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6話 四つ葉の贈り物


「神崎、おはよう」


 せわしない職場で、朝一番に声をかけてきたのは、同僚の結城 隼人(ゆうき はやと)だった。

 長身で人当たりも良く、私とは正反対のタイプだ。

 正直、少し苦手。


 普段は部署も違うし話すこともない。一体何の用だろうか。


「えっと……結城さん、おはよう」

「同じ歳なんだから、“さん”つけなんて、しなくていいって」


 同じ歳だったのか。今知った。


「はい、これ。出張のお土産」


 お菓子を渡された。

 饅頭? パッケージに、大きく“名古屋”と書かれている。


「出張で名古屋に行ったから」

「あぁ、ありがと」


 お菓子は好きだ。

 笑顔でお礼を言って、デスクに戻ろうとすると、再び声をかけられる。


「あのさ、神崎、最近なんかあったの?」

「……最近?」


 なんか、あったとは何だろう。


 結城は少し焦った様子で、髪をがしがしと掻いた。


「ほら、なんか最近、明るくなったというか」

「……」

「あ、別に前が暗かったわけじゃなくて」


 ……そうなのか。

 

 自分では分からないけど、他人が見ると、そうなのか?

 もし、前より明るくなっていたのなら。

 それは、リュシアンのおかげだ。


 ……嬉しい。

 少しずつでも自分は変われている。


 自然と頬が緩む。


「あ、ごめん。気を悪くした?」

「ううん、教えてくれてありがとう」


 満面の笑顔を向けて、お礼を言った。

 リュシアンに、このことを手紙で伝えなくては。


「か、神崎、あのさ!」


 また、引き留められた。


「なに?」

「……もしかして、好きな人できた、とか?」


 ……好きな人?


 朝の回らない脳をフル回転させる。


 数秒、考えて、口を開いた。


「……いや、いないけど」

「あ、そうなんだ」


 結城が去って行く背中を見ながら、自分の胸に手を当てる。

 わずかに、小さな棘のような違和感が、胸に残った。



♢



『リュシアン 明けましておめでとうございます』


 仕事に必死にくらいついていたら、あっという間に新しい年になっていた。


 テレビはどの局も特番で盛り上がっている。

 それをなんとなく眺めながら、みかんを一房口に放り込み、ペンを握る。


 異世界でもお正月のようなイベントはあるのだろうか。

 

「リュシアンは新年はどんな風に過ごしますか? えーっと、私は、実家が遠いので、帰省はせずに、一人でまったりと過ごしています、と」


 書いて少し後ろめたくなる。

 実家に帰らない理由は、遠いからだけではない。


 ペンをくるくると回す。


「でも、わざわざ書く必要もないよね。書いたら、リュシアンは絶対に心配するもの」


 そのまま、ごろんと床に倒れる。


 それにしても。

 近所の神社にお参りに行く以外は特にやることがない。

 食べて寝てを繰り返したので……太ったかもしれない。


 しばらく思案したのち、安物の地味なコートを手に取った。

 外に出よう。


 近くには、森林が広がる県立公園がある。

 散歩にはぴったりの場所だ。


 公園に入ると、子供たちが楽しそうに駆けまわっていた。

 自分もあんなふうに遊んでいたな、と思い出す。


 近くのベンチに座る。

 息を吐くと、自分から出た白いもやが、目の前に広がった。


 ぼんやりと空を見上げる。


 今までは、仕事のことや将来のことを考えて、ただただ苦しかった。

 穏やかな気持ちで空を眺めるなんて、あの時はできなかった。


「リュシアンのおかげだ」


 私が職場のことで悩んでいた時に、リュシアンは助けてくれた。

 寄り添ってくれた。

 それだけじゃない。

 交流を始めてからは、辛くて白黒だった毎日に、少しずつ色が戻ってきた。


 それがどれだけ、助けになったか、救われたか。


「お礼がしたいな」


 もちろん手紙でお礼は言った。

 リュシアンが好きなデパ地下の高級プリンも送った。

 だけど、それだけじゃ足りない気がした。


 そのぐらい、リュシアンには救われたから。


 ふと、ベンチの下に視線を向けると、雑草や小さな花が咲いている。

 なかには、クローバーもあった。


「あ、そうだ! 四つ葉のクローバーをリュシアンにあげよう!」


 なぜ、この時、こんな子供のようなことを思いついてしまったのか。

 地面に這いつくばり、小学生に指を指されて、それでも探し続けて、見つけるまでに二時間もかかってしまった。


「あったー!」


 小さくて可愛らしい、四つの葉がついたそれは、オレンジ色の空と相まって“特別なもの”に見えた。


 子供っぽいと思われるだろうか。しかも、押し花にすれば良かったと今になって気づいて、少し気が重くなる。でも、もう手紙にも書いてしまったし、押し花にする時間はない。


 少し不安になりながらも、小さな透明の袋に入れて手紙に挟んだ。


 手紙には“四つ葉のクローバーは幸運のお守り”なのだと伝えた。


 こんな子供じみたものをもらって困惑するだろうか。

 少しは嬉しいと思ってくれるだろうか。


「少しでも、リュシアンに良いことがありますように」


 深夜0時。


 食事と一緒に入れた手紙もクローバーも、0時1分に全て消えていた。


 次の日。

 深夜の部屋で、時計からカチっと音が響く。

 

 彼からの手紙が届いているだろうか。クローバーは喜んでくれただろうか。

 そんな期待を胸に、冷蔵庫を開ける。


 香ばしい小麦の香りが漂う素朴なパンも、チキンの煮込み料理にも、目もくれず、手紙に手を伸ばした。


 封筒を開けると、リュシアンの丁寧な字が目に飛び込んできた。

 

 手紙には、冒頭から、四つ葉のクローバーのお礼が書かれていた。


 とても嬉しいが、探すのは大変だったのではないか。

 たいしたことはしていないのに、ミオは義理堅い。

 幸運のお守りとして押し花にする、とも書かれていた。

 

 本心なのかは分からない。

 それでも―― 


「少しは嬉しいって思ってくれたかな」


 手紙を顔に近づけ、思わずふふっと笑みをこぼす。

 ふと、手紙からほんのりと甘い、上品な香りが漂ってきた。


「スミレの香り?」


 手紙につけた香りなのか、それとも、“リュシアンの匂い”なのか。

 そんなことを考えてしまい、はっとして手紙をテーブルに置いた。


「もう、変態じゃないんだから!」


 窓を開け、冷たい空気を部屋に入れる。

 外では、パラパラと雪が降っていた。

 吹き込んできた風に、髪がさらりとなびく。

 

 両手で頬に触れる。

 火照った頬に、冬の風が心地よかった。



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