魔物さんって呼ぶな!
やめろ。
頼むから、変なものを入れないでくれ。
食べ物をパチンコ台に突っ込むなんて、店でやったら確実に怒られる。
下手したら警察を呼ばれるぞ。
……いや、待て。
ここ、パチンコ屋じゃないな。
そもそも俺、店に置かれてすらいない。
森の中に生えている野生のパチンコ台だ。
だったら誰が警察を呼ぶんだ?
「ねえ、入れていい?」
ミナが目の前で干し肉らしきものを振っている。
「待て待て。それはやめよう」
「どうして?」
「俺にも分からないからだよ!」
爪印石ならまだいい。
一応、俺はパチンコ台だ。金を入れるという行為自体は理解できる。
でも食べ物は違うだろ。
内部に詰まったらどうするんだ。
とはいえ、四人の視線を見る限り、試さずに済む雰囲気でもなさそうだった。
「……分かった。入れてもいい」
「ほんと?」
「ただし、もう少し普通のものにしてくれ。そうだな……果物! リンゴみたいなやつならいい!」
「リンゴ?」
「あ……いや、こっちにはないのか。丸くて、手のひらくらいの果物だよ。そういう普通のやつ!」
ミナは少し考えたあと、「あっ」と声を上げた。
「それならあるよ!」
しばらくして、ミナが持ってきたのは赤みを帯びた丸い果実だった。
大きさは手のひらに収まるくらい。表面には薄い黄色の筋が走っている。
見たことはない。
でも、俺の感覚ではかなりリンゴに近い。
「そうそう。こういうのでいいんだよ」
「じゃあ、これ入れるね」
「待て。さっき持ってた肉は?」
「こっち?」
ミナがもう片方の手を持ち上げる。
でかい。
明らかにでかい。
しかも干し肉ですらない。
赤々とした生肉の塊だった。
「そんな大きな生肉は勘弁してくれ!」
「じゃあ果実にする」
「最初からそうしてくれ!」
ミナが赤い果実を俺の投入口へ近づけた。
当然、そのままでは入らない。
爪印石用の穴に、こんなものが入るわけ――。
ガコン。
「……入った」
俺自身が一番驚いた。
果実が触れた瞬間、投入口がぐにゃりと形を変え、まるで最初からそれを入れるために作られていたかのような大きさになったのだ。
しかも、果実は何の抵抗もなく内部へ消えていった。
「なんだこれ……どういう仕組みだ?」
そういえば。
俺、取扱説明書を持ってたよな。
「取扱説明書」
そう念じた瞬間、意識の中に文字が浮かび上がった。
《取扱説明書を開きます》
ページのようなものが頭の中でめくられていく。
《遊技可能物について》
《本機はLEVELおよび使用者との親密度に応じ、遊技に使用可能な物品が変化します》
「……親密度?」
さらに読み進める。
《LEVEL 1――使用者にとって重要度の低い物品》
《LEVEL 2――使用者にとって一定の実用価値を持つ物品》
なるほど。
だから爪印石の次に、食べ物が使えるようになったのか。
俺にとって金は金だが、このミルスト族は森の中でかなりの部分を自給自足している。
そう考えれば、彼らにとっては爪印石より食料そのもののほうが重要なのかもしれない。
つまりレベルが上がるほど、より価値の高いものを賭けられるようになる。
「……嫌な進化の仕方だな」
じゃあ、もう一つ。
親密度ってなんだ?
ギャルゲーみたいなものか?
ミナと仲良くなればなるほど、使える機能が増えるとか?
説明書をさらにめくる。
《親密度――》
「お、あった」
《閲覧権限がありません》
「なんでだよ!」
説明書だろ!
自分の説明書なのに読めない項目があるってどういうことだ!
《権限が不足しています》
「権限ってなんだよ!」
「魔物さん、急にどうしたの?」
「いや、こっちの話……」
そうしている間にも、俺の中では遊技が始まっていた。
玉が盤面を走る。
数字が回る。
そして――。
キュインッ!
「また!?」
7。
7。
7。
「やったあああ!」
ゴロゴロゴロゴロッ!
