4話 リュシアンの秘密【王子視点】
顔も知らない異世界の女性。
そんな摩訶不思議な相手は私にとって、胸の内を打ち明けられる唯一の存在だ。
曽祖父の代から大切にされていた氷冷蔵庫という不思議な食糧保管箱。
この氷冷蔵庫には女神が宿っている、などの昔話はとうに忘れられ、今では、誰からも関心を向けられず、倉庫に眠っている。
他の王族たちより、信仰心はあるほうだ。
ほこりをかぶった氷冷蔵庫を掃除し、祈りを捧げたのは、少しの信仰心と、ひっそりと佇む姿に自分を重ね合わせたからか。
まさか異世界と繋がり、あちらの世界の女性と交流するとは思わなかった。
ミオという女性は、手紙からでも分かるほど、真面目で優しい女性のようだった。
未知の世界について、私が質問攻めをした際も、丁寧に答えてくれた。
また、あちらの食べ物も実に興味深く、驚くほど美味しい。
初めてプリンなるものを食べた時は、美味しさのあまり、しばらく思考停止してしまった。
初めは、お互いの世界について教えあい、食べ物を送るだけの交流だった。
そんな中、ミオが初めて弱みを見せたのは、先日のこと。
仕事先について悩んでいるようだった。
異世界の女神のような存在だと思っていたのに、その時初めて、彼女もまた悩みながら生きる一人の女性なのだと知った。
私もその時は、事業計画を敵対勢力に邪魔され、何年も苦楽を共にしてきた部下に裏切られ暗殺されそうになった直後だった。
裏切られることに慣れているとはいえ、やはり気持ちは暗く沈んだまま。
ただ、ミオが作った郷土料理のスープを飲んだ瞬間、冷え切っていた心が、ほんの少しだけほどけた。
そして同時に思った。
彼女を助けたい。
気づいたら月の光を頼りに、筆を動かしていた。
「リュシアン殿下、最近何かありました?」
夕暮れの執務室。
部下が突然声をかけた。
「何かとはなんだ?」
「うーん、たまに思いだしたように、ニヤニヤしてるし」
「してない」
部下は、将来の公爵でありながら、どこか飄々として、掴みどころがない男だ。
お調子者でたまに腹のたつことも言うが、頭の回転も速く有能な人物だ。
「あ、分かった。あれだ」
わざとらしく、小指をたてて、ニヤッと笑うので、無視することにした。
「殿下、すみませんって。許してください。だって、ほら、あの常に無表情で、派手な遊びもしないお堅い第二王子が、いつもと様子が違ったら気になるでしょう?」
「お前の期待に応えるつもりはない。セシル」
冷たく言い放つと、その部下――セシルは、きょとんとした表情をして首をかしげる。
「え、でも夜中にいそいそと毎日手紙をかいて、休憩中にニヤニヤしながら、もらった手紙を読み返してるのに、女性じゃなかったら、何なんです?」
「……」
これだから、こいつは。
「知ってるんなら、最初から言え」
「殿下から、聞きたかったんで。で、どこの令嬢ですか? 美人?」
「令嬢かも、どんな見た目かも知らん」
「……は?」
セシルが目を瞬く。
「え、知らんってどういうことです?」
「文通相手だから顔も身分もしらん」
「え……顔も知らない女性と文通を?」
セシルが驚きの表情を向ける中、淡々と仕事をこなす。
別に文通相手なのだから、身分も顔も関係ない。
自分も王子だとは言っていない。
セシルに氷冷蔵庫のことを言おうか一瞬悩むが、すぐに首をふる。
この不思議な交流は、ミオと自分の、二人だけの秘密にしたい。
そんな思いが頭をよぎった。
それに、王宮では、秘密を持つことは弱みになる。
心を許した相手が、次の日には敵方についていたことも、一度や二度ではない。
だから、誰にも話せない。
誰にも知られたくない。
――ミオとの時間だけは。
セシルがなおも何か言いたげにしていると、突然、扉が勢いよく叩かれた。
「殿下! 緊急です」
「入れ」
入ってきた兵士が叫ぶ。
「先日の、殿下の暗殺未遂の実行犯を捕らえました!」
♢
地下牢に向かうと、数日前に就寝中に襲ってきた男が、鎖で繋がれ、壁に磔にされていた。
長年仕えてくれていた部下は、この男に鍵を渡し、私の寝室に案内した。
その部下は、捕らえられた直後に自死してしまい、黒幕は分からなかったが。
ようやく捕まえることができた。
この男の背後の黒幕はだれなのか。
正直に話さないなら、話せるようにするしかない。
男はやつれた表情で、うっすら笑みを見せた。
「どんな拷問を受けようが、貴様に話すつもりはない。俺は、あらゆる拷問も耐えられるよう訓練されている。諦めて俺を殺せ」
男の身体を見ると、たしかに拷問はすでに受けているようだ。
これだけのことをされて、口を開かないのなら、訓練されたということは事実なのだろう。
セシルが男に近付く。
「なら、今以上に痛めつけるしかないな。腕を切り落とすか」
セシルの無情な言葉にも、男の表情は変わらない。
「まて、セシル。その前に私に試させろ」
懐から取り出したのは、ミオから送られてきた紫色の菓子袋。
「……殿下、それは?」
男に近付き、一粒、口に放り込む。
数秒後。
「ぐぁぁっ!? なんだこれは!」
男が苦悶の声を上げる。
困惑しているセシルに袋を見せる。
「酸味と刺激が非常に強い。シゲキッ〇スという菓子らしい」
男が暴れまわるたびに、鎖がガシャンガシャンと激しく音を立てる。
あまりの変わりように、周りにいた仲間達が青ざめた。
男の目の前まで近づく。
「これは異国に伝わる秘薬だ。流石のお前もこれの耐性はないだろう。毎日食べ続けると、どうなるのか……私も興味がある」
「な……っ」
「未知の毒だ。何日で効果が出るのか、楽しみだ」
男の瞳に初めて恐怖が宿った。
「ど、どうなるんだっ」
「さぁな。どうなるか知らないが、対処法なら知っている」
男の表情に先ほどまでの余裕はすでになかった。
「い、言う! 言うから、どうかっ!」
男が震える手で私に助けを求める。
「先にお前の依頼主の名を言え」
「だ、第一王子の秘書官だ!」
皆の表情が一瞬で曇る。
セシルが苦々しい顔で呟いた。
「やはり、そうか」
この国の王子は私を入れて三人。
それぞれに貴族がつき、他の王子を蹴落としあっている。
そもそも私は王位など興味はないが。
近くの兵士に指示を出す。
「この男に牛乳を持ってきてやってくれ」
忙しい中、今回の暗殺事件でさらに、やるべきことが増えた。
頭が痛くなる。
でも愚痴も、心のうちを明かすことも、王族にとっては危険な行為。
心に鍵をかけて日々過ごさねばならない。
だからこそ、ミオとの交流は私の救いだ。
時計に視線を向ける。
もうすぐ0時。
沈んだ心が、わずかに上昇した。




