7話 バレンタインの贈り物
当たり前すぎて、忘れていた。
そういえば、リュシアンは男性だった。
バレンタインの商品棚を眺めながら、今さらそんなことを思う。
「いや、分かってたけど。うん」
見た目もかわいい、美味しそうなチョコたちを見ながら、一人でうなずく。
仕事帰りに、大型モールのバレンタイン特設コーナーに寄ったのは、最近よく話しかけてくる同僚の結城が、チョコをくれとアピールしてくるから他ならない。
あんなにモテそうなのに、自分から要求してくるとは……かなりの甘党なのだろうか。
金色のリボンがついた、少し高級感のある商品を手に取る。
「結城にはこれかな」
あとは……
ありがたいことに、うちの会社は、義理チョコを配る慣習はないらしい。
会社の人間には、結城以外、基本的にあげる予定はない。
となると、他にあげる人は限られる。
「あとは……リュシアンかな」
あちらの世界には、バレンタインなんて文化はないかもしれない。
でも、これも異文化、いや異世界交流の一つだ。
商品棚をもう一度、端から見ていく。
リュシアンはおそらくお金持ちだ。
高級なチョコも、たくさん食べてきたはず。
となると……
「あ、これいいかも」
抹茶や日本酒、柚子など、日本の素材を使った色鮮やかなチョコが、金箔を散らした漆黒の箱にきっちりと収められている。
「これなら、新しい味の発見があるし、このチョコは有名なブランドのものだし、味は問題ないはず。これにしよう」
自宅に帰り、手紙を書く。
バレンタインの文化についても説明しなくてはいけない。
「えーと、私の国では、女性から男性に贈ることが多いです。好意のある相手や、お世話になった人に贈ります……あとは」
伝えたいことをあれこれ考えていたら、0時が迫っていた。
「あ、まずい。急がなきゃ」
チョコと手紙を冷蔵庫に入れる。
「喜んでもらえるといいな」
そう思うと、なぜか少しだけ胸がそわそわした。
次の日。
「はい、結城」
「え、本当にくれんの?」
昼休み。
話しかけてきた結城に、チョコを渡した。
「え、最近チョコくれって、ずっと言ってたから。冗談だったの?」
「あ、えっと、いや、もらえたらラッキー的な」
仕事中はハキハキと話す彼だが、今はもごもごしてる。
「他の人には用意してないから」
だからチョコを見られないように持って帰ってほしい――という意味だったのだが。
結城の顔がパッと明るくなる。
「え、何、他の人にはないの? 俺だけ?」
「うん。会社の人はね」
「……え」
今度は驚愕の表情に変わる。
「え、会社の人以外って……神崎のお父さんとか兄弟とか?」
「家族は遠方だから、あげてないよ」
「……」
ちょうど、昼休み終了のチャイムが鳴った。
結城はお礼を言うと、すごすごと帰って行った。
その日は残業が続き、気づくと23時を回っていた。
「……疲れた」
アパートに帰り、洗面台で手を洗う。
鏡に映った自分の顔は、まるでゾンビみたいだ。
思わず苦笑する。
明日も仕事だ。
頑張らなくては。
気合を入れるため、両手で頬を軽く叩いた。
大丈夫。
私には、心を支えてくれる人がいる。
時計の二本の針が真上を指す。
冷蔵庫を開ける。
中には、ハーブの香りが漂うテリーヌと手紙。
封筒を開ける。
手紙には――
美味しいチョコをありがとう、というお礼から始まり、抹茶や柚子が気に入ったことなど、今回も評論家のような感想が綴られていた。
さらに、抹茶はどうやって作られているのか。
このチョコは誰が作ったのか。
バレンタインの文化はいつから始まったのか。
など、いくつもの質問が添えられていた。
最後の一文に目を通す。
『ホワイトデーとやらに、私もミオに贈り物をしたい。どんなものがいい?』
こういう返事が来ることは、予想していた。
だから、ホワイトデーについて書くかどうか迷ったのだが。
なんだか申し訳ない。
それなのに、心は少し弾んでいた。
相手を思って、贈り物をする。
相手が自分を思って、贈り物を選んでくれる。
「……そっか、これって、幸せな事なんだ」
気づけば、さっきまでの疲れが嘘のように和らいでいた。
「なんだか、お腹空いちゃった」
冷蔵庫からテリーヌを取り出す。
フォークで一口大に切りわけ、口に入れる。
肉の旨味がじんわりと広がり、ハーブの香りが鼻を抜けた。
「ありがとう、リュシアン」
この時の私は知らなかった。
実は彼が“一番”知りたかったことが、手紙には書かれていなかったことを。
そしてその夜、彼がバレンタインのことで頭を抱えていたことも。
次のお話はリュシアン視点です。




