110:夢3
崩壊の記憶を消去いたします。
深い眠りに落ちていく中で俺はまた夢を見る。俺の記憶には存在しない不思議な夢を見た。
夢の中の俺はボロボロに崩れ落ちたビルの壁によさりかかって荒い呼吸を繰り返す。
視界に写る範囲には人の気配はなくあるのは闇よりも夜よりも黒い泥のみが周囲に広がっている。
歩ける地面などほとんどなく、今現在よさりかかっているビルの周囲にも泥が波のように打ち寄せ浸食を繰り返している。
どこにも逃げ場がない四面楚歌な状況だし、その数少ない安全地帯に俺ですら血に塗れ片腕はあらぬ方向に曲がっている。
まだぎりぎりまともな腕でジーンズのポケットから煙草を取り出して火をつける。どうやら最後の一本だったのか空になったタバコの空き箱をぐしゃりと握りつぶしてから黒い泥に向けて投げ捨てる。
白い空き箱は一瞬泥にぶつかってすぐに周囲の泥により飲み込まれて視界から消えてしまっていた。
「最後の一服がこんな場所なんて笑えないな・・・どうせならもうちっと風情のある場所が良かったぜ」
苦笑いしつつ痛みで顔を歪めながら軽口を叩く。もはややぶれかぶれに近い感覚だ。
「っと、悪いな。未成年の女の子の前での喫煙なんて悪影響だがこんな状況だから見逃してくれ」
ふと気づけば俺の隣に誰かが座っているのが分かる。分かるのだがその存在は白い靄に覆われ男なのか女なのかも分からない。かろうじて俺のセリフ的に女性だということが分かる程度だ。
「・・・・・・・・・・」
白い靄が何かを喋る。だがその言葉はノイズになってこの状況を見ている俺には聞こえない。
「感謝するよ。お互い悲惨だなこんな状況に巻き込まれて。」
記憶の中の俺は白い靄と会話するように言葉を紡ぐ。その口調には穏やかな慈愛の色が含まれていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうすっかな・・・誰か生きている人間でも見つかればいいんだが・・・」
まだ半分以上残った最後のタバコを強引に地面で消してからまた吸殻を泥に向けて放り投げる。
ポイ捨ての代償か、あるいはたまたまなのか泥の中から巨大なワニらしき何かがのっそりと二人の前に姿を現す。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
白い靄が記憶の中の俺の前に立ちふさがり盾のようにワニと向き合う。
その時、ワニが現れた衝撃で揺れた泥の波が崩れかけたビルを完全に崩壊させか細い一本の道が二人の後ろに出来上がる。だがその細い道はすぐにでも泥に飲まれ姿を消すことは簡単に想像できる。
俺は彼女を後ろから強引に引っ張りその道の方へと放り投げる。
「・・・・!!!!!」
「悪いな。俺はここでさよならだ。こういう時は若いやつが生き残るのが筋だろ」
ボロボロの体で武器も持たずにワニに立ち向かう。震える足は立っているのがやっとだということが伝わってくる。
ワニの口が大きく開き俺を飲み込もうとするのだが俺はもう逃げる気力もない。
こちらに向かおうとする白い靄だったが俺へと繋がる道はすでに泥に飲み込まれ周囲の足場も徐々に消え失せていく。
「じゃあなお嬢さん。未来は君に託したぞ」
そうして俺は目を閉じる。全身を引きちぎられる痛みを感じながら俺の意識は夢から浮上していった。
どこかであったかもしれない記憶のお話。
彼がこの記憶を思い出すことは絶対にありません。




