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第五話 偉人、時給を稼ぐ

「――というわけで、当面の生活費のためにも、皆さんにはアルバイトをしてもらいます」


 朝食の席で航がそう切り出すと、座敷の空気が一瞬にして重くなった。


「あるばいと、とは」


 卑弥呼が眉をひそめる。航は身振り手振りを交えて説明を試みたが、結局のところ一番早いのは実際にやらせてみることだと悟った。


 まず白羽の矢が立ったのは、龍馬だった。


「土産物屋の店番か。面白そうじゃな、やってみよう」


 神門通り沿いの土産物屋「出雲乃八重垣堂」は、ちょうど繁忙期の助っ人を探していた。店主は、素性のはっきりしない航の紹介にも関わらず、龍馬の物怖じしない愛想の良さに、面接三分で採用を決めてしまった。


「らっしゃい、らっしゃい! 出雲の土産と言えばこれよ、ぜんざい、勾玉、あとは……」


 初日から、龍馬は物おじせず観光客に声をかけ、気づけば店先に人だかりができていた。土地言葉こそ土佐訛りが抜けないものの、それがかえって「面白い店員さんがいる」と評判になり、初日で店主から「明日も頼む」と即決される始末だった。


「なあ航、これは飛脚より性に合うかもしれんな」


 レジ横で釣り銭を数えながら、龍馬は上機嫌にそう言った。もっとも、レジの操作自体はまだ怪しく、暗算のほうがよほど速いと店主に驚かれていたが。


 一方、義経の方はそう簡単にはいかなかった。


 航が紹介したのは、神門通りの外れにある小さなコンビニ「デイリーステーション」の品出しとレジのバイトだった。初日、義経は棚の陳列を任されると、まるで陣形を組むかのような真剣さでカップ麺を整列させ、店長を感心させた。


 問題はレジだった。


「お会計、五百八十円になります」


 たどたどしくもきちんとレジを打てていた義経だったが、酔客らしき客が「釣りが足りないんじゃないか」と絡んできた瞬間、目つきが変わった。


「――貴様、言いがかりも大概にせよ」


 思わず低く構えたその姿は、まるで戦場で敵将と対峙する武者そのものだった。あまりの迫力に、酔客の方が真っ青になって謝りながら店を出ていく一幕もあり、後で店長に「もう少し、こう、笑顔で……」と困り顔で注意される羽目になった。


「なるほど。刀の代わりに、笑顔で構えるのだな」


 義経は妙に納得した様子で頷き、翌日からは無理やり作った引きつった笑顔でレジに立ち続け、それはそれで常連客の間で「面白い店員」として一部で人気を博すことになった。


 夕方、二人の初日の顛末を聞いた一葉は、家計簿代わりの帳面に几帳面に数字を書き込みながら、ほっと息をついた。


「思いのほか、なんとかなるものですね」


「一葉殿も、書いた原稿で稼ぐ道を、探してみてはいかがか」


 紫式部が茶々を入れると、一葉は少し困った顔で首を振った。


「今の私に、あなた様や利休様のような値打ちものはございません。地道に、できることから探します」


 その言葉通り、数日後、一葉は神門通りの小さな書店で、店番と在庫整理の仕事を見つけてきた。几帳面な性分と、活字への並々ならぬ愛着が幸いし、店主からは「あなたみたいな人が来てくれて助かる」とすっかり気に入られていた。


 利休は利休で、蕎麦屋「杵築庵」の主人に頼み込み、店の一角で「一服百円」の簡易な茶席を開かせてもらうことになった。慣れない客あしらいに最初は苦戦したものの、その所作の美しさが評判を呼び、いつしか観光客が写真を撮りに立ち寄るちょっとした名物になっていた。


 卑弥呼だけは、なかなか馴染む仕事が見つからずにいたが、ある日、地元の占い師の店先で、当てずっぽうに見えて妙に的中する助言をしているうちに、「よく当たる占い師の助手」として、居場所を見つけてしまった。


「未来を見ずとも、人の顔を見れば、大抵のことは分かる」


 本人は涼しい顔でそう言っていたが、航は密かに、この女性が本当に未来を知っているのではないかと、少しだけ疑っていた。


 こうして、六人はそれぞれの形で、1999年の出雲に少しずつ根を張り始めていた。


 夜、座敷に集まった六人が、その日の稼ぎと失敗談を披露し合いながら笑い合う姿を見ていると、航は不思議な気持ちになった。


 ――この生活が、いつまで続くのだろう。


 宮下の言葉を思い出すたび、航の胸の奥には、小さな棘のような不安が残り続けていた。だが今は、その棘に気づかないふりをして、航もまた、六人の笑い声に交じって笑っていた。

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