最初のお客様、勝たせます
「おお……」
来た。
ついに来た。
俺は店の入口から入ってきた男を見ながら、心の中で声を上げた。
こいつが――。
ミナが連れてきた、記念すべき最初の客か!
「……本当にここなのか?」
若い男は店内を見回し、不安そうな顔をしていた。
頭からは、三角形の耳が二つ伸びている。
犬……か?
ミルスト族とは違う。
こいつも亜人らしい。
「ここが、お前たちの言ってた『金を稼げる店』?」
「そうだよ!」
ミナが元気よく答える。
男は俺を見る。
「…………」
そしてミナを見る。
もう一度、俺を見る。
「やっぱり帰っていいか?」
「なんで!?」
「どう考えても怪しいだろ!」
正論。
「なんなんだよ、この変な鉄の箱……」
失礼だな。
お前がこれから金を稼がせてもらうありがたい鉄の箱だぞ。
「俺、やっぱりお前たちを信じるんじゃなかった……」
「大丈夫だって!」
「大丈夫に見えないんだよ!」
男は店の中に用意しておいた椅子を見る。
「まさか、これに座れっていうのか?」
「うん!」
昨日、店を借りたあとにわざわざ用意した椅子だ。
ただの椅子じゃない。
座ったとき、ちょうど手が俺の投入口とボタンに届く高さ。
しかも回転式。
俺としては、かなりこだわった。
遊技環境は大事だからな。
「ほら、座って座って!」
「ちょ、押すなって!」
「一回だけなら大丈夫だから!」
「その言い方が一番怪しいんだよ!」
ミナに背中を押され、男は渋々椅子に腰を下ろした。
よし。
ここからだ。
今日の目的は――。
儲けることじゃない。
むしろ逆。
今日は、金を使う日だ。
最初の客には勝ってもらう。
ここへ来れば金が増える。
そう思わせる。
そうすれば、噂は勝手に広がる。
開店初日から客の金を全部吸い取ってみろ。
「あそこに行ったら金を取られた」
そんな噂が広がって、二度と誰も来なくなる。
特に俺たちは、正体不明の亜人が始めた正体不明の店だ。
信用がない。
だからこそ。
最初は――勝たせる。
「それでは、お客様!」
ミナが俺の横に立った。
いつの間にか完全に店員になっている。
「これから遊び方をご説明します!」
「お、おう……」
「まず、お金をここに入れます!」
ミナが俺の投入口を指差す。
「それから、このボタンを押してください!」
「それだけ?」
「それだけ!」
「……本当に?」
「本当に!」
男は手の中の金貨を握り締めた。
「でも、この金……」
さっきまでと違い、声が小さくなる。
「俺の最後の金なんだ」
「え?」
「借金がなかったら、こんな怪しい店まで来てねえよ」
「…………」
借金。
最後の金。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥に、嫌な記憶が蘇った。
前世の俺も。
何度「これが最後」と思いながら、金を入れただろう。
でも――。
今日は勝たせる。
俺はそう決めている。
「大丈夫!」
ミナが胸を張った。
「私たちも亜人なんだから、信じてよ!」
「それ、理由になってるか?」
「うまくいけば、一日で借金も返せるよ!」
「本当かよ……」
「本当!」
ミナが男の手を取る。
「じゃあ、魔物さん。説明お願い!」
「おう」
俺はできるだけ店員らしい声を出した。
「お客様。当店の遊び方は非常に簡単です」
「しゃべった!?」
「あ、そこから?」
まあいい。
「金貨を投入して、ボタンを押す。それだけです」
「……それで?」
「現在の当選確率は――八十パーセント」
「八十!?」
「ああ。勝てば、入れた金より多くの金が戻ってくる」
「…………」
男が手の中の金貨を見る。
「でも……」
「大丈夫、大丈夫!」
「え?」
「私がやってあげる!」
「ちょっ――」
ミナが男の手から金貨を奪った。
「待て! それ俺の最後の――」
チャリン。
投入。
「おい!」
「次はここ!」
さらにミナは男の手首を掴む。
「待て待て待て!」
「えいっ!」
ポチッ。
ボタンが押された。
次の瞬間。
キュインッ!
「うおっ!?」
店内に光が走る。
画面が切り替わる。
そして――。
「…………」
骨。
画面の中を。
一本の大きな骨が、右へ。
左へ。
右へ。
左へ。
ぶんぶんと動き回っている。
「…………」
犬用の骨じゃねえか。
なるほど。
猫耳のミルスト族には猫じゃらし。
犬耳のこいつには骨。
俺の「演出追加」。
いつの間にか自動で相手に合わせるようになってるぞ。
空気読めるじゃねえか。
「さあ!」
ミナが両手を広げる。
「ここからが奇跡の瞬間です!」
お前、いつそんな台詞覚えた?
画面が止まる。
ジャラジャラジャラ――!
