3話 今日は、貴女の話を聞きたい
『今日は、貴女の話を聞きたい』
この一言を見たとき、なぜだか胸が騒いだ。
仕事をしていれば、うまくいく時も、いかない時もある。
ただ、いかない時が続くと、精神的にしんどくなる。
自分のミスで他人に迷惑をかけてしまうとなると、なおさらだ。
「神崎さん、もう入って三ケ月だよ。そろそろ、しっかりして」
「申し訳ございません」
上司に頭を下げる。
広いオフィスには数十人の社員がいるが、皆忙しそうに動き回り、誰も私が叱責されていることなど気に留めていない。
「はぁ。あとは僕がやっておくから、残りの業務を進めて」
「……はい」
淡々とタスクをこなし、気づくとお昼時間。
周りの女性達が集まって、お弁当を広げ、会話に花を咲かせる中、自分のデスクで、黙々と食べる。
「……」
話しかける勇気はない。
自分はコミュニケーションが得意な方ではないし、仕事はミスばかり。きっと皆迷惑だと思ってるはずだ。
食欲も湧かない。
アパートに帰ってきても、服も着替えず、ただボーっとテレビを観る。
そんな状況でも、唯一楽しみにしていることは。
「あ、0時になった」
冷蔵庫を開ける。
「今日は、スープ?」
ベージュ色のスープに色鮮やかな具材がふんだんに入っている。
コンソメの香りがふわっと鼻をくすぐった。
さっきまで食欲がなかったのに、少し食べてみようと思えるから不思議だ。
まだ、あたたかいそれをスプーンですくう。
「おいしい。じゃがいものポタージュかな」
優しい味に、ほっと心が温まる
スープの横に置かれていた手紙を開いた。
『こんばんは、ミオ。今日はじゃがいものポタージュを送ります。昨日の手紙に、ミオの世界では寒い日が続いていると書いてあったので、これを飲んで少しでも温まってもらえたら嬉しい。――追伸:冷めない魔法をかけておいた。』
……頬が緩む。
再び、スプーンを口に運ぶ。
私を気遣って、このスープを用意してくれた気持ちが嬉しい。
優しさを受ける機会なんて、小さい時から数えるほどしかなかった。
だから、だろうか。
結果的に、顔も知らない彼に、心の黒い部分を少しだけ漏らしてしまった。
『実は最近悩みがあって、落ち込んでたので、リュシアンのおかげで心もあったまりました。ありがとう』
そう、書いてしまった。
翌日。
「あぁ~なんで書いちゃったんだろう」
盛大に後悔していた。
知り合って間もない文通相手に、さらっと悩んでいるアピールされて、リュシアンもさぞ迷惑だろう。
しかも普段は一日一回、どちらかが食べ物と手紙を送って終了。一日の中で往復はしない。
なのに、私は受け取ってから10分もしないうちに、すぐに返信を書いて、冷蔵庫に入れてしまった。
「あぁーもう」
帰宅後、頭を掻きむしり、冷蔵庫を開ける。
私が書いた手紙と手作りの味噌汁は消えていた。
「無いという事は、あの時はまだ異世界に繋がってたのか」
昨日は明らかにメンタルが弱っていた。
だから、あんなことを。
「こんな相手とは、交流するの止めようって思われたらどうしよう」
そこから0時になるまでが、本当に長かった。
何度も時計を気にして、やっと二つの針が真上を向いた時。
おそるおそる冷蔵庫を開ける。
中には、カヌレのようなお菓子と手紙。
真っ先に手紙に手を伸ばす。
中を開くと。
最初の一行に驚き、目を見張った。
『今日は、貴女の話を聞きたい――』
「……わ、私の話?」
『いつも、そちらの世界のことや、楽しいことを伝えてくれるが、ミオが悩んでいる事や、困っている事も教えてほしい。助けになれないかもしれないが、私は知りたいし、少しでもミオの憂いを取り除きたい』
手紙を読み終えて、丁寧に封筒にしまう。
そっとカヌレに手をのばし、かじる。
ほろ苦くて優しい甘さだった。
そして、わずかに悩んだ後、ペンを手に取った。
仕事で上手くいかない日々が続いていること。
