第四話 社務所の奥で
翌朝、六人と航は連れ立って出雲大社へ向かった。
「本当に、行くのですか」
道すがら、一葉が何度目かの確認をする。義経は懐に忍ばせた木刀――蕎麦屋の帰りに土産物屋でふざけて買ったものだ――を握りしめ、妙に気合が入っている。龍馬だけは「なるようになるさ」と、いつも通り飄々としていた。
拝殿での参拝を済ませたあと、航が社務所の窓口で「先日、浜でお話しした方に用があるのですが」と伝えると、対応した若い神職は少し驚いた顔をしてから、奥へと消えていった。
しばらくして現れたのは、あの白装束の女性だった。
「よくいらっしゃいました。こちらへ」
案内されたのは、社務所の奥にある古い座敷だった。床の間には一振りの短刀と、由緒書きらしき巻物が飾られている。女性は座布団を勧めると、自らも静かに腰を下ろした。
「まず、名乗らせていただきます。この社に長く仕えております、**宮下**と申します」
「宮下さん……」航は繰り返した。「先日のお話ですが」
「ええ。単刀直入に伺います」
宮下は、六人の顔を一人ずつ見渡した。
「皆様が目を覚まされた夜、空に一瞬、青白い光が走らなかったでしょうか。地鳴りのような、低い音とともに」
卑弥呼が、初めて表情を動かした。
「……見た。あれは、雷ではなかった」
「わたくしも」紫式部が頷く。「あの光の後、意識が途切れました」
宮下は静かに息をつき、傍らの巻物を手に取った。
「この社には、代々伝わる由緒があります。神在月、全国の神々がこの地にお集まりになる際、まれに――ごくまれに、時を違えて迷い込む“客人”がいる、と」
「客人……それが、我らか」
義経が身を乗り出す。宮下はゆっくりと頷いた。
「本来であれば、神々と共に一夜のうちに、あるべき時代へお還りいただくはずのもの。ですが此度は、様子が違います。皆様は、もう十日以上、こちらにお留まりになっている」
座敷に、重い沈黙が落ちた。
「つまり」一葉が声を絞り出す。「私たちは、還る手立てが、まだ見つかっていないと」
「正直に申し上げれば、そうです。この由緒書きにも、此度のように長く留まった例の記録はございません」
宮下はそこで一度言葉を切り、六人の顔を、そして航の顔を、順に見つめた。
「ただ、一つだけ気になることが。此度、皆様がお集まりになったのは、六名。偶然にしては、あまりに数が揃いすぎている」
利休が、初めて口を開いた。
「……偶然ではない、と」
「わかりません。ですが、私どもの記録によれば、迷い込んだ客人は、いつも一人か二人。六名もの方が同時に、というのは、少なくとも私の代では前例がございません」
龍馬が、腕を組んで唸った。
「つまり、誰かが――あるいは、何かが、わしらをわざわざ選んで、この年、この場所に集めた、ということもあり得るわけじゃな」
「可能性としては、否定できません」
宮下はそう答えたあと、少し声を落とした。
「もう一つ、申し上げにくいことがございます。今年は、世間で騒がれている通り、七月に大きな予言のあった年。この社では、神在月の祭事の裏で、静かに“異変”を注視して参りました。皆様がお集まりになったことも、その異変の一つと見ております」
航は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「異変って、具体的には……」
「それは、まだ私の口からは。確かなことが分かり次第、必ずお伝えいたします」
宮下は深く頭を下げた。
「どうか今しばらく、この地に留まっていただけますでしょうか。皆様をお還しする手立ても、この“異変”の正体も、私どもが必ず突き止めます」
座敷を辞したあと、六人と航は、しばらく無言のまま大鳥居の下を歩いた。
「なあ、航」
沈黙を破ったのは、龍馬だった。
「還る手立てがある、と聞いて――正直、ほっとしたわしと、少し寂しく思うたわしが、両方おるんじゃ」
その一言に、他の五人も、それぞれの表情でうつむいた。
航は、何と答えていいか分からないまま、ただ、六人の少し後ろを歩き続けた。
神在月の空は、どこまでも高く、青かった。




