第十七話 決戦前夜
蔵本が残した挑戦状の期限まで、あと三日。
空き家の座敷には、十二人と航、そして宮下が集まっていた。障子越しに差し込む夕陽が、誰の顔も、いつもより赤く染めていた。
「まず、確認しておきたい」
武田信玄が、静かに口火を切った。
「蔵本の目的は、鏡を完全な形にすること。奴が言うには、それは還る術であると同時に、奴自身の“糧”でもある。ならば、鏡を渡してしまえば、我らは還れなくなるどころか、奴をさらに強大にすることになる」
「かといって、渡さねば、こちらの誰かが危険に晒される」
上杉謙信が続ける。座敷に、重い沈黙が満ちた。
「戦うしかあるまい」
義経が、拳を握る。
「拙者たちは、腐っても武人ぞ。負ける気はせぬ」
「威勢は結構だが」
山本勘助が、地図を広げながら、冷静に割って入った。
「相手の力は未知数じゃ。あの夜、店内の明かりを一瞬で落とし、姿を消した。あれが単なる手妻でないなら、正面から挑むのは危うい」
一葉が、帳面を閉じ、静かに口を開いた。
「私たちの強みは、人数です。十二人、それぞれの得意を活かせば、隙は作れるはずです」
卑弥呼が、懐から鏡を取り出し、じっと見つめた。
「わたしの役目は、明確じゃ。この鏡を守り、あるいは、囮として使う」
「囮、とは」
航が、思わず身を乗り出す。卑弥呼は、静かに続けた。
「蔵本の狙いは、この鏡。ならば、わたしがそれを持って前に出れば、奴の注意は、必ずわたしに向く。その隙を、他の者が突けばよい」
「危険すぎる」
紫式部が、珍しく声を荒げた。
「あなた一人に、そのような役目を負わせるわけには参りません」
「案ずるな。わたしとて、無策で前に出るつもりはない」
卑弥呼は、微かに笑った。
「祭祀を司った者として、多少の“はったり”には慣れておる」
その言葉に、座敷の空気が、少しだけ和らいだ。
龍馬が、腕を組んで、皆を見渡した。
「策は、追い追い詰めるとして――一つ、聞いておきたいことがある」
その声が、いつになく真剣な色を帯びていた。
「もし、鏡を取り戻し、還る術が完成したとして。皆は、還りたいと思うておるか」
その問いに、座敷が、しんと静まり返った。
誰も、すぐには答えなかった。
最初に口を開いたのは、利休だった。
「正直に申せば……迷いがござる。わしの生きた時代に、心残りがなかったとは言えぬ。だが、この地で見た茶柱の光景も、また、捨てがたい」
「私も、同じです」
一葉が、静かに続く。
「私の時代には、私を必要としてくれる人が、確かにいました。ですが……ここで見つけた居場所も、本物だと感じています」
紫式部が、ふっと目を伏せた。
「わたくしも、決めかねております。書きたいものは、まだこの時代にも、あの時代にも、いくらでもございますゆえ」
義経と巴、幸村たち武人組は、それぞれ言葉少なに頷くだけだった。彼らの時代には、それぞれの因縁や、避けられぬ運命が待っていることを、誰よりも本人たちが分かっているようだった。
龍馬だけが、いつも通り、飄々と笑った。
「わしは、正直、迷わん。わしの時代には、まだやり残したことが山ほどある。じゃが――」
龍馬は、座敷を見渡し、少し照れたように付け加えた。
「ここでの日々も、悪くはなかった。それだけは、忘れんでおこうと思う」
航は、その言葉を聞きながら、胸が締め付けられるのを感じた。
この十二人と過ごした日々は、まだほんの数週間に過ぎない。それでも、彼らがいなくなった後の座敷を想像すると、抑えようのない寂しさが込み上げてくる。
「航殿」
卑弥呼が、静かに航の名を呼んだ。
「そなたには、世話になった。この戦い、必ず、良い形で終わらせよう」
航は、何も言えないまま、ただ深く頷いた。
窓の外では、神在祭最終日を告げる、遠い太鼓の音が、かすかに響き始めていた。




