第十八話 素鵞社の対峙
神在祭最終日の夜、出雲大社は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。
本殿の裏手、素鵞社――大国主命の父神、須佐之男命を祀るその小さな社の前に、卑弥呼は一人、鏡を懐に立っていた。他の十一人と航は、境内のあちこちに、気配を殺して潜んでいる。
「――来たか」
卑弥呼が呟いたのと同時に、社の陰から、ゆらりと人影が現れた。蔵本欽也だった。手には、先日奪った鏡の欠片が握られている。
「一人で来るとは、勇敢なことだ」
「一人ではない」
卑弥呼は、静かに、しかしはっきりと答えた。
「そなたも、それは分かっておろう」
「もちろん」
蔵本は、嗤いながら周囲を見渡した。
「隠れている者たちの気配は、私にも見える。だが……この場に足を踏み入れた時点で、勝負は決している」
蔵本が、欠片を掲げた瞬間、社の周囲の空気が、ぶるりと震えた。地面から、青白い光が幾筋も立ち上り、境内を淡く照らし出す。
「な……!」
物陰に潜んでいた航が、思わず声を漏らしかけた。
「ここは、神在月に神々が集う地。時を渡る力を増幅させるには、これ以上の場所はない」
蔵本の声に、これまでにない昂りが滲んでいた。
「その鏡を渡せ。さすれば、痛い目は見せぬ」
「断る」
卑弥呼は、鏡を強く握りしめたまま、一歩も引かなかった。
「今じゃ!」
龍馬の号令と共に、物陰から一斉に十一人が飛び出した。義経と幸村が左右から迫り、信玄と謙信が退路を塞ぐ。巴と勘助が屋根伝いに回り込み、利休と紫式部、一葉が、卑弥呼の周囲を固めるように広がった。
「――ほう、面白い」
蔵本は、慌てる様子もなく、片手を軽く振った。その瞬間、境内に立ち上っていた青白い光が、まるで生き物のように蠢き、義経と幸村の足元で弾けた。
「くっ……!」
二人が、爆風のような衝撃に弾き飛ばされる。だが、それでも怯まず立ち上がった。
「この程度か」
義経が、不敵に笑う。蔵本の顔に、初めて僅かな苛立ちが浮かんだ。
「時渡りの力は、まだ本調子ではないようだな」
利休が、静かに、しかし鋭く指摘した。
「奪った鏡の欠片、まだ卑弥呼殿の鏡と、完全には繋がっておらぬ。ゆえに、力も半端。今のうちに畳みかければ、勝機はある」
「利休殿の言う通りじゃ」
龍馬が、皆に向けて叫んだ。
「一気に決めるぞ!」
その号令と同時に、十一人の動きが、それぞれの武技と才知を活かし、複雑に絡み合いながら蔵本へと迫った。義経の剣、幸村の槍、巴の薙刀。信玄と謙信の連携した挟撃。勘助の的確な指示。紫式部と一葉が、境内の暗がりから蔵本の意識を分散させるように声を上げる。
蔵本は、青白い光を纏いながらも、次第に防戦一方になっていく。
「小癪な……!」
蔵本が、苛立ちを露わに、光をより強く発しようとした、その瞬間。
「今じゃ、卑弥呼殿!」
龍馬の声に応じ、卑弥呼が、懐から鏡を取り出し、蔵本の持つ欠片に向けて、高々と掲げた。
「わたしの鏡は、そなたのものにはならぬ。だが――」
卑弥呼の声が、境内に、まるで祝詞のように響き渡った。
「その欠片、本来あるべき場所へ、還す手伝いだけはしてやろう」
鏡と欠片が、離れた距離のまま、共鳴するように青白く輝き始めた。蔵本の顔から、初めて、余裕という余裕が消え失せた。
「よせ……よさぬか! それは、私の――」
蔵本の絶叫と共に、境内全体が、眩いばかりの光に包まれた。
航は、目を開けていられず、思わず腕で顔を覆った。
光が収まった時、そこに立っていたのは――。