今度は爪印石ではなかった。
大量の赤い果実が俺から吐き出され、地面いっぱいに転がっていく。
「すごい! いっぱい!」
ミナは一つ拾い上げると、村長へ駆け寄った。
「ブレットおじいちゃん! 見て! こんなに増えたよ!」
「おじいちゃん?」
俺は村長を見る。
それからミナを見る。
「ミナ、お前、村長の孫だったのか?」
「そうだよ?」
「初耳なんだけど」
「言ってなかった?」
「言ってない」
「じゃあ今言った!」
「軽いな……」
しかし、これで一つ分かった。
食料でも遊べる。
しかも投入したものと同じ種類のものが、大当たりすれば増えて出てくるらしい。
これは爪印石よりずっと分かりやすい。
村にとっても役に立つ。
少なくとも、もう俺を怪しい魔道具だからとその場で破壊する理由はないだろう。
よかった。
二度目の人生、三日も経たずに廃棄処分という最悪の結末は避けられそうだ。
「…………」
ん?
視線を感じる。
ミナだ。
さっきから俺をじっと見ている。
その手には――。
「待て」
「まだ何も言ってないよ?」
「肉だろ」
「うん!」
「やっぱりか!」
ミナが例の生肉を持ち上げた。
その目が完全に獲物を狙う猫の目になっている。
嫌な汗が出そうだ。
まあ、俺はもう汗なんてかけないんだけど。
「果物が増えたなら、お肉も増えるよね?」
「理屈としてはそうかもしれないけど……」
「じゃあ、入れるね!」
「ちょっと待――」
ミナが生肉を投入口へ押し込む。
「ん?」
入らない。
「……あれ?」
もう一度押す。
むにっ。
「あっ……」
さらに押す。
「んんっ……!」
なんだ今の声。
自分でも聞いたことのない声が出たぞ。
「ミナ! やめろ! 何でも突っ込もうとするな!」
「でも入らない」
「レベルだ! レベルが足りないんだよ!」
《現在のLEVELでは使用できません》
「ほら! レベル不足だ!」
「なーんだ」
ミナが残念そうに肉を引っ込める。
助かった。
「……ん?」
ミナが首を傾げた。
「レベルが足りない?」
「ああ」
「魔物さんにもレベルがあるの?」
「あるみたいだな。さっき2になった」
「へえ……」
ミナが俺の周りをぐるりと回る。
「じゃあ、魔道具じゃないのかな」
「最初からそう言ってるだろ」
「私たちと同じように、この大陸にいる生き物で、レベルも上がるなら……」
ミナは少し考えたあと、ぽんと手を叩いた。
「やっぱり魔物だ!」
「いや、その結論になるのかよ」
「じゃあ、魔物さんって呼ぶね!」
「待て。俺にはちゃんと名前がある」
「名前?」
「ああ。山田中也だ」
「ヤマダ……ナカヤ?」
「山田中也」
ミナは何度か口の中で繰り返した。
「変な名前」
「お前に言われたくない」
「やっぱり魔物さんでいいや」
「人の名前を聞いておいて!?」
なんて適当な少女だ。
俺は呆れた。
とはいえ、さっきまで俺を破壊するだの人間の魔道具だのと言っていた連中も、少しずつ警戒を解いているようだった。
祭祀――トレシュというらしい――も、大男も、いつの間にか俺のそばに座り込んでいた。
「それで、魔物」
「魔物さんな」
「そこは気にするのか」
大男が腕を組む。
「どうすればお前のレベルは上がる?」
「それが俺にも分からないんだよ」
「もっと遊技すればよいのでは?」
トレシュが口を挟む。
「可能性はあるな。最初にミナが遊んだあと、俺はレベルアップした」
「ならば簡単ではないか」
「お前、さっきまで俺を壊そうとしてただろ」
「それとこれは別だ」
「便利な言葉だな、それ」
そんな調子で、しばらく話を続けた。
どうすればレベルが上がるのか。
何を入れられるようになるのか。
大当たりすれば必ず投入したものが増えるのか。
聞かれても、俺自身分からないことばかりだった。
俺は自分の身体について、この連中と大して変わらない程度の知識しか持っていないらしい。
そのときだった。
バサバサバサッ――!
