金があれば、強くなれる
《チーム技能――金銭即戦力》
名前だけなら、実に分かりやすい。
金銭。
即。
戦力。
要するに――金があれば強くなれる。
問題は、その方法だ。
俺は取扱説明書を開き、新しく追加された項目を確認した。
《チーム技能――金銭即戦力》
《本機を通じて獲得した指定通貨を消費することで、周囲の対象者に経験値を付与できます》
《対象通貨――人間社会において流通する貨幣》
《ミルスト族爪印石――対象外》
《換算率――ファルガ帝国金貨1枚につき経験値2》
《本技能を本機自身に使用することはできません》
「……なるほど」
つまり。
俺が金を稼ぐ。
その金を消費する。
すると、周囲にいる人間――いや、人間じゃなくてもいいのか。
とにかく、俺以外の奴に経験値を与えられる。
文字通り。
金が、そのまま戦闘力になる技能らしい。
ただし。
「爪印石は駄目なのか」
取扱説明書には、わざわざそう書いてある。
理由は書かれていない。
でも、なんとなく分かる気がする。
ミナが爪印石を入れる。
大当たりする。
爪印石が増える。
増えた爪印石を経験値に変える。
残った爪印石でもう一度遊ぶ。
また大当たりする。
また増える。
「……無限じゃねえか」
たぶん、それを防ぐためなんだろう。
そう考えると、人間社会で流通している貨幣に限定されているのも納得できる。
そして。
今の俺には、その対象となる金がある。
《収納袋》
《ファルガ帝国金貨――100枚》
百枚。
昨日、あの騎士長が俺に突っ込んだ全財産だ。
文字通り、全財産。
最後には一枚も残っていなかった。
「…………」
改めて見ると、俺、とんでもないことしたな。
まあ、あいつについては同情しないけど。
ただ。
ここで一つ疑問が浮かぶ。
そもそも俺は、どうやって最初に騎士長へ金貨を払い出したんだ?
昨日の時点で、俺はファルガ帝国の金貨なんて一枚も持っていなかったはずだ。
なのに、最初にあいつが当たったとき、俺はちゃんと金貨を増やして返している。
気になって収納袋の履歴を調べてみると――。
《等価置換履歴》
《ミルスト族爪印石――100》
《ファルガ帝国金貨――10》
「……ああ」
そういうことか。
どうやら俺の収納袋には、中にある物を別の貨幣へ等価置換する機能があるらしい。
騎士長が最初の金貨を投入したことで、ファルガ帝国の貨幣規格が登録された。
そして払い出しに必要な元手を作るため、収納袋に入っていた爪印石百枚が、自動的に金貨十枚へ置き換えられた。
だから、元手を持っていなかった俺でも最初の騎士長を勝たせることができたわけだ。
「……ん?」
じゃあ。
最初にミナが大当たりしたときの爪印石は、どこから出てきた?
「…………」
分からん。
俺がこの世界に来た時点では、収納袋の中身なんて確認していなかった。
もしかしたら何か入っていたのかもしれない。
新手の初心者ボーナスとか。
初期配布アイテムとか。
それをシステムが勝手に爪印石へ置き換えたとか。
「まあ……いいか」
考えても分からないものは分からない。
重要なのはそこじゃない。
重要なのは――。
「金貨一枚で、経験値二か」
……高くない?
経験値って、そんなに高級品なの?
