第十三話 預けたままの太刀
出雲へ戻る列車の中、航はずっと、ある違和感を拭えずにいた。
「……そういえば」
ぽつりと漏らした航の呟きに、隣に座っていた一葉が顔を上げた。
「どうかされましたか」
「義経さんの太刀と、一葉さんの原稿。錦光堂さんに『鑑定に回す』って言われたまま、まだ戻ってきてないですよね」
一葉が、はっとした表情になる。
「言われてみれば……もう半月以上、経っております」
義経が、腕を組んで唸った。
「あの店主、良い人物に見えたが……まさか、な」
「決めつけるのは早いですが」
龍馬が、珍しく慎重な口調で言った。
「別所のふさ殿の話を聞いた後だ。“内にいる者”という言葉が、どうにも頭から離れんな」
座敷に集まった一同は、顔を見合わせた。宮下は静かに目を伏せたまま、しばらく何も言わなかった。
「宮下さん」
航が、思い切って切り出した。
「錦光堂さんのこと、何か知ってますか」
「……以前から、少し気になっていたことはございます」
宮下は、慎重に言葉を選ぶように答えた。
「錦光堂さんは、この十年ほどで急に店を大きくされた方です。仕入れ先も、いささか不透明だと、商店会の中でも噂されることがございました」
「不透明な仕入れ先、というのは」
卑弥呼が、静かに問う。
「詳しくは分かりません。ただ……皆様のような、出所を語れない品を扱う商売には、向いている方だとは思います」
その言葉に、座敷の空気が、一段と冷え込んだ。
「行ってみるしかないな」
真田幸村が、静かに立ち上がった。信濃組も、この一件のために出雲まで同行してくれていた。
「太刀と原稿を取り返す口実で、あの店主の様子を探ればいい。怪しい素振りがあれば、すぐに分かるはずじゃ」
「賛成じゃ」
義経も腰を上げる。だが一葉が、それを手で制した。
「待ってください。もし錦光堂さんが本当に“内にいる者”なのだとしたら、真正面から乗り込むのは危険です。相手に、こちらの疑いを気取られるわけにはいきません」
「では、どうする」
武田信玄が問うと、一葉は、少し考えてから答えた。
「まずは、普段通りを装って様子を見に行きましょう。それに――」
一葉は、卑弥呼の懐にある鏡に、視線を向けた。
「その鏡、今は肌身離さず持っていてください。何があっても」
卑弥呼は、無言で頷き、鏡をそっと懐深くにしまい込んだ。
その夜、出雲に戻った一行は、翌日、何気ない態度を装って神門通りへ向かうことに決めた。表向きは、太刀と原稿の返却を催促するだけの、いつも通りの用事として。
だが、店へ向かう道すがら、航の胸の中では、ある予感が消えずにいた。
――もし本当に、錦光堂の店主が“内にいる者”だったら。
自分たちが最初に頼った相手が、実は最も警戒すべき相手だった。そんな皮肉な結末が、すぐそこまで迫っているのかもしれない。
神門通りの石畳を踏みしめながら、航は、隣を歩く卑弥呼の横顔を、そっと見た。彼女は、いつになく硬い表情のまま、懐の鏡を、そっと手で押さえていた。