森の奥から、大量の鳥が一斉に飛び立った。
「なんだ?」
続いて聞こえてきたのは、低く響く連続した音。
ドドドドド――。
地面が微かに震える。
この音は。
馬?
それも一頭や二頭じゃない。
村長――ブレットの表情が一瞬で変わった。
「まずい」
立ち上がる。
「人間が来た」
さっきまでの穏やかな雰囲気が消えた。
「また村を狙ってきたのでしょう」
トレシュも立ち上がる。
大男の顔からも笑みが消えていた。
「ミナ、トレシュ。わしと来い」
「うん」
「分かりました」
「レオ。お前は先に村へ戻り、皆に知らせろ」
「分かった」
大男――レオが駆け出そうとする。
「ちょ、ちょっと待て!」
四人が振り返った。
「俺も連れていけ!」
「お前を?」
「俺、動けないんだぞ! ここに置いていくな!」
トレシュが目を細める。
「……本当に人間が送り込んだものではないのだろうな?」
「この状況でまだ疑うのかよ!」
「人間が来た途端、村へ行きたがるというのは怪しい」
「俺は本当に動けないんだって! 頼むから置いていかないでくれ!」
こんな森の中で一人にされて、その人間たちに見つかったらどうなる。
珍しい魔道具として持っていかれるかもしれない。
最悪、その場で壊される。
「人間って悪いんでしょ?」
ミナが言った。
「魔物さん、ここに置いていったら討伐されちゃうかもしれないよ」
「そう! それ! ミナ、もっと言ってくれ!」
「おじいちゃん。一人で置いていくの?」
「うむ……」
ブレットが髭を撫でる。
「確かに、こやつは村にとって貴重な資源――」
「おい」
「……ゴホン」
咳払いした。
「いや、違う。すでに我々も、こやつを村の一員として認め始めている」
「今、完全に資源って言ったよな?」
「レオ」
「おう」
「田中……いや、魔物さんを連れて村へ戻れ」
「村長まで!?」
レオが俺の後ろへ回る。
「どう運ぶ?」
「ちょっと待て。そこは慎重に――」
「押せばいいか」
「人の話を聞け!」
「ふんっ!」
次の瞬間。
「うおおおおおお!?」
俺の身体が猛烈な勢いで前へ動き出した。
速い!
速い速い速い!
レオが後ろから俺を押したまま、森の中を全力疾走している。
木々が左右へ流れていく。
地面の凹凸を拾うたび、身体全体がガタガタと揺れた。
「おい! レオ! もうちょっと優しく!」
「急いでいる!」
「だからって全力で押すな!」
こんな激しい運動、いつ以来だ。
パチンコにハマってからは、こんな速度で走るどころか、休日は朝から晩まで台の前に座っていた。
……いや。
そもそも今の俺、走ってないな。
押されてるだけだ。
「うわっ! 木! 木が近い!」
「問題ない!」
「俺にはある!」
俺の叫び声を残しながら、レオと俺は森の奥へ消えていった。
◇
それからしばらくして。
俺はミルスト族の村の端にある茂みの中へ置かれていた。
村に来るのは初めてだ。
木造の小さな家が森の中に点在し、枝や蔓を利用した通路まである。
本当ならゆっくり見てみたいところだが、今はそんな余裕はなかった。
村から少し離れた場所で、人間とミルスト族の話し合いが始まったからだ。
幸い――と言っていいのか分からないが、俺の視覚ならここからでもかなりよく見える。
ブレットを中心に、何人もの獣人が並んでいた。
ミナとトレシュもいる。
その向かいには人間たち。
馬。
鎧。
剣。
ざっと見ただけでも、こちらよりずっと装備が整っている。
やがて、その中から一人の男が馬を降りた。
全身を立派な鎧で包み、腰には装飾の施された剣。
歩き方からして、明らかに他の連中より偉そうだ。
男はゆっくりとブレットの前へ進み出た。
最初は声を抑えて話していた。
