パチンコ台、増殖する!
「……おい」
レオが店の窓から外を覗いていた。
「なんだよ」
「これ、全部うちの客か?」
「ん?」
俺も視覚を外へ向ける。
そして――。
「おお……!」
店の前に、人が並んでいた。
昨日来ていたウォルフ族の男たちだけじゃない。
犬耳、猫耳、見たことのない形の耳を持つ亜人たち。
それに、人間の姿まである。
みんな、まだ開いていない店の扉を見つめていた。
「すげえな……」
思わず笑いが漏れた。
昨日、あれだけ金を使った甲斐があったというものだ。
噂ってのは、本当に恐ろしい。
「なあ、魔物さん」
「なんだ?」
「こんな人数、どうやって相手にするんだ?」
レオが腕を組む。
「お前、一台しかないだろ」
「昨日まではな」
「……は?」
「とりあえず、四人ずつ入れてくれ」
「四人?」
「ああ。まずは四人だ」
レオは不思議そうな顔をしたが、素直に頷いた。
「分かった」
よし。
それじゃあ――。
昨日手に入れた新しい技能。
早速、試してみるとするか。
《技能――分身》
《発動しますか?》
「発動!」
《分身を生成します》
次の瞬間。
俺の周囲に光が集まり始めた。
「お、おおっ!?」
レオが後ずさる。
床の上に、俺と同じ形の輪郭が浮かび上がる。
一つ。
二つ。
三つ。
そして――。
ガコンッ!
ガコンッ!
ガコンッ!
「…………」
店内に、四台のパチンコ台が並んでいた。
正確には、俺の本体が一台。
それに、分身が三台。
見た目はどれもほとんど同じ。
「……おいおい」
レオが目を丸くしている。
「増えたぞ」
「見りゃ分かる」
「お前、こんなこともできるのか?」
「昨日できるようになったんだよ」
俺だって驚いてる。
分身なんて名前だから、てっきり幻影でも作るのかと思っていた。
まさか本当に台数が増えるとは。
「す、すごいでござる!」
どこからともなくネコネコ丸が現れた。
「お頭! その術、拙者にも教えていただけぬか!?」
「……お頭?」
「分身の術! 忍びの極意ではござらぬか!」
「いや、技能だから教えられないと思うぞ」
「なんと……!」
ネコネコ丸が悔しそうに拳を握る。
こいつ。
日に日に忍者っぽくなってないか?
というか、いつから俺はお頭になったんだ。
まあいい。
それより大事なのは、分身の性能だ。
《分身――最大生成数3》
《本体との遊技機能共有》
《収納袋共有》
《確率調整――全機適用可能》
なるほど。
つまり四台とも、普通に遊技できる。
払い出す金も、受け取る金も、同じ収納袋で管理される。
しかも、確率調整も使える。
「……最高じゃねえか」
これなら、一度に四人を相手にできる。
しかも俺自身が動けないという問題も、少しは解決できそうだ。
いや、分身だって動けないけどな。
さて。
今日の営業方針を決めよう。
◇
まず、全員を勝たせる必要はない。
昨日とは違う。
今日からは、きちんと利益を出していく。
とはいえ、全員から金を巻き上げるのも駄目だ。
そんなことをすれば、評判はすぐに悪くなる。
それに、客が生活できなくなるまで金を取るなんて、さすがに後味が悪い。
俺自身、前世でそれを経験しているからな。
だから、一度に四人が遊ぶなら。
一人が大きく勝ち、三人が少しずつ負ける。
あるいは、二人が勝ち、二人が負ける。
