第二十一話 稲佐の浜にて
「還る儀は、稲佐の浜で行います」
宮下の言葉通り、日が沈んだ後、一同は、あの弁天島の見える浜辺へと向かった。神々が最初に上陸したと伝わるこの浜は、神在月の終わりには、神々を送り出す場所にもなるのだという。
波打ち際に、十二人と航、そして宮下が並んだ。夜空には、これ以上ないほど澄んだ月が浮かんでいる。
「時が来るまで、少し猶予がございます」
宮下がそう言うと、それぞれが、最後の時間を、思い思いに過ごし始めた。
「航、世話になったな」
龍馬が、いつもの調子で肩を叩いてきた。
「土産物屋の仕事、なかなか楽しかった。あちらに戻っても、商いの才は、無駄にはせんつもりじゃ」
「龍馬さんなら、きっとうまくやりますよ」
航がそう言うと、龍馬は、少し照れたように笑った。
「なあ、一つ頼みがある。わしがこの時代におった証、どこかに残しておいてはくれぬか。土産物屋の帳面にでも、名前の一つでも」
「……分かりました。約束します」
航が頷くと、龍馬は満足そうに頷き、他の面々の方へと歩いていった。
義経が、静かに航の前に立った。
「航殿。世話になった。コンビニでの日々、なかなか性に合っておった。あの、笑顔で構える術、忘れずにいようと思う」
「義経さんの笑顔、常連さんに人気でしたよ」
航が言うと、義経は、少し照れたように鼻を鳴らした。
「そうか。ならば、悪くない日々だったということじゃな」
紫式部が、優雅に一礼した。
「航殿。あなたの生きるこの時代の物語、随分と学ばせていただきました。あちらに戻ったら、その学びを、筆に込めてみようと思います」
「紫式部さんの新しい『源氏物語』、読んでみたかったです」
航が正直に言うと、紫式部は、悪戯っぽく笑った。
「後の世に、伝わっているやもしれませぬよ。楽しみにしていてくださいな」
一葉は、静かに、深く頭を下げた。
「航様。この短い間でしたが、本当にお世話になりました。あなたのような方が、この時代にいてくださったこと、心強く思います」
「一葉さんの本、僕の時代でも、たくさんの人に読まれてますよ。……なんて、もう言っちゃいましたね」
航が慌てて口を塞ぐと、一葉は、驚いたように目を見開き、それから、涙をこらえるように、静かに微笑んだ。
「そうですか。……それは、何よりの餞別です」
卑弥呼が、最後に、航の前に立った。
「そなたには、色々と、世話をかけたな」
「いえ、こちらこそ、皆さんには……」
航が言葉に詰まっていると、卑弥呼は、そっと目を細めた。
「案ずるな。この時代で得たものは、決して忘れぬ。そなたの顔も、な」
その言葉に、航は、こらえきれず、目頭が熱くなるのを感じた。
「宮下さん。そろそろでしょうか」
龍馬が声をかけると、宮下は、静かに頷いた。
「はい。皆様、鏡の前にお集まりください」
卑弥呼が、完全な形を取り戻した鏡を、月明かりの下に掲げた。鏡が、静かに、青白い光を帯び始める。
「行くぞ、皆の衆」
龍馬の声を合図に、還ると決めた十一人が、鏡の光の中へと、一歩、また一歩と、歩みを進めていく。
光が、次第に強さを増していく。
「航殿!」
義経の声が、光の向こうから響いた。
「達者でな!」
紫式部と一葉、卑弥呼の声も、次々と重なる。
「またいずれ、どこかで!」
龍馬の、いつも通りの明るい声を最後に、光は、一際強く瞬いた。
そして、静かに、消えた。
浜辺には、航と、利休、そして宮下だけが、残されていた。
波の音だけが、静かに響いていた。
航は、しばらくの間、光の消えた場所を、ただじっと見つめ続けていた。




