5話 王子と日本のごはん
『いつもミオが食べているものを、私も食べてみたい』
ある日、そう手紙に書かれていた。
普段から、お菓子や料理は送っているが、私が日常で食べているものとなると少し変わってくる。
異世界の食事に興味があるのか。
それとも、“私の日常”に興味があるのか。
どちらかは分からないけど、なんだか嬉しい。
「これは頑張るしかないでしょ」
日本の美味しい食べ物を、たくさん知ってもらいたい。
まずは馴染みのありそうな食材を使った料理から。
吉〇家に行き、牛丼をテイクアウト。
湯気を立てた炊き立てのご飯に、甘辛く煮込まれた牛肉と飴色の玉ねぎがこんもりと乗ったそれは、目の前にあるだけで、食欲を刺激される。
次の日は、塩ラーメン。
湯気が立ち上る黄金色のスープ、ツヤツヤと輝くちぢれ麺、そしてとろける厚切りチャーシュー。
「やばい、お腹すいてきた」
リュシアンからは、毎回丁寧に評論家のような感想が送られてくる。
『“ギュウドン”なる料理を食した。
甘辛く煮込まれた肉と玉ねぎは驚くほど相性が良く、肉の旨味と調和し、白い米と共に食べることで完成される料理なのだと理解した。
だが何より感動したのは、これが“気軽に食べられる料理”だという点だ。
城の料理人なら高級料理に作り変えようとするだろう。だが私は、この素朴さこそ完成形だと思う』
ラーメンについても……
『“シオラーメン”は衝撃だった。
透き通った黄金のスープは、一見すると繊細だ。だが口に含んだ瞬間、幾重にも重なる旨味が押し寄せる。細く長い麺はスープを纏い……(以下省略)』
こんなふうに返事を書いてくれると、こちらも嬉しくなる。
これ、美味しいかな。口にあうかな。
そう考えながら料理を選ぶ時間が、最近は少し楽しい。
試しに納豆を送ったこともあった。
さすがにハードルが高いかと思ったが。
『“ナットウ”なる豆料理を食した。
糸を引く見た目にも驚いたが、それ以上に香りが強烈だ。初めは“これは本当に食べ物なのか”と疑ったほどである。
だが、不思議なことに、白い米と共に食べ進めるうちに癖になる味だと気づいた。
正直に言えば、香りには未だ慣れない。
だが、気づけばもう一口食べている。恐ろしい料理だ』
「ふふっ、恐ろしい料理って」
リュシアンの感想が面白くて、声を出して笑う。
独特だけど飾らない感想が、なんだかリュシアンらしい。
リュシアンから送られてきた、牛肉のような見た目の肉を使ったワイン煮込みを口に入れる。
「おいしい……何のお肉なんだろう」
柔らかい肉に、肉や野菜の旨味が溶け込んだソースがよく絡み、絶品だ。
手紙の最後の一文に目を通す。
『私が送った中で、ミオが一番気に入った食べ物はあるか?』
うーん、と唸り、首を傾げる。
「……どうだろう」
リュシアンから送られてくる食べ物は、全て美味しい。
正直、どれも好きだ。
だけど、一つ選ぶとしたら。
「幸運の菓子“タルト・ド・デエス”かな」
アーモンドの香りが鼻をくすぐる、美しい赤いルビーのような果物がのったタルト。
あれを食べて、本当に幸運をもらったと思ってる。
リュシアンのおかげで、今では会社の女性達と会話することも増えた。
ちなみに、タルトの中に入っていた小さい女神様は、今は棚の上に鎮座している。
そういうこともあって、あのタルトには特別な思いがある。
ちなみにリュシアンの一番のお気に入りは、プリンだそうだ。
だと思った。
返事を書いた次の日。
なぜか色々な種類の小さいタルトが冷蔵庫いっぱいに送られてきた。
「……ビュッフェみたいになってる」
色鮮やかで美味しそうだが、食べきれるだろうか。
『タルトが気に入ったとのことなので、いくつか送る。食べきれなければ会社の仲間と食べてくれ』
伝え方が悪かったようだ。
どうやら“あのお菓子”ではなく、タルト全般が好きだと思われたらしい。
言語が違うのだから、分かりやすく書かなくてはと少し反省する。
「まぁ、いっか。どれも美味しそうだし」
自然に、ふふっと笑みがこぼれる。
タルトを運んでいると、テーブルに置いてあったスマホが光った。
画面には、メッセージアプリの新着通知が表示されている。
『お久しぶりです。お正月はこちらに帰ってきますか?』
「……」
一瞬だけ通知に目を向けたものの、すぐにタルトへと意識を戻した。
窓の外では、師走の風が吹き抜けている。
部屋の中には、焼き菓子の甘い香りが静かに広がっていた。