そういう展開が理想だ。
もちろん、結果を完全に決められるわけじゃない。
俺にできるのは、当選確率を基準値から上下二十パーセントポイントの範囲で調整することだけ。
狙い通りになるとは限らない。
それでも、四台あれば調整の幅は広がる。
そして、もう一つ。
「ミナ!」
「はーい!」
「昨日話した店の決まり、覚えてるな?」
「もちろん!」
ミナが指を折りながら答える。
「子供は入れない!」
「そうだ」
「お金を使いすぎた人には、今日はここまでって言う!」
「よし」
「あと、時間になったら終わり!」
「完璧だ」
賭け事をする以上、最低限の線引きは必要だ。
未成年者は遊技禁止。
生活に必要な金まで使わせない。
客が熱くなりすぎたら、そこで終わり。
俺が前世で守れなかったことを、今度は店の側から守らせる。
……もっとも。
その店の経営者が、客から金を稼ごうとしているんだから、我ながら矛盾している。
でも、だからといって無制限に金を吸い取っていい理由にはならない。
「それから、もう一つ」
俺は分身たちの設定を切り替えた。
《遊技通貨設定》
《銀貨――対応》
《金貨――対応》
四台のうち、二台を銀貨用に。
残り二台を金貨用に設定する。
これなら、手持ちの少ない客も遊べる。
いきなり金貨一枚を賭けるのは、普通の人間にはかなり勇気がいるだろうからな。
昨日のウォルフ族みたいな奴ばかりじゃない。
「よし」
準備完了。
「レオ、開店だ!」
「おう!」
◇
「いらっしゃいませー!」
ミナの元気な声が響く。
最初に入ってきたのは、亜人二人と人間二人。
四人とも、店内に並んだ俺たちを見て固まっていた。
「……昨日は一つだったって聞いたぞ?」
「四つある……」
「どれが本物なんだ?」
「全部本物でございます!」
ミナが堂々と答える。
いや。
正確には一台が本体なんだけどな。
「こちらへどうぞ!」
ミナが客をそれぞれの椅子へ案内する。
さて。
記念すべき二日目の営業開始だ。
チャリン。
チャリン。
チャリン。
チャリン。
四台に硬貨が投入される。
キュインッ!
画面が光り始めた。
客たちの目が、一斉に釘付けになる。
いいぞ。
まずは楽しんでもらわないとな。
最初の数回は、当たりが続いた。
「おおっ!」
「増えたぞ!」
「本当だったのか!」
歓声が上がる。
だが、その次は外れ。
「……あれ?」
「今度は駄目か」
さらにもう一回。
当たり。
外れ。
当たり。
外れ。
十回ほど遊んだところで、ミナが声をかけた。
「本日はここまでとなりまーす!」
「えっ、もう?」
「まだ遊びたいんだけど」
「また明日来てね!」
不満そうな顔をする客もいたが、最終的にはみんな立ち上がった。
中には、最初より金が増えた客もいる。
逆に、少し減った客もいる。
でも。
「面白かったな」
「明日も来ようぜ」
「今度は金貨の方を試してみるか」
そんな声が聞こえた。
よし。
悪くない。
俺は収納袋を確認した。
《収納袋》
《ファルガ帝国金貨――15枚》
《ファルガ帝国銀貨――20枚》
「……おお?」
ちょっと待て。
昨日の終わりは、金貨五枚。
それに、ミナたちから回収した銀貨十枚。
だったよな?
それが。
たった二十分ほどで。
金貨十五枚と銀貨二十枚?
