第三話 稲佐の浜の女
錦光堂からの連絡は、三日後に来た。
「太刀と原稿、両方とも鑑定が終わりました。ちょっと、こちらに来ていただけますか」
電話口の店主の声は、心なしか上ずっていた。航が空き家に戻ってその旨を伝えると、義経は「ほう」と目を輝かせ、一葉は逆に不安げに袖口を握りしめた。
「私の書きかけの原稿など、値がつくものでしょうか。所詮、日陰の身で書いたものです」
「いや、一葉殿。あんたの筆は、拙者なんぞの太刀より、よほど値打ちがあると思うがね」
義経が軽口交じりに励ますと、一葉はわずかに眉を上げ、それ以上は何も言わなかった。
結果は、龍馬の言葉を借りれば「愉快なこと」になった。太刀は美術品として、原稿は文学史料として、それぞれ想像を上回る額で買い取られることになったのだ。店主は「本当にどこから出てきたものなのか聞かないでおきます」と苦笑いしながら、丁寧に頭を下げていた。
封筒に入った金を前に、六人は顔を見合わせた。
「これでしばらくは、家賃の心配もいらんな」
龍馬が上機嫌でそう言うと、それまで黙って算盤代わりに紙に数字を書きつけていた一葉が、ぴしゃりと釘を刺した。
「油断は禁物です。私たちは戸籍もなければ、身元を証明するものも何一つない。まともに働く道すら、まだ見えていないのですから」
その一言に、座敷の空気が少し引き締まった。
航は、その場を取りなすように提案した。
「気分転換に、少し歩きませんか。ここから浜まで、そんなに遠くないので」
案内したのは、稲佐の浜だった。出雲大社から西へ歩いてすぐ、白い砂浜と、沖に浮かぶ小さな岩――弁天島が印象的なその浜は、神在月になると、全国の神々がまずここに上陸すると伝えられている。
「ほう。神々が船を寄せる浜、か」
卑弥呼が珍しく足を止め、しばらく無言で水平線を眺めていた。祭祀を司ってきた者としては、思うところがあるのかもしれない。紫式部は「ここも、物語の一節にしたくなる美しさですこと」と目を細め、利休は波打ち際に立って、しばらく寄せては返す波の音だけを聞いていた。
「なあ航、ここに来てから気づいたんじゃが」
龍馬が、砂を踏みしめながら、ふと真面目な声で言った。
「わしらがここに落とされたのは、どうにも偶然とは思えん。おぬしも、うすうす感じておるんじゃろう」
図星を突かれ、航は言葉に詰まった。
そのときだった。
「――やはり、皆様でしたか」
背後から、静かな声がかけられた。振り向くと、先日蕎麦屋で見かけた、あの白い装束の女性が立っていた。近くで見ると、歳の頃は五十がらみ、物腰は柔らかいが、目の奥には隙のない光がある。
「あなたは……」
「この浜と、大社にご奉仕させていただいている者です。名乗るほどの者ではございません」
女性は微笑んだまま、六人の顔を一人ずつ、確かめるように見渡した。
「神在月にこの浜へ足を運ばれる方は、皆様、何かしら“縁”のある方ばかり。差し支えなければ、少し伺ってもよろしいでしょうか。皆様が、目を覚まされたその日――何か、変わったものをご覧になりませんでしたか。光、あるいは、音のようなもの」
六人の顔に、はっきりと動揺が走った。義経が思わず一歩前に出る。
「……何故、それを」
女性は答えず、ただ穏やかに笑みを深めるだけだった。
「今日のところは、これで失礼いたします。ですが、もし何か思い出されることがあれば、大社の社務所にお訪ねください。皆様のような方々を、私どもは――お待ちしておりましたので」
そう言い残し、女性は一礼して、浜辺を大社の方へと戻っていった。
波音だけが響く浜辺に、六人と航は、しばらく誰も言葉を発せずに立ち尽くしていた。
「……航殿」
沈黙を破ったのは、一葉だった。
「先ほどの方は、私たちが“集められた”ことを、知っている口ぶりでした。それも、待っていた、と」
「ええ……僕も、今、同じことを考えてました」
航は乾いた唇を舐めた。
偶然にしては出来すぎていたこの一週間の全てに、今、初めて一つの線が繋がろうとしていた。




