宮坂家の仕事始め お母さん編
お祖父ちゃんお祖母ちゃんが家を後にしてからしばらく、リビングでは三姉妹が、宮坂家では少数派の男性陣である、可愛くてしょうがない颯太君をいろいろかまってます。
こたつにもぐっている颯太君、こたつの四方のどこからか顔を出します。それを待ち構える三姉妹。
姉妹が颯太君が顔を出したところにいると、
「捕まえた!」
とこちょこちょ。
「きゃははは!」
と颯太君はまたこたつにもぐります。
颯太君が姉妹の居ないところに顔を出すと、
「べ~」
とお姉ちゃんたちにあっかんべ~をして、またこたつにもぐります。
まあ、早い話が颯太君モグラたたきゲーム。ここ数年、宮坂家の冬の定番遊びになっています。
ひとしきり楽しんで、捕まえてこたつから引っ張り出した颯太君を三姉妹でギュッと抱きしめてじゃれあう頃、
「ああ、もうこんな時間!」
ようやく、お母さんが支度を終えたようで、リビングにやってきました。
「ふぁ~」
「母ちゃん・・・」
「きれい~」
「ママ~」
文香さんは憧れの人を見る目で、陽菜さんは綺麗さにあっけにとられて。美咲さんはそのきれいな姿に見とれて、颯太君は綺麗なママに嬉しくて。三者三様、つぶやきました。
宮坂家の代々続く家業である、不動産業の現事業主であるお母さん。普段、事務所で仕事をしているときの多くはジーンズにセーターなどのラフな格好でいますが、今日は昼から多少の取引がある大手不動産会社の新年レセプションに呼ばれているため、失礼にならないそれなりの格好と言うことで、当たり障りのないパンツタイプのレディーススーツを着ました。
細身デザインの黒色のパンツスーツに白のボウタイブラウスだけのコーディネートですが、お祖母ちゃん譲りのスタイルのため、そのシルエットの美しい事。いつもは最低限のメイクも、今日は少し念入りに。髪はいわゆる夜会巻で、片側にたらされた髪先が綺麗。見た目、銀座あたりの綺麗どころがいるお店にいるお姉さんの様。とても4児の母とは思えません。
「今日も冷えるわね。車、暖機運転しないと」
お母さん、カーポートに向かい、仕事用で外回りに使うBMWMINIのエンジンをかけます。なんでMINIかと言うと、同じようなクラスの国産車には、マニュアル車がほぼ皆無で、その昔シルビアの純正6速MTを乗り回していた、マニュアル車大好きお母さんが、マニュアル設定があり、さらに仕事で市内を移動する時に小回りが利くということで乗っています。
ちなみに宮坂家には、後2台、家族みんなが乗れる8人乗り5ナンバークラスのミニバンと、ダンプタイプの軽トラがあります。ミニバンはもちろん家族移動用、軽トラは、昔地主だったころの名残で、1反ほどの田んぼで自家用米を作っているのでその作業用で使っています。残念ながら、お父さん専用の車はありません。もっともお父さんは会社で社用車を使っているので、車がなくてもたいして不便もなく、たまに家で一人用事があるときは、もっぱら軽トラを乗り回しています。なにしろお父さん、年に数回会社の社長や同僚とゴルフをするとき、市内のゴルフ場にこの軽トラにゴルフパックを積んで乗りつけるほどで、たまにお客じゃなく業者に間違われて、クラブハウス玄関で、ここに乗りつけるなと注意されたことも笑い話であります。
程よく暖機運転してから、
「さて、そろそろいくわ。レセプションが終わってからちょっと事務所によってくるから、お八つには帰ってくるね。お昼は、作ってあるのをチンして食べてね」
とお母さんが車に乗り込みます。
「うん、気を付けてね」
「母ちゃん、おやつプリンがいい」
「お母さん行ってらっしゃい」
「ママ、早く帰って来てね」
と子供たちに見送られ、滑らかに車を出します。
まだ正月気分が抜けない静かな街の中、空いている道を10分程走り、この街では高級な部類のホテルに着き、地下駐車場に車を止めて、レセプション会場の広間へ。
「おや、宮坂さん、あけましておめでとう」
「あ、支部長さん、おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
ダブルのスーツを着た恰幅の良い姿で貫録たっぷりな、業界団体のこの街の支部長さんが声をかけてきました。
「しかし、宮坂さんが大手さんのこんな席に来るとは珍しいですな」
と支部長さん。まあ、ぶっちゃけ宮坂お母さんはあまり大手とはお付き合いしないで、仕事をしているのでめったにこのような場所には来ないのですが、昨年、懇意にしていた高齢の同業者さんが引退した時に、二、三の仲介物件を引き継いだ中にこの大手がらみのものがあったため、多少の繋がりができ、断ったものの結構強引にレセプションへの出席を求められたのでした。
「ええ、今回はいろいろありまして」
「ふむ、まあ、今度の新任のブロック長はなかなか若手で元気だときくから。何か不都合があれば、相談しなさいよ」
「はい、ありがとうございます」
立食形式のレセプションが始まり、お決まりの主催者あいさつ、来賓あいさつのあと、来客同士が軽く食事をとりながら、談笑しながら交流して行きます。お母さんも数人と名刺交換などをしていると、