「……増えすぎじゃねえか?」
いや。
四台同時に稼働しているんだ。
しかも、銀貨用と金貨用を分けている。
これくらいのことは起こるのかもしれない。
それに、今日は昨日みたいに全員を勝たせているわけじゃない。
……なるほど。
これが経営ってやつか。
俺は思わず笑った。
「よし!」
まだまだ客は待っている。
「次の四人!」
◇
そこからは、忙しかった。
客が入る。
遊ぶ。
当たる。
外れる。
ミナが説明する。
レオが列を整理する。
ネコネコ丸が店内と外の様子を見張る。
俺は四台の当選確率と収納袋を確認しながら、次々に客を迎え入れた。
ちなみに。
昨日ミナが言っていた「八十パーセントの確率で勝てる」という話。
あれは、あくまで宣伝文句だ。
俺自身、そんな数字を保証した覚えはない。
……いや、俺も客に八十パーセントだと言ったな。
うん。
完全に口から出任せだった。
そもそも、八十パーセントもの確率で客が儲かる店なんて、普通は経営が成り立たない。
大事なのは、当たりが出る確率と、最終的に客が利益を得る確率は違うということだ。
小さく当たっても、それ以上に金を使えば負ける。
逆に、何度も外れても、一度の大当たりで取り返すことだってある。
その仕組みを、俺は嫌というほど知っている。
そして、今日の俺は――。
その仕組みを利用する側にいる。
「……なんだかなあ」
少しだけ、複雑な気分になった。
だが、感傷に浸っている暇はない。
今の目標は、村を守るための金を稼ぐことだ。
俺は客たちの遊技を見守りながら、ある機会を待っていた。
普通の客ではない。
もっと大きな金額を、一度に賭けようとする客。
高額遊技を望む人間。
そういう奴が現れたときこそ――。
俺の本当の稼ぎ時になる。
◇
夕方。
ようやく客の列が短くなってきた。
店内には、まだ何人かの客が残っている。
ミナは少し疲れた様子で椅子に座り、レオは入口の近くで腕を組んでいた。
「……結構、儲かったな」
「ああ」
俺は収納袋を確認する。
朝とは比べものにならない。
これなら、金銭即戦力に使う資金も少しずつ貯められそうだ。
とはいえ。
まだまだ足りない。
村の戦える連中をLEVEL20まで引き上げるには、万単位の金貨が必要になる。
今の稼ぎじゃ、先は長い。
やっぱり。
もっと大きな客が必要だ。
そんなことを考えていた、そのときだった。
バンッ!
店の扉が勢いよく開いた。
「おい!」
大きな声が響く。
「ここが、金の増える店ってやつか!?」
「い、いらっしゃいませ!」
ミナが慌てて立ち上がる。
入ってきたのは、人間の男だった。
腰には剣。
身につけているのは、見覚えのある装備。
「……ん?」
俺は男を見る。
どこかで見たような。
いや。
俺は布に包まれていたから、顔は見ていないはずだ。
でも。
この声。
妙に聞き覚えがある。
「おい、亜人の娘」
男がミナに声をかける。
「本当に金が増えるんだろうな?」
「は、はい! もちろんです!」
「ふん。昨日も妙な亜人どもが金貨をばら撒いていたが……最近は変わった奴が多いな」
「……昨日?」
ミナが首を傾げる。
するとレオが男をじっと見た。
「……お前」
「あ?」
「昨日、関所にいた奴じゃないか?」
「ん?」
男がレオを見る。
「……ああ! あの大荷物を運んでいた獣人か!」
「…………」
レオが俺を見る。
ミナも俺を見る。
ネコネコ丸まで、いつの間にか俺の横に立っていた。
「お頭」
ネコネコ丸が小声で言う。
「昨日の関所の兵士でござる」
「…………」
ああ。
なるほど。
そういうことか。
俺は男を見つめた。
昨日。
俺たちから金貨十五枚を持っていった男。
あの守銭奴。
あの賄賂野郎。
あいつが――。
自分から、俺の店に来た。
「……くくっ」
思わず笑いが漏れる。
「魔物さん?」
「いや、なんでもない」
落ち着け。
まだ笑うな。
客だ。
大事なお客様だ。
丁寧に迎え入れなきゃならない。
俺はできる限り穏やかな声で話しかけた。
「いらっしゃいませ、お客様」
「……ん? なんだ、この箱。しゃべるのか?」
「ええ。当店へようこそ」
俺は笑った。
心の底から。
「本日は、たっぷりお楽しみくださいませ」
十五枚。
昨日の十五枚。
忘れるわけがない。
あの金を――。
取り返す機会が、向こうからやってきたんだからな。
さて。
どれくらい遊んでいただこうか。
今度は俺が、通行料をいただく番だ。




