69:弱点
みなさんの嫌いなものはなんですか?
しばらく止まることのなかった涙がようやく収まる。
収まってからようやく自分がとても恥ずかしい対応をしてしまったことを思い出す。
「ご、ごめんなさい!恥ずかしいところ見せちゃったわね」
土下座する勢いで慌ててサキから距離を離す。サキはバツの悪そうな顔をしながらも怒ってはいなさそうだ。
「いいさ。こっちが不躾なことを聞いちまったのが原因だ。さっきのは忘れてくれ」
「で、でも・・・」
「どっちにしても対応は変わんねー。お前は妹分で仲間でアカリとルナの友達だってことには変わらないからな」
「ありがとう、サキさん」
その優しさが今はありがたい。乱れた心を少し落ち着かせるだけの余裕が出てくる。
「サキでいいよ。ま、お前には貸しばっかだからこれも一つ貸しにしてくれ」
「もう・・・そんなんじゃいつまでたっても返済できないわよ。」
和やかな時間が流れる。先ほどまでの修羅場がウソのような時間だ。
「そりゃ大変だ。借金まみれはごめん被るからな」
「というかまた喋り方変わってねーか?素でいいよ素で」
サキの言葉に頭にはてなが浮かぶ。何を言っているのだろうか?"自分は普通に喋っているつもりだ”
いや違う・・・また混ざりかけている自分がいた。どんどん俺が薄くなっていく。
頭を軽く振って気分を切り替える。危ない、また近づきかけてしまった。
「あ、ああ悪い。つい気分が高まっちまった」
「そうか?無理させちまったんじゃないかと心配したぞ」
その心配は無用の長物だ。これはこちらの問題でありサキには関係のない話だから。
そうやって話していると奥の方からサキのお父さんがジト目でサキを見ながらやってくる。
「痴話げんかは終わった?サキちゃんダメだよ。女の子を泣かせちゃ。泣かせるのは夜だけにしないと」
第一声がそれかと正直呆れてしまうがこれでも空気を読んでくれたのだと思うことにする。
「なに寝ぼけたこと言ってんだよ親父!っていうかその言い方やめろ!」
「そうですよお義父さん。泣かせるのはサキちゃんの方ですから」
「お前も何言ってんだよ!?狂ったか!?」
「あらぁ~娘が増えてパパん嬉しいわー。不束な娘だけどよろしくねー」
「娘を売るなよ!?お前らからかうのも大概にしろよ!?」
顔を真っ赤にさせながら唸るサキは大変微笑ましい光景だ。
・・・いや、俺は何を言っているのだろうか?少なくともさっきの言葉はすっと出てしまった。
((彼女))が頭の中でほほ笑んでいる気がする。お前の仕業か。
「これでさっきの貸しはなしでいいだろサキ?」
とりあえずごまかす様にサキに呟く。
頭を掻きながらサキは苦虫をかみつぶしたような顔をするしかできないようだ。
「こいつ本当にいい性格してんな。嫌いじゃねーけどよ」
ぼそっと最後に呟いたのが彼女の本音だろう。そういうところは年頃の少女らしい。
「そうだ、新しい娘にこの店のマスコットを紹介しないと」
パンと手を叩いて今思い出したかのようにお父さんが呟く。
「マスコット?この喫茶店確か柴犬でしたっけ?」
「ああ、おふくろが犬好きってのもあるがもう一つ理由があってな」
ひょこひょことこちらの方に歩いてくる茶色い物体を見かける。
「紹介するわね。このお店のマスコットの豆柴のルミちゃんです!」
足元にいたその小さな柴犬を俺に見せびらかすお父さん。
「こいつ目当てで店に来る客もいるくらい大人気なんだぜ」
自慢そうにこちらを見てくるサキ。でもその言葉に反応する余裕はない。
びくりと飛び跳ねるように椅子の上に立ち上がってしまう俺。下品だがそんなことを気にする余裕はない。
「あ、あれ?どうしたんだユイ?もしかしてアレルギーか?」
プルプルと首を横に振る。目の前にいる柴犬から視線を外したいのにそれができない。
幽霊やゴキブリ、ムカデや蜘蛛。嫌いな人が多いそれらには俺は特に嫌悪感は起きない。
そりゃ苦手ではあるがそこまで怖がるものでもなかった。
ただそんな中でも唯一嫌いなものがある。どうしてもそれは克服できなかった。
犬。その中でも特に子犬と呼ばれる存在が俺にとっては一番の恐怖の象徴なのだ。
彼も彼女も子犬が大の苦手です。
普通の子が幽霊が怖い、ゴキブリが嫌いというのと同じレベルで苦手です。