どうやら問題になっているのは、この森の所有権らしい。
だが話が進むにつれ、両者の声は次第に大きくなっていった。
「お前たちは、本当に我らを追い詰めるつもりか!」
ブレットの怒声が森に響いた。
「この森には森の女神の加護がある! 好き勝手に木々を伐ることなど、決して――」
「黙れ、老いぼれ」
鎧の男が遮った。
「この森はファルガ帝国の領土だ」
男は周囲の木々を見回す。
「ならば、ここにあるものはすべて帝国のものだ。木一本、石一つ、我々がどう扱おうと勝手だろう」
ブレットの顔が険しくなる。
「我らは帝国よりもはるか昔から、この森で暮らしてきた」
「だからなんだ?」
男は鼻で笑った。
「獣人の決まりというものは、本当に面倒だな。お前たちのような下等な種族が、何度も偉大なる帝国の決定を邪魔するとは」
……なんだ、こいつ。
「俺はもう、お前たちとの話し合いにはうんざりしているんだ」
男は肩をすくめた。
「本当なら、こんな森まで何度も足を運びたくはない。力ずくで解決するのも面倒だ」
その口調は、あまりにも軽かった。
「お前たちの血で鎧が汚れるのも不愉快だからな」
ミルスト族の間にざわめきが走る。
「素直に従えばいい。そうすれば死ぬ獣人も少なくて済む」
男は笑った。
「奴隷として連れていかれる娘の数もな」
胸の奥に、何か嫌なものが湧き上がった。
俺も元は人間だ。
だからこそ信じられない。
同じ人間の口から、よくそんな言葉が出てくる。
だが。
俺には何もできない。
剣もない。
魔法もない。
そもそも自分で動くことすらできない。
ただのパチンコ台だ。
「もし、どうしても戦うというのなら」
ブレットが低い声で言った。
「我らも黙って殺されるつもりはない」
周囲の獣人たちが身構える。
「森の女神の領域を、好き勝手に破壊させはせん」
「……そうか」
男が剣の柄に手を置いた。
「なら、もういい」
ゆっくりと剣を抜く。
「今日ここにいる者は、一人も生きて帰すな」
人間たちも一斉に武器を構えた。
「やはり獣人に話など通じない」
男の剣が淡い光を帯びる。
「固有技能――剣撃」
空気が震えた。
まずい。
剣の先が向いている方向を見る。
そこには――。
ミナ。
「待て!」
声が出た。
いや。
出してしまった。
「やめろ、馬鹿野郎!!」
森が静まり返った。
人間たちも。
獣人たちも。
一斉にこちらを見る。
……何やってんだ、俺。
なんで格好つけてるんだ。
俺はパチンコ台だぞ。
鎧の男がゆっくりこちらを向いた。
「……誰だ?」
怒ってる。
ものすごく怒ってる。
「今、俺を馬鹿と呼んだのは」
男がこちらへ歩き始める。
まずい。
まずいまずいまずい。
考えろ。
考えろ、山田中也。
俺に何ができる?
剣は振れない。
魔法も使えない。
逃げることすらできない。
あるのは、パチンコ台としての能力だけ。
パチンコ。
パチンコ……。
「…………」
待てよ。
一つだけ。
あるじゃないか。
俺は自分の盤面を意識した。
そうだ。
剣も魔法も必要ない。
パチンコ台には、パチンコ台のやり方がある。
俺は知っている。
前世で嫌というほど知った。
人間から金を吸い上げ、それでも人間を自分の前に座らせ続ける。
期待させて。
煽って。
あと少しで当たりそうだと思わせて。
あと少しで当たりそうだと思わせて。
気づけば、財布が空になるまで離れられなくする。
そう。
パチンコ台は――。
気づけば、財布が空になるまで離れられなくする。
悪魔の機械だ。
「……いいぜ」
俺は近づいてくる男を見据えた。
「見せてやるよ」
俺に戦闘能力なんてない。
それでも。
「パチンコ台の――『戦い方』ってやつをな」




