第十五話 老いぬ男
宮下が戻ってきたのは、日が暮れかけた頃だった。手には、古びた一冊のアルバムのようなものを抱えている。
「お待たせして、申し訳ございません」
その声は、明らかに落ち着きを失っていた。座敷に腰を下ろすと、宮下は震える手で、アルバムを開いた。
「一葉様の仰る通りでした。この筆跡……大社の古い記録に、確かに残っておりました」
開かれたページには、色あせた白黒写真が貼られていた。神職の装束を纏った、まだ若い男の写真。傍らに、手書きの記録が添えられている。
「――蔵本欽也。今から、およそ四十年前まで、この社に仕えていた神職の一人です」
「四十年前……」
航が呟くと、宮下は硬い表情のまま頷いた。
「蔵本は、当時から古美術に異常な執着を見せる方でした。神在祭の折に迷い込んだ“客人”の話を、誰よりも熱心に調べ、記録していたと聞いています。ですが、ある年――何人かの“客人”が持っていたはずの品が、忽然と姿を消す事件が起きました」
「まさか」
龍馬が、眉をひそめる。
「蔵本が、盗んだ、ということか」
「証拠はありませんでした。ですが、疑いをかけられた蔵本は、その直後、社を去りました。以来、消息は分かっておりません」
宮下は、震える手で、アルバムのもう一枚のページをめくった。そこには、比較的新しい写真が貼られていた。神門通りらしき場所で、遠目に撮られた、白髪の男の写真。
「これは……三年前、商店会の防犯カメラに偶然映っていたものです。当時、蔵本によく似ていると噂になったのですが……」
一葉が、二枚の写真を並べて、じっと見比べた。四十年前の若い神職と、三年前の白髪の男。時の隔たりを考えれば、当然、別人にしか見えない。
だが。
「……顔立ちが、同じです」
一葉の一言に、座敷が凍りついた。
「四十年経てば、人はもっと老いるはずです。白髪になっているとはいえ、この輪郭、この目元……あまりに、変わっていません」
卑弥呼が、静かに、しかし確信めいた声で言った。
「その者、時を超える術に、深く触れすぎたのではないか」
誰も、その言葉を笑い飛ばせなかった。
武田信玄が、低く唸る。
「三百年前の一件も、蔵本の仕業だとすれば、辻褄が合わぬな。四十年前ならまだしも、三百年生きているとは、さすがに」
「あるいは」
利休が、静かに口を開いた。
「蔵本自身も、かつての“客人”であったとしたら、いかがか」
その一言に、座敷の空気が、一変した。
「つまり……」航が、掠れた声で言った。「蔵本さん自身も、昔、時を超えてこの地に迷い込んだ人で、還る術を悪用して、ずっと生きながらえてる、ってことですか」
「憶測に過ぎません。ですが」
宮下は、深く息を吐いた。
「もし、その通りだとすれば――蔵本にとって、還るための鏡は、単なる盗品ではないのかもしれません。己が長く生きながらえるための、命綱そのものである可能性がございます」
座敷に、重い沈黙が満ちた。
真田幸村が、静かに立ち上がった。
「相手の狙いが分かった以上、悠長にしてはおれぬ。次に鏡を狙うなら、必ず動きがあるはずじゃ」
「守るだけでは、埒が明かん」
義経が、拳を握りしめる。
「拙者たちの方から、蔵本とやらを見つけ出すべきではないか」
龍馬が、腕を組み、皆を見渡した。
「賛成じゃ。じゃが、相手の居所が分からんうちは、迂闊には動けん」
宮下は、静かに、しかし決意のこもった声で言った。
「手がかりは、一つございます。三年前の写真が撮られた場所――神門通りの、ある店の近くです」
全員の視線が、宮下に集まった。
「その店とは」
航が問うと、宮下は、静かに、しかし重い声で告げた。
「錦光堂です」




