異世界でも、開店にも金がかかる
「止まれ!」
鋭い声が響いた。
俺を運んでいたレオの足が止まる。
「お前たち、何者だ?」
布越しに男の声が聞こえる。
「それと、その荷物はなんだ?」
「…………」
やっぱり止められたか。
俺は今、大きな布でぐるぐる巻きにされている。
当然、外の様子は見えない。
聞こえてくる声だけが頼りだ。
「俺たちは……その……」
レオが答える。
「東の森から来た」
「東の森?」
「ああ」
「何のためにモロへ?」
「それは……」
「…………」
おい。
頑張れ、レオ。
俺はここで助け舟を出せないんだぞ。
布で包まれた巨大な荷物から突然男の声が聞こえてきたら、どうなる?
騒ぎになる。
下手すれば、その場で布を剥がされる。
そうなったら終わりだ。
今は黙って祈るしかない。
「商売だ」
ようやくレオが答えた。
「商売?」
「ああ」
「何を売る?」
「…………」
「おい?」
「…………」
駄目だ。
全然うまくいってない。
レオ。
力はある。
間違いなくある。
でも――。
こいつ、頭を使うのはあんまり得意じゃないな?
となるとネコネコ丸は――。
「…………」
声がしない。
まあ、あいつは見るからに人と話すのが得意なタイプじゃない。
本人も情報収集向きだと言っていた。
仕方ない。
最後の希望。
ミナ。
お前しかいない!
「…………」
「…………」
ん?
何か聞こえる。
小さくて。
規則的な――。
「すぅ……すぅ……」
「…………」
待て。
この音。
俺は知ってるぞ。
昨日の夜も散々聞いた。
「すぅ……」
寝てる!?
こいつ、この状況で寝てるの!?
どうなってんだ、このメンバー!
仕方ない。
俺がなんとかするしかない。
声は出せない。
なら――。
俺は収納袋を開いた。
《ファルガ帝国金貨――100枚》
そこから金貨を十枚取り出す。
もちろん、手はない。
ただ収納袋から外へ出すだけだ。
チャリン。
チャリン、チャリン――。
硬貨が地面へ落ちる音がした。
「ん?」
兵士が反応した。
「なんだ、それは?」
よし。
レオ。
ここまでやれば分かるだろ。
この十枚を使え。
「あ……」
「どうした?」
「これは……その……」
「…………」
おい。
「えっと……」
おい!
「その……」
駄目だ。
こいつ、もう駄目だ。
俺が金まで出してやったのに、そこから一歩も進めない。
「……なるほど」
だが。
幸いなことに。
兵士の方がレオより頭が回った。
「お前たち、さっき商売をしに来たと言っていたな?」
「あ、ああ」
「ということは――」
金貨を拾う音がする。
「これは俺に渡す金か?」
「…………」
「つまり、賄賂ってことだな?」
「…………」
言うなよ!
わざわざ口に出すな!
「一、二、三……」
兵士が数え始める。
「八、九、十」
少しの沈黙。
「十枚か」
鼻で笑うような声が聞こえた。
「まあ、大した額じゃないが……いいだろう。通っていい」
よし!
金に汚い奴で助かった!
「ただし」
「……なんだ?」
「その荷物だけは確認させてもらう」
「!」
「さすがに中身も見ずに通したとなれば、俺も言い訳ができんからな」
「…………」
レオの喉から低い唸り声が漏れた。
やめろ。
威嚇するな。
余計怪しまれる。
仕方ない。
追加だ。
チャリン。
チャリン――。
今度は五枚。
「……ん?」
兵士が黙る。
「…………」
レオも黙る。
「…………」
俺も黙る。
数秒後。
「……まあ」
兵士が咳払いした。
「長旅で疲れているようだな」
お。
「荷物も多いようだし、今回は特別に確認しなくてもいいだろう」
よし。
「通れ」
レオが再び歩き始める。
身体が揺れる。
ガタッ。
ゴトッ。
そして、しばらくして。
後ろから聞こえていた兵士たちの声が遠ざかっていった。
「…………」
入った。
モロの町に――入った!
