日曜午前中の面白くでもないテレビに目を向けてはいますが、なんだかそわそわしていて、内容は全く頭に入っていない様子。どうやら意識は隣のキッチンに行っているようです。
そのキッチンからは、甘い香りがただよってきて、宮坂家女性陣+颯太君のきゃいきゃいとはしゃぐ声が締め切った戸から漏れ聞こえてきます。
キッチンから締め出されている、こたつのおじさん二人の心の中は、
「奥さんや子供たちから今年も貰えるだろうか・・・」
と言う期待と大いなる不安が入り混じったものです。
そう、あさっては2月14日、バレンタインデー。キッチンでは、宮坂家女性陣となぜか颯太君まで贈り物のチョコレートやクッキー、ケーキなどを製作中。
「でね、この細かくしたチョコを、ボウルに入れて、湯煎するの」
「ゆせん?」
「そう、こうやってボウルをお湯で温めて、チョコを溶かすのよ。お湯ちょっと熱いから気を付けて」
颯太君は、宮坂お母さんに手を取られながら、初めてのチョコ作り中。ボウルの中で柔らかくなってゆくチョコに興味津津。
「そう、それでね、これに湯煎したチョコにバターを加えて、よく混ぜて、混ぜ終わったら、次は冷やした卵白でメレンゲを作るの」
「うん、結構たいへんだね」
宮坂お祖母ちゃんは、美咲さんにガトーショコラの作り方を教えています。
「で、作った生地を絞り袋に入れて、オーブンシートの上に、このくらいの大きさで絞り出すの・・・って、またチョコつまみ食いしてる!ちゃんと作りなさい!!」
「だって、チョコ美味しいんだもん」
文香さんは陽菜さんにマカロンの作り方を教えているのですが、陽菜さんさっきからつまみ食いばかり。
宮坂家のキッチン、美女、美少女達(あれ、一人違うような気も)が楽しそうにお菓子作りをしている光景は、とても華やいで見えます。もしここに宮坂お父さんとお祖父ちゃんがいたら、デレッデレのしまりのないバカ顔を晒して、祖父や、ただでさえ危うい父の威厳なんかきれいさっぱり消失していまい、みんなにドン引きされてしまうのは目に見えているので、今日は男二人、キッチンに入室禁止となっています。
「ところで文香、今年は賢太郎君にあげる予定はあるの」
と、ちょっとにやにやしながら、文香さんに聞くお母さん。
「ちょ!!な、なに言ってるのお母さん!や、やるわけないじゃん、あんな奴!!」
顔を真っ赤にしながらむきになって否定する文香さん。
武藤賢太郎君は、宮坂家と同じ町内に住む文香さんの同級生。まあ、早い話が幼馴染。なかなかの美形イケメンで、文香さんと同じクラスで学級委員長をやっている、優秀でとても優しい男の子です。小学生の頃は、よく遊んでいましたが、中学生になって、ちょっと男嫌いになった文香さん、昔ほどは一緒に遊ばなくなりましたが、でも小さい頃からの礼儀、義理だからと妙に強調しながら毎年、美形でおっとりとして、あまり男性を感じさせない賢太郎君に、バレンタインデーにチョコ菓子を送っていたりするわけで、まあ、いわゆる初々しい関係の様です。
「ふ~ん」
にやにや、訳知り顔のお祖母ちゃんに
「な、なによ・・・」
真っ赤な顔の文香さん。
「やっぱり、お姉ちゃん賢太郎お兄ちゃんの事好きなんだぁ」
と美咲さんもにやにや。
「ぼくも、賢太郎お兄ちゃん、優しくて好きだよ。一緒だねお姉ちゃん」
まだ小さくて、いまいちお姉ちゃんの「好き」の意味を理解できない颯太君。
「わぁ、姉ちゃん顔真っ赤~ヒュウヒュウ。こんど香織に伝えようかな」
と、賢太郎君の妹の香織さんと友達の陽菜さんが、からかいます。
「ちょっと、陽菜やめて!!だぁかぁらぁ、違うって言ってるじゃん!!」
みんなにさんざんいじられて、これは非常にまずいと感じた文香さん、
「じゃ、じゃあ陽菜だって、修二君だっけ、にあげるんでしょ」
と話を陽菜さんに振って、逃げようとします。
「え、おお、あげるよ。去年もあげたもん」
とあっさり言う陽菜さん。修二君はやはり、宮坂家の近所の子で、陽菜さんの同級生。よく野球やサッカーをして遊ぶ仲間です。
「え??」
これは初耳で、みんなびっくり。陽菜さん、確か去年は、あげるより、なぜか女子からもらってきたチョコの方が多かったような気が。
「いや~、去年、しゃれでおやつのチロルチョコあげたらさ、ホワイトデーにマサムラのクッキーの詰め合わせもらって、得しちゃった。今年は何くれるんだろう」
とあっけらかんと言う、陽菜さん。マサムラとは、市内でも有名な高級洋菓子屋さん。
「・・・無自覚小悪魔・・・陽菜、末恐ろしい子・・・」
文香さんのつぶやきに、一同思わずうなずいてしまいました。
「で、美咲は誰かにやるのか」
と、今度は陽菜さんが美咲さんに聞きます。
「うん、バレンタインデーは、学校が終わってから、みんなで愛梨ちゃんの家に集まって、お菓子の交換してみんなで食べるの」
と嬉しそうに答える美咲さん。宮坂家のキッチンはガールズトークで盛り上がっているようです。
「ところで、颯太も誰かにあげるの?」
と聞く陽菜さんに、
「うん、おとうさんとおじいちゃんにあげる!」
と元気に答える颯太君。
「あ・・・」
その颯太君の言葉に、何かを思い出した女性陣。
「そういえば、お父さんたちのこと、すっかり忘れていたわねぇ」
と宮坂お祖母ちゃん。
「困ったわねえ。あげないと男衆はすぐ拗ねるから。お父さんたちの分作る材料、残ってたかしら」
と、材料チョコを確認する宮坂お母さん。
「えっと、お父さんたちの、湯煎で型抜きしたチョコでいいかなぁ」
と手抜きをしようとする文香さん。
「それがいいよね」
美咲さんも賛同。
「私はチロルチョコ」
陽菜さん、おいおいそれは・・・
そんなやり取りがキッチンでされていることもつゆ知らず、バレンタインの贈り物を心待ちにしている宮坂お祖父ちゃんとお父さんでした。
あ、バレンタインデー当日、お祖父ちゃんもお父さんも、ちゃんと奥さんと子供たちから、それぞれ手作りのチョコ菓子をもらえましたよ。
で、賢太郎君と修二君はというと・・・
まあ、もらえたかどうかはまたの機会に。