「おや、宮坂不動産さん」
と宮坂お母さんをこの場に呼んだ張本人の大手の関東信越ブロック長がやってきました。
「これは、ブロック長さん、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
宮坂お母さん、腹の中ではちっともありがとうとなんて思ってもいませんが、大人の営業スマイルであいさつします。
「きょうは、いつもに増してお美しい」
と歯の浮くようなセリフを言うブロック長さん。見た目は確かに高身長で、均整のとれた体つきに、かなりのイケメン。高級そうなスーツを着ています。歳は確か宮坂お母さんより下の30歳くらいか。
まあ、確かに女性受けしそうな方なのですが、何かがちぐはぐで、同じようにイケメンの宮坂お祖父ちゃんと比べると、明らかに所作に品がありません。
「あら、お世辞がお上手で」
と顔ではにこやかに答え、腹の中では(気持ち悪いんじゃボケ!なにそのパルファム、臭いんじゃ!)とののしりまくる宮坂お母さん。
まあ、早い話が、女性にだらしないブロック長が、宮坂お母さんをお気に入りになったようで。と言ったところで、宮坂お母さん、宮坂お祖父ちゃんに宮坂お父さんと、上ランクのイケメンには不自由していないので、こんな本当の意味で胡散臭い男性になんかなびく訳もなく、ひたすら嫌悪感が膨らむばかり。
虫唾が走るのを耐えて、二言三言、その歯の浮くようなセリフに対して会話する宮坂お母さん。(おめえは、ここに仕事しに来たんだろ!女口説いてんじゃねえよ)と武闘派のお母さんがブチ切れるのも時間の問題か・・・とその時、
「あ、ブロック長、西沢土地さんがお話があるそうで」
と支部長が見るからに頑固そうでうるさ型の男性を連れてきました。
「ブロック長、鼻の下伸ばしているとこ悪いが、ちょっと仕事の話をしていいか」
と西沢土地の社長さんは明らかに不機嫌そうに言います。西沢土地さんは県下でも最大級の不動産屋さん。どんな大手でも、県内の仕事は西沢社長にへそを曲げられると、かなり厄介なことになると言われています。ブロック長さん、一瞬顔が引きつり、
「え、ええ、西沢社長さんわかりました。では宮坂さんまた」
といって、部屋の隅に連れて行かれます。その時、支部長と西沢社長さん、ちらっと宮坂お母さんを見て、一瞬ニヤっと笑みを向けます。
まあ早い話が、長年同じ業界で頑張っている宮坂お母さんに一目置く、支部長と西沢社長が助け船を出してくれたということでした。
その後小一時間ほどでレセプションも終わり、ブロック長は西沢社長に捕まったまま、何か必死に頭を下げています。
「支部長さん、ありがとうございました」
帰り際、支部長さんにお礼をする宮坂お母さん。
「なーに、気にしなさんな、私も西沢さん含め会員さんたちも、少々あのボンボンの言動には目に余るものがあったんでね」
と苦虫を噛み潰したような顔をする支部長さん。
「西沢社長さんにもお礼言わないと」
「なになに、西沢さん、若いブロック長に喝を入れるのが楽し・・・忙しいようだから、私からよろしく言っとくよ。さ、子供たちまだ冬休みで家で待ってるんだろ。早くかえってあげな」
とニッと笑って支部長さんが言います。
「はい、本当にありがとうございました」
と宮坂お母さん、支部長さんと西沢社長に深く感謝して丁寧に頭を下げお礼を言い、会場を後にしました。
ホテルの地下駐車場からMINIをだし、5分程走って、細い路地にあるかなり年季の入った、3階建てのビルへ。横にある駐車スペースに車を止め,軋む階段を上ってゆきます。
昭和初期に建てられたこの「宮坂ビル」エレベーターもなく、木の階段に木の床、木製のガラスドア、それにアルミではなく、鉄製のサッシ窓、天井は飾り漆喰に飾られる、昭和レトロ溢れる建物で、宮坂お母さんがこの仕事を始めて、一番最初に取引した思い入れのある物件。一階は理容店、二階は小さな商事会社の店子が入るテナントビルで、この3階が「宮坂不動産」の事務所になっています。
事務所に入り、休みの間に流れてきたファックスに目を通し、留守番電話を解除して内容を聞き、とりあえず重要な案件もないことを確認。休みの間にたまったほこりを手早く掃除して、階下で営業を始めた店子さんにあいさつして、今日の仕事はおしまい。
2時半には事務所を後にして、スーパーによって夕食の材料と、陽菜さん御所望のプリンをみんなの分を買って家へ。
「ママ~」
玄関を開けると、ドタドタと飛びついてくる颯太君を受け止め、出迎えてくれる娘たちを抱きしめ、みんなでプリンでおやつにし、夕飯の支度をして、帰ってきた宮坂お父さんをちょっとかまって、みんなで夕食を食べ、一日が終わり。
仕事をしている以上、嫌なこと、大変なことも多いですが、家族や良い先輩たちに囲まれて、がんばってゆけるんだなぁと思う。そんな宮坂お母さんの仕事始めでした。
3連休明けからは、年度末年度初めに向けて、学生や転勤関係の転入出でこれから忙しくなります。