「ミナ」
「なに?」
「ちょっとステータス見せて」
「いいよ」
ミナが指を立て、空中をすっと払う。
半透明の画面が現れた。
《名前――ミナ》
《種族――ミルスト族》
《年齢――16》
《LEVEL――12》
《経験値――1200/2000》
《固有技能――爪撃》
《受動技能――拳套熟練》
《受動技能――防御反撃》
「ふむふむ」
現在、千二百。
レベル十三になるには二千。
つまり、あと八百。
金貨一枚につき経験値二だから――。
「金貨四百枚」
「?」
「ミナを一レベル上げるだけで、金貨四百枚必要らしい」
「そんなに!?」
「ああ」
俺の全財産。
金貨百枚。
ミナ一人を一レベル上げるために必要な金額。
金貨四百枚。
「…………」
経験値、高すぎるだろ。
しかも。
レベルが上がれば、次に必要になる経験値だって増える可能性が高い。
村人全員を強くするとなれば――。
普通に考えれば、途方もない金が必要になる。
でも。
「……まあ、問題ない」
「問題ないの?」
「ああ」
俺には、妙な自信があった。
思い出す。
前世。
煙草の臭いが染みついたパチンコ店。
耳を塞ぎたくなるような音。
眩しい光。
ずらりと並んだ台。
そして、その前に座っていた人間たち。
一万円。
二万円。
三万円。
負けてもやめない。
財布が空になればATMへ向かい、金を下ろして戻ってくる。
そしてまた台の前に座る。
そんな奴が、何人いた?
十人?
百人?
いや。
数え切れない。
俺もその中の一人だった。
何度負けても。
次こそは。
もう一回だけ。
今度こそ取り返せる。
そう思って金を入れ続け――最後には何も残らなかった。
だからこそ、俺には分かる。
この商売は。
客さえ来れば――金になる。
今は俺一台しかない。
でも、これは始まりにすぎない。
誰かが俺で遊べば、金が入る。
遊技回数が増えれば、俺自身にも経験値が入る。
俺のレベルが上がれば、さらに新しい技能が手に入るかもしれない。
そして稼いだ金は、ミルスト族の経験値に変えられる。
客が遊ぶ。
俺が育つ。
金が貯まる。
村のみんなが強くなる。
「……悪くない」
ただ一つ残念なのは。
《本技能を本機自身に使用することはできません》
これだ。
「自分には使えないのかよ……」
世の中、そう都合よくはいかないらしい。
◇
俺は村のみんなに「金銭即戦力」の能力を簡単に説明した。
もちろん、細かいところまで全部話したわけじゃない。
必要なのは、これから俺がやろうとしていることに協力してもらうことだ。
「ミナ」
「はい!」
「村のみんなのレベルを調べてくれ。それと、今の経験値」
「全員?」
「戦える奴を優先してくれ」
「分かった!」
「あと――」
俺は付け加えた。
「レベル二十まで、あとどれくらい経験値が必要なのかも計算してほしい」
「二十!?」
周囲がざわつく。
当然だ。
調べてみれば、この村の住人は大半がレベル十前後。
その中でも戦闘に参加できる者たちを全員レベル二十まで引き上げるとなると――。
「…………」
必要な金貨。
一万枚以上。
「高っ」
思わず声が漏れた。
金貨一万枚。
昨日の騎士長百人分。
あいつ百人に全財産を突っ込ませればいいのか。
……無理だな。
でも。
目標は決まった。
「次に帝国が来るまでに、できるだけ全員をレベル二十まで引き上げる」
時間はない。
昨日の騎士長が消えた以上、帝国側も必ず動く。
数日なのか。
数週間なのか。
それは分からない。
だったら、一日だって無駄にはできない。
「今日の午後、出発する」
「今日!?」
「ああ」
準備が整うまで待っている余裕なんてない。
目的地は――。
「モロの町だ」
ミルスト族から聞いた話によれば、モロはファルガ帝国領の最東端に位置する交易都市らしい。
さらに東には別の国々があり、そこから帝国へ入ってくる商人の多くが、最初にモロを通る。
東方から運ばれてきた品物。
帝国内から運ばれてきた品物。
人。
金。
情報。
それらが集まる場所。
初めて商売を始めるなら、悪くない。
いや。
むしろ好都合だ。
「ただし、最初から大人数では行かない」
今回の目的は、いきなり大儲けすることじゃない。
まずは現地調査。
町の様子。
人の流れ。
物価。
ミルスト族に対する人間の反応。
そして――店舗を借りられるかどうか。
それを確認する。
「まず、店で客の相手をする奴が必要だな」
俺は村人たちを見回した。
視線がミナで止まる。
「ミナ」
「なに?」
「お前、店員な」
「え?」
うん。
こいつでいい。
俺とも一番付き合いが長い。
それに――。
まあ。
普通に可愛いし。
接客役としては悪くないだろう。
「それから、俺を運べる奴」
視線を横へ動かす。
「レオ」
「……やっぱり俺か」
「よろしく」
「お前、重いんだぞ」
「知るか。俺に言うな」
これで二人。
あとは――。
「モロに行ったことがある奴は?」
「…………」
沈黙。
「一人も?」
誰も手を挙げない。
「……まあ、そうだよな」
人間とこれだけ仲が悪いんだ。
気軽に帝国の町へ遊びに行っている奴がいたら、その方がおかしい。
「じゃあ、情報を集めるのが得意な奴はいないか?」
俺がそう言いかけた――そのときだった。
すっ。
「ん?」
いつの間にか。
俺の目の前に、小さな影が立っていた。
「…………」
小柄な少女だった。
顔の下半分を布で隠している。
頭には深くフードを被り、その隙間から猫耳だけがぴょこんと飛び出していた。
身体にぴったりとした動きやすそうな服。
腰には小さな袋がいくつもぶら下がっている。
そして。
なぜか片膝をついている。
「拙者なら、その任務を果たせるかと」
「…………」
え?
