第八話 文化祭と茶柱
信濃の一行と会う日取りが決まるまで、少し時間がかかるという。宮下からそう伝えられた六人は、拍子抜けしたような、それでいてどこかほっとしたような顔を見合わせた。
「なんじゃ、肩透かしじゃな」
龍馬がそう言いながらも、いつも通り土産物屋へ出勤していくのを見て、航は苦笑した。得体の知れない“召集”の謎を抱えながらも、日々の暮らしは待ってくれない。家賃も、光熱費も、コンビニ弁当の値段も、世紀末だろうと平常運転だった。
そんなある日、神門通り商店会の掲示板に、こんな貼り紙が出た。
『出雲大社門前町 秋のふれあい市 ――模擬店・出し物、大募集!』
地元の小さな祭りらしい。話を聞きつけた一葉が、真っ先に食いついた。
「これは、良い機会ではありませんか。皆で何か、出し物を考えては」
「出し物、とな」
義経が身を乗り出す。龍馬はすぐさま「面白そうじゃ、わしは呼び込みをやろう」と手を挙げ、紫式部は「わたくしは、和歌の実演でも」と乗り気になった。
結局、一葉の音頭で、六人は「ふれあい市」に小さな屋台を出すことになった。屋台の名は、龍馬の提案で『偉人お手前処』。利休の茶席を軸に、卑弥呼が来場者の手相もどきの“占い”を、義経が力自慢の力比べを、紫式部が即興で和歌を詠んでみせるという、なんとも節操のない構成だった。
当日、屋台には予想以上の人だかりができた。
「はい、そこの兄さん、力比べどうじゃ! 拙者に勝てたら景品じゃぞ!」
義経の呼び込みに乗せられた地元の高校生が挑んで見事に返り討ちにあい、周囲がどっと沸く。隣では利休が、真剣そのものの所作で茶を点て、その静けさに誘われた年配の客が「なんだか気持ちが落ち着くねえ」と目を細めていた。
「あなた様の恋の行方、当ててみせましょう」
卑弥呼の妙に説得力のある“占い”に、若いカップルが真顔で聞き入っている横で、紫式部は求められるままにさらさらと和歌をしたため、色紙代わりの半紙を渡しては小銭を稼いでいた。
一葉は屋台の隅で帳面片手に会計を仕切り、龍馬は終始声を張り上げて呼び込みを続けた。航はといえば、こまごまとした雑用に走り回りながら、六人の生き生きとした顔を見て、なんとも言えない気持ちになっていた。
――この人たちは、本当にただ、生きているだけなんだな。
時代も立場も違う六人が、それぞれの得意なことで、目の前の人を笑顔にしている。その光景は、偉人という肩書きよりも、ずっと眩しく見えた。
祭りが終わった夕方、片付けを終えた屋台の裏で、一葉が湯呑みの茶柱を見つけて、小さく声を上げた。
「あら、茶柱が立っています」
「ほう、縁起が良いと聞くな」
義経が覗き込む。利休が、いつになく柔らかい顔で言った。
「茶柱が立つのは、良い兆しの証。あるいは――」
利休は言葉を切り、六人の顔を、一人ずつ見渡した。
「今日のような日が、これからも続く兆し、なのかもしれませぬな」
その一言に、誰も何も返さなかったが、座敷への帰り道、六人の足取りはどこか軽やかだった。
航は、その後ろ姿を眺めながら、ふと思った。
信濃の六人と対面する日が近づいている。それが何をもたらすのか、まだ誰にも分からない。だが今は、この穏やかな時間を、少しでも長く覚えておきたいと、航はそう思わずにいられなかった。