「……え?」
男の目が見開かれた。
投入したのは、金貨一枚。
払い出されたのは――。
「二枚……?」
男が震える手で金貨を拾う。
「一枚が……二枚になった……?」
「おめでとうございます!」
ミナが満面の笑みを浮かべた。
「お客様、初勝利です!」
初勝利ってなんだ。
まあいい。
男は金貨二枚を何度も見比べている。
噛んでみたり。
匂いを嗅いだり。
「本物だ……」
そして。
男が俺を見る。
目が変わった。
ああ。
知ってる。
俺は、その目を知っている。
さっきまで疑っていた人間が。
一度勝った瞬間に見せる目。
「……もう一回」
来た。
◇
「本当に……」
男は自分の手の中を見つめていた。
「五枚ある……」
最終的に。
男は金貨五枚を手にしていた。
「これなら……借金を返せる」
声が震えている。
「本当に返せる……!」
その表情は、店へ入ってきたときとはまるで違っていた。
「ありがとうございました!」
ミナが男を入口まで見送る。
「また来てねー!」
ぶんぶんと手を振る。
「このお店がよかったら、お友達も連れてきてねー!」
「あ、ああ! 絶対来る!」
男は何度も振り返りながら、店を出ていった。
扉が閉まる。
「…………」
「やったね、魔物さん!」
「ああ」
第一段階は成功。
でも。
ここからだ。
「ネコネコ丸」
「御意」
いつの間にいた。
「今の奴を追ってくれ」
「先ほどの犬耳の御仁でござるな」
「ああ」
「魔物さん、あの人は犬じゃないよ」
ミナが横から口を挟む。
「ウォルフ族」
「ウォルフ族?」
「うん」
「……分かった。じゃあ、あのウォルフ族を追ってくれ」
「承知!」
「何を話すか、誰に会うか。それとなく見てきてほしい」
「お任せあれ」
ネコネコ丸の姿が、すっと店の外へ消える。
「ミナは引き続き客を集めてくれ」
「はーい!」
「レオ」
「俺は?」
「店番」
「……俺だけ雑じゃないか?」
「何かあったら守ってくれ。重要な仕事だ」
「ならいい」
扱いやすいな。
ミナも外へ出る。
するとレオが俺の横へ来た。
「なあ」
「ん?」
「本当にこれで儲かるのか?」
「どういう意味だ?」
「今日はずっと金を配るつもりなんだろ?」
「ああ」
「店を借りるのにも金を使った。町に入るのにも使った。椅子も買った」
「そうだな」
「なのに、客にも金を渡すのか?」
「そうだ」
レオが眉をひそめる。
「……金、なくならないか?」
「なくなるよ」
「おい!」
「今日はな」
「?」
俺は笑った。
「最初から、今日は儲けるつもりなんてない」
「じゃあ、何のために……」
「明日だよ」
「明日?」
「ああ」
今日は撒く。
明日――回収する。
「うまくいけば、収納袋の金をほとんど使い切ってもいいと思ってる」
「正気か?」
「正気だ」
むしろ。
それくらいしなきゃ駄目だ。
なぜ、そこまで自信があるのか。
簡単だ。
俺は知っているから。
パチンコの魔力を。
一度勝った人間が、どうなるのかを。
最初に金が増えた。
なら。
もう一度やれば、また増えるかもしれない。
五枚になった。
なら。
次は十枚になるかもしれない。
十枚になったら?
二十枚。
その次は?
もっと。
もっと。
人間は夢を見る。
そして。
一度手にした利益を、自分の実力だと勘違いする。
俺自身が、そうだった。
「一度金を稼いだ奴が、二度目を欲しがらないと思うか?」
「……分からん」
「欲しがるんだよ」
少なくとも。
前世の俺はそうだった。
そして俺だけじゃない。
煙草の煙で白く霞んだ店内。
台の前に座り続ける大勢の人間。
財布が空になっても。
昨日負けても。
今日こそは。
次こそは。
そう思って、また来る。
だから。
「今日は勝たせる」
そして。
「明日、帰ってきてもらう」
◇
「魔物さん!」
しばらくして。
ミナが二人の男を連れて戻ってきた。
「お客さん!」
「おお」
二人とも犬耳。
ウォルフ族だ。
「ここか?」
「あいつが言ってた店って」
「本当に金が増えるのか?」
早いな。
さっきの奴がもう話したのか?
いや。
ミナが連れてきたということは、町で噂を聞いた奴に声をかけたのかもしれない。
どちらでもいい。
客が来た。
それが重要だ。
俺は技能を発動する。
《確率調整》
基準値から――プラス十パーセント。
今日は、とにかく勝たせる。
もちろん。
十パーセント上げたところで、必ず勝てるわけじゃない。
一度負ける。
もう一度。
今度は勝つ。
また遊ぶ。
少し負ける。
そして――また勝つ。
最終的に。
二人とも、店に来たときより多くの金貨を持って帰っていった。
「また来る!」
「明日もやってるんだよな?」
「もちろん!」
ミナが笑顔で見送る。
いい。
順調だ。
◇
そうして。
最初の一日は終わった。
何人もの客が来た。
そのほとんどを勝たせた。
結果――。
《収納袋》
《ファルガ帝国金貨――5枚》
「…………」
減ったなあ。
ものすごく減った。
ミナたちに預けてある分を合わせても、残りは六、七枚程度。
昨日まで百枚あったのに。
普通なら青ざめるところだ。
でも。
俺は不思議と落ち着いていた。
予定通りだ。
今日の目的は利益じゃない。
種を撒くこと。
そして。
今日一日。
何人もの客が俺で遊んだことで――。
《規定経験値に到達しました》
《LEVEL UP》
「来た」
これだ。
金だけじゃない。
客が増えれば、俺自身も育つ。
俺はすぐに自分の技能を確認する。
「さて……何か変わったか?」
まず目についたのは。
《技能――確率調整》
《調整可能範囲――基準値より±20%》
「……おお!」
上がってる!
昨日までは十パーセントだった。
それが二十パーセント。
つまり。
俺が遊技結果に与えられる影響が、さらに大きくなった。
「これは……」
明日。
面白いことになりそうだ。
だが。
変化は、それだけじゃなかった。
「ん?」
見覚えのない項目がある。
《新規技能――――》
「…………」
俺は説明を開いた。
そして。
「……は?」
一度読む。
もう一度読む。
「おいおい……」
嘘だろ。
こんな技能まであるのか?
いや。
待て。
もしこれが、俺の思っている通りの能力なら――。
「明日……」
笑いを堪えられなかった。
「絶対、儲かるじゃねえか」




