第十六話 神門通りの影
その夜、十二人と航は、二手に分かれて神門通りを見張ることにした。
錦光堂を含む一帯を、目立たぬよう遠巻きに囲む形で。義経と真田幸村は裏路地に、武田信玄と上杉謙信は表通りの茶屋の陰に、巴と山本勘助は屋根の見える高台に。卑弥呼と紫式部、利休、龍馬、一葉は、航と共に、少し離れた木陰に潜んだ。
「本当に来るでしょうか」
一葉が、小声で呟く。
「来るじゃろう」
龍馬が、確信めいた声で答えた。
「あの男にとって、卑弥呼殿の鏡は、命綱じゃ。ここまで気配を悟られたと知れば、悠長に構えてはおれんはずじゃ」
その言葉通り、夜も更けた頃、錦光堂の裏口に、一つの人影が滑り込んだ。
「――来た」
卑弥呼が、低く呟く。
白髪の、痩せた男。四十年前の写真の面影を、確かに残しながらも、その足取りは、老人のものとは思えぬほど軽やかだった。
男は、店の裏手の窓から、慣れた手つきで中へ侵入していく。
「動くぞ」
航が声を潜めて告げると、影に潜んでいた面々が、一斉に動き出した。義経と幸村が裏口を塞ぎ、信玄と謙信が表を固める。巴と勘助が屋根伝いに回り込む。
店の中に踏み込んだ航たちの前で、男――蔵本欽也は、既に卑弥呼の鏡の欠片が入った箱を、棚から取り出そうとしているところだった。
「……ほう」
蔵本は、振り返ることもせず、静かに口を開いた。
「思ったより、早かったな。三百年前の連中よりも、随分と勘が良い」
「三百年前、というのは、やはり」
航が問うと、蔵本は、ゆっくりと振り返った。皺深い顔に浮かぶ笑みは、四十歳の男のものとも、八十歳の男のものともつかない、奇妙な均衡を保っていた。
「察しの通りだ。私も、かつては“客人”の一人だった。だが、還る術など、まっぴらでね」
「なぜだ」
義経が、低く問い詰める。
「己の時代に、未練でもあったのか」
「未練? まさか」
蔵本は、嗤うように首を振った。
「私が生まれたのは、貧しい時代だ。還ったところで、何もない。だが、この“力”があれば、話は別だ。時を渡る者の持つ品は、どれも、この世のどんな金にも代えがたい」
蔵本は、箱を抱えたまま、卑弥呼を見据えた。
「その鏡の欠片も、いただこう。合わさった鏡は、還る術であると同時に――この身を保つための、糧でもあるのでね」
卑弥呼が、懐から自らの鏡を取り出し、強く握りしめた。
「……この鏡を糧に、そなたはどれほどの者から、還る道を奪ってきた」
「さあ、数えたことはないな」
蔵本の言葉に、座敷――いや、店内の空気が、殺気立った。
「もう、十分じゃ」
武田信玄が、低く唸る。
「其方の悪行、ここで終わりにしてもらう」
蔵本は、それでも動じなかった。
「面白い。だが――」
蔵本が指を鳴らすと、店の照明が、唐突に消えた。真っ暗になった店内で、微かな青白い光が、蔵本の手元から溢れ出す。
「盗んだ力は、伊達ではないぞ」
その光が膨らんだ瞬間、店の窓が内側から弾け、ガラスの破片が飛び散った。混乱の中、蔵本の姿が、煙のようにかき消える。
「……逃げたか」
義経が、悔しげに拳を握る。航が慌てて明かりを取り戻すと、店内には、蔵本の姿も、箱の中身も、跡形もなく消えていた。
ただ、床の上に、一枚の紙切れだけが残されていた。
拾い上げた一葉が、震える声で、そこに書かれた文字を読み上げる。
「――“欲しくば、神在祭の最終日、大社の奥にて待つ”」
座敷に集まった十二人と航は、互いの顔を見合わせた。
残された猶予は、あと数日。
神在月の終わりと共に、すべての決着をつける時が、静かに近づいていた。