「拙者の名は――ネコネコ丸」
「…………」
待て。
なんだその名前。
ミナ。
レオ。
ブレット。
トレシュ。
そして。
ネコネコ丸。
「お前、本当にこの村の住人?」
「な、なんという失礼な!」
少女の猫耳がぴんと立つ。
「生まれも育ちも、この村でござる!」
「ござる!?」
そこまでやるの!?
見た目といい。
喋り方といい。
どう見ても――。
忍者じゃねえか。
「拙者の固有技能は『隠密』」
ネコネコ丸が胸を張る。
「姿と気配を隠すことができるゆえ、情報収集ならば必ずお役に立てるでござる!」
「隠密……」
それは普通に強そうだ。
というか。
こいつ、名前と喋り方を除けば今回の任務に完璧なんじゃないか?
「よし」
「!」
「ネコネコ丸。お前も来てくれ」
「承知!」
即答。
「ミナも来る」
「うん!」
「レオは俺を運んでくれ」
「分かったよ……」
これで決まりだ。
俺。
ミナ。
レオ。
そしてネコネコ丸。
四人でモロへ向かう。
……ただ。
一つ問題がある。
「俺、このままだと目立ちすぎるな」
しゃべる巨大な鉄の箱。
しかも光る。
どう考えても目立つ。
ネコネコ丸の隠密でどうにかならないかとも思ったが――。
「拙者の『隠密』は、基本的に自分にしか使えぬのでござる」
「だよな」
そんな都合よくはいかないか。
となると。
「布で包むしかないな」
「布?」
「ああ。俺を丸ごと隠せるくらい大きいやつ」
荷物に見せかけて運び込む。
原始的だが、それが一番確実だろう。
◇
ガタッ。
ゴトッ。
ガタンッ。
「…………」
揺れる。
めちゃくちゃ揺れる。
しかも何も見えない。
俺の身体は大きな布で何重にも包まれ、さらに縄で固定されていた。
現在、俺の視界は完全に真っ暗。
頼れるのは聴覚だけだ。
「レオ」
「なんだ」
「もうちょっと丁寧に運べない?」
「道が悪いんだ。諦めろ」
「俺、精密機械なんだけど」
「知らん」
こいつ。
いつか絶対、運搬係を別に雇ってやる。
どれくらい進んだだろう。
森を抜けてから、周囲の音が少しずつ変わってきた。
人の声。
馬の蹄。
車輪の音。
遠くから聞こえる呼び込み。
どうやら、モロに近づいているらしい。
そして――。
「止まれ!」
突然、鋭い声が響いた。
レオの足が止まる。
「…………」
嫌な予感。
「お前たち、何者だ?」
男の声。
さらに。
「その荷物はなんだ?」
「…………」
ああ。
やっぱり。
何も見えない。
状況も分からない。
でも。
一つだけ分かる。
俺たち――。
思いっきり関所で止められたらしい。
さて。
どうする?