「……みんな」
俺は布の中から、できる限り小さな声で呼びかけた。
「起きてるか?」
「いるよ」
ネコネコ丸の声。
「俺もいる」
レオ。
「すぅ……」
「ミナ起こせ」
◇
「えっ、もう入ったの?」
「お前は何しに来たんだ」
「ご、ごめん……」
ようやく起きたミナが小声で謝る。
俺は収納袋から、さらに金貨十枚を取り出した。
「これを持っておいてくれ」
「こんなに?」
「ああ」
「何に使うの?」
「これからだよ」
商売を始める。
口で言うのは簡単だ。
でも、現実には何をするにも金がかかる。
店を借りる。
必要な手続きをする。
備品を揃える。
客に払い出す金だって残しておかなきゃならない。
元手がなければ、商売なんて始められない。
「まずは商人協会へ行く」
これは村を出る前から決めていた。
そこで、この町で商売するために必要な手続きを済ませる。
そして店を借りる。
《ファルガ帝国金貨――75枚》
百枚あった金貨。
関所で十五枚。
みんなに十枚。
残り七十五枚。
「…………」
大丈夫。
まだある。
でも。
関所の奴。
この十五枚。
絶対に忘れないからな。
◇
商人協会で手続きを進めるうちに、俺もようやくファルガ帝国の貨幣について理解できた。
この国で一般的に使われているのは三種類。
銅貨。
銀貨。
金貨。
価値は単純で――。
銀貨十枚で金貨一枚。
銅貨十枚で銀貨一枚。
つまり。
金貨一枚は、銅貨百枚分だ。
なるほど。
分かりやすい。
そして、商売をするための許可証。
こちらは銀貨二枚。
思ったより安い。
問題は――。
店だった。
村を出る前、俺はいくつか条件を伝えていた。
広さは中程度。
できれば二階建て以上。
一階を店舗。
二階を俺たちの休憩や生活スペースにする。
そして何より。
立地が悪すぎないこと。
商売で一番困るのは、そもそも客が来ないことだ。
いくら面白いものを置いても、人が通らない場所じゃ意味がない。
その条件で商人協会が紹介してくれた中で、一番まともだった物件。
家賃――月額金貨四枚。
さらに契約時に二か月分を前払い。
つまり。
金貨八枚。
「…………高い」
いや。
本当に高いのかどうかは、まだ分からない。
この世界の物価をちゃんと把握していないからな。
でも。
俺には高く感じる。
だって。
さっき関所で渡した金。
十五枚。
「…………」
あの兵士。
家賃三か月分以上持っていきやがったのか!?
ふざけんな!
知らなかった。
俺は知らなかったんだ!
この世界の金貨一枚が、どれくらいの価値なのか!
十枚渡して「大した額じゃない」なんて言うから、本当にその程度だと思ったじゃねえか!
あの野郎。
覚えてろよ。
俺から取った十五枚――。
いつか絶対。
俺の台に座らせて、全部吐き出させてやる。
◇
必要な手続きを終え。
俺たちは、借りたばかりの店へ向かった。
扉が閉まる。
「もう大丈夫だよ」
ミナの声。
そして――。
ばさっ!
「うおっ!」
身体を覆っていた布が取り払われた。
光。
久しぶりの視界。
木造の壁。
窓。
カウンター。
思っていたより広い店内。
「おお……!」
見える。
世界が見える!
俺は今、猛烈に感動していた。
たかが布を取られただけなのに。
まるで牢獄から解放されたような気分だ。
たぶん。
世界中を探しても――。
自由をここまでありがたく感じているパチンコ台は、俺くらいだろう。
「魔物さん、ここがお店?」
「ああ」
悪くない。
一階は十分な広さがある。
俺を置いても、まだかなり余裕がある。
人が何人か並んでも問題なさそうだ。
二階もある。
立地も、商人協会の話では人通りがそれなりに多い。
許可証も取った。
店も借りた。
俺も無事に運び込めた。
なら。
次にやることは、一つしかない。
「よし!」
ミナたちが俺を見る。
「次は宣伝だ!」
「宣伝?」
「ああ」
店を借りただけじゃ、客は来ない。
俺がどれだけすごいパチンコ台でも。
そもそも存在を知られなきゃ、一銭にもならない。
「ミナ、レオ、ネコネコ丸」
「うん!」
「なんだ?」
「承知!」
「町に出て、客を集めてきてくれ」
三人の顔を見る。
「まずは――」
この異世界で。
俺たちの商売を始めるための。
「最初の客を捕まえるぞ!」




