第二十二話 静かになった座敷
翌朝、空き家の座敷は、ひどく広く感じられた。
昨日まで、六人分の布団と荷物で埋まっていたはずの座敷は、今はただ、利休の分だけが、ぽつんと隅に残っているだけだった。
「……静かなものじゃな」
利休が、いつもの静かな声で呟く。航は、何と答えていいか分からず、ただ曖昧に頷いた。
朝食も、以前は賑やかな取り合いになっていたのが、今日はただ、二人分の茶碗が並んでいるだけだった。義経が三個平らげていたおにぎりも、今日は一つで十分だった。
「寂しく、ないんですか」
航が、思い切って尋ねると、利休は、湯呑みを傾けながら、静かに答えた。
「寂しくない、と言えば嘘になろう。あの騒がしい面々との日々は、思っていたより、わしの性に合っておった」
利休は、少し目を細めた。
「じゃが、選んだのはわし自身じゃ。悔いはない」
その日の午後、航は、利休を伴って神門通りへ出かけた。杵築庵の主人は、利休の姿を見るなり、心配そうに声をかけてきた。
「あれ、今日は一人かい。いつもの賑やかな連中は?」
「事情があって、田舎に帰った」
航が、あらかじめ用意しておいた説明を口にすると、主人は、少し寂しそうに、しかし納得した様子で頷いた。
「そうかい。まあ、あんたの茶席は、これからも続けてくれるんだろう?」
「もちろんじゃ」
利休が答えると、主人はほっとしたように笑った。
夕方、二人が座敷に戻ると、そこには宮下が待っていた。
「お二人とも、大変な一日でしたね」
「宮下さんにも、色々とお世話になりました」
航が頭を下げると、宮下は、静かに首を振った。
「いいえ。むしろ、私の方こそ、皆様に助けられました。長年、この社が抱えてきた秘密に、ようやく一つの区切りをつけることができました」
宮下は、懐から一枚の書状を取り出した。
「これは、私からのご提案です。利休様の身元――戸籍のようなものを、この社の縁者として、正式に整えさせていただきたく」
「戸籍……そんなことが、できるのですか」
航が驚いて尋ねると、宮下は、少しいたずらっぽく微笑んだ。
「この社には、長年“客人”を受け入れてきた、独自の仕組みがございます。表沙汰にはできませんが、しかるべき手続きは整えられます」
利休は、深く頭を下げた。
「かたじけない」
その夜、航は、一人で空き家の縁側に腰掛け、夜空を見上げていた。
昨日までの喧騒が、まるで夢だったかのように、あたりは静かだった。だが、確かに、あの十二人と過ごした日々は、現実だった。
「航殿」
背後から、利休の声がした。
「そなたも、少しくらい、寂しがってよいのだぞ」
その言葉に、航は、思わず笑ってしまった。
「……ちょっとだけ、寂しいです」
「うむ。それでよい」
利休は、静かに、航の隣に腰を下ろした。
二人は、しばらくの間、何も言わず、ただ並んで、星空を眺めていた。
神在月が終わり、出雲の夜は、少しずつ、いつもの静けさを取り戻していく。
だが、この空き家に刻まれた十二人の日々は、これからも、確かに、ここに在り続けるのだろう。




