第二話 神門通りの値付け
一夜明けても、六人は消えなかった。
航は寝不足の頭を抱えながら、空き家の座敷に布団代わりの毛布を運び込み、とりあえずの朝食にコンビニのおにぎりを差し入れた。六人はそれぞれの反応でそれを迎えた。卑弥呼は無言でひと口かじって固まり、義経は「これはうまい兵糧じゃ」と三個平らげ、利休だけは「……この米粒の並びは、いささか無粋ですな」と眉根を寄せてから、結局は綺麗に食べきった。
「さて」
朝食が済んだところで、航は覚悟を決めて切り出した。
「皆さんの持ち物、売れそうなものがあれば、お金に換えましょう。このままだと、正直、明日の食事も怪しいので」
真っ先に頷いたのは龍馬だった。
「そりゃええ。使わん物を寝かせておいても仕方あるまい。案内してくれ」
こうして一行は、航を先頭に、出雲大社の門前町――神門通りへと繰り出すことになった。
参道の石畳に沿って、土産物屋や食事処が軒を連ねている。神在祭の名残りで、通りにはまだ観光客の姿もちらほらあった。六人は、その光景だけで早くも足を止めがちになる。
「この鳥居の大きさ、尋常ではないな」
義経が大鳥居を見上げて唸る横で、紫式部は電線の並ぶ空を見上げ、「あの黒い糸のようなものは何です」と真顔で尋ねてきた。一葉は道端の自動販売機の前で立ち尽くし、「これは……お社ですか」と小声で呟いている。
航は説明を諦め、目的の店へと急いだ。神門通りの裏手にひっそりと構える古美術店「**錦光堂**」――老舗の骨董商で、以前航が別件で世話になったことのある店主が営んでいる。
「ちょっと見てもらいたいものがあるんですけど」
半信半疑の様子で品定めを始めた店主だったが、卑弥呼が懐から取り出した銅鏡を手に取った瞬間、表情が固まった。
「……これは、ちょっと只事じゃないですね」
店主は白手袋をはめ直し、鏡の裏の文様を食い入るように見つめる。紫式部が差し出した『源氏物語』の草稿の一部に至っては、しばらく声も出ない様子だった。利休の茶器を見た時には、思わず唸り声を漏らしていた。
「出所は聞かないでおきますが……これ、本物なら、ちょっとした博物館が飛びついてもおかしくない代物ですよ」
結局その日は、義経の太刀と一葉の原稿は「一旦お預かりして鑑定に回す」ということになり、龍馬の懐中の拳銃は「これはさすがにうちでは扱えません」と丁重に断られた。それでも卑弥呼の銅鏡が思いのほか高値で引き取られ、当面の生活費には十分すぎる額が手元に転がり込んだ。
「思ったより、あっけないものだな」
封筒に入った現金を興味深そうに眺めながら、龍馬が笑う。
「これがあれば、しばらくは食うに困らんじゃろう。よし、皆の衆、飯でも食おうぞ」
結局その提案に流される形で、一行は神門通り沿いの蕎麦屋「**杵築庵**」に入ることになった。割り子蕎麦を前に、義経が「これは戦場の握り飯より旨いな」と目を輝かせ、利休が「蕎麦の香りは良い、だが盛り付けがいささか賑やかすぎる」と早速小言をこぼす。紫式部は蕎麦つゆの器を矯めつ眇めつしながら、「この黒い汁、味わいが複雑ですこと」と満足げだった。
その賑やかな食卓の隅で、航はふと視線を感じて顔を上げた。
店の奥の座敷に、白い装束をまとった年配の女性が一人、静かに座っていた。神門通りではよく見かける、出雲大社に関わりのある人らしい。だが、その視線は明らかに、航たちの座る席――正確には、六人の顔ぶれを、順繰りに確かめるように動いていた。
目が合うと、女性はふっと微笑み、小さく会釈をしてから、何事もなかったように席を立って店を出て行った。
「……航殿、どうかされましたか」
異変を察したのか、一葉が静かに尋ねてくる。航は首を振りながらも、胸の奥にざわりとしたものを感じていた。
――今の視線は、ただの物珍しさだったのだろうか。
神在月の出雲には、まだ何かが潜んでいる。航はそんな予感を拭えないまま、割り子蕎麦の最後の一枚に箸を伸ばした。