同僚の女性たちと仲良くなりたいけど、自分から声をかけられないこと。
皆が本当は迷惑だと思ってるのではないかと不安なこと。
次の日の夜12時前に、うどんと共に冷蔵庫にそっとしまった。
翌日。
深夜の部屋にカチッと時計の針が動いた。
急いで、冷蔵庫を開ける。
中には、タルトと手紙。
タルトはルビーのような果物が飾り付けられ、粉砂糖がちらしてある。
先に手紙を開く。
『心の内を打ち明けてくれて、ありがとう。ミオは一人で働いて生活し、納税もしている。本当に立派だ。そんなミオを尊敬している。……貴方が打ち明けてくれたように私も告白しようと思う。実は誰にも言っていないが、私もミオと同じような悩みを日々抱えている』
「そうなんだ。異世界でも共通の悩みなのかな……」
『ミオの世界の常識や社会を知らないので、抽象的なことしか言えないが……ミオが迷惑だと思われてるのではないかとの心配については、実際は、ミオが思うほど、相手は気にしていないかもしれない、と私は思う。私も、人の視線や評価が怖くなる時がある。だが後から振り返ると、案外相手は、自分が思うほど気にしていないものだと気づく』
会社の人達を思いだす。
たしかに、迷惑だと言われたことはない。
『それと、上手くいかない日々が続いたときは、私は何か一つ良かったことを考えるようにしている。仕事で失敗が続き、仲間に裏切られた日でも、ミオの味噌汁を飲んだおかげで、その日は“悪くない日”になった』
「……仲間に裏切られた?」
前半の良い話が、後半の衝撃的な内容に持ってかれてしまった。
『ミオは真面目で優しくて誠実な女性だ。私の質問に丁寧に向き合い、私のことを考えて食事を送ってくれる。そんなミオだからこそ、自信を持って、会社の人に話しかけてみてほしい。上司でも同僚の女性でも、まずはどちらかでいい。貴方のことを知ってもらう必要がある。そして相手のことを知る必要がある。それで、試してみて、もしダメだったら、一緒に解決法を探そう』
「……」
真面目で優しくて誠実?
それは、あなたのことですよ。
手紙を持つ手がわずかに震える。
鼻の奥がツンとした。
「嬉しくて泣きそうになることなんてあるんだ」
ずっと心の中で、もやもやしていた黒い霧が、少し晴れた気がした。
手紙には最後に一文が書かれていた。
『幸運の菓子“タルト・ド・デエス”を今日は送ります。タルトの中にある、女神の人形を見つけられたら、必ず幸福が訪れると言われている』
手紙をしまい、フォークを手にする。
タルトを口に運ぶ。
ベリーのような甘酸っぱさとアーモンドの香りが口に広がった。
「……美味しい」
数口食べたところで、フォークの先がガチッと硬いものに当たった。
タルトの中からそれを取り出すと――。
「わぁ、女神さまだ」
現れたのは、小さい銀の塊。
それは、優しく微笑む女神の銀細工だった。
「……ありがとう、リュシアン」
♢
澄み切った冬の青空から、針のような光がさんさんと降り注ぐ。
会社で窓際の席に座る身としては、普段なら紫外線が気になるところだ。
だが今日は、太陽が「頑張れ」と自分を応援していると、そう思うことにした。
お昼休みを知らせる鐘が鳴る。
女性達数人が、輪になり、お弁当を広げだした。
「あ、あの!」
突然の声に、女性達全員が私の方を振り向いた。
「え、えっと、お昼ご飯、ご一緒してもいいですか?」
彼女たちの驚いた表情。
当然だ。今まで、簡単な挨拶しかしてこなかった人間が、いきなり輪に入りたいと言ったのだから。
心臓がバクバクとうるさい。
すると、一気に彼女たちの表情が変わる。
「もちろんよ! 一緒に食べましょう」
「私、神崎さんとお話したいと思ってたんだ」
胸にどしりと乗っかっていた不安が一気に消える。
「あ、ありがとうございます」
椅子を引っ張ってきて、私の席を用意してくれる。
「神崎さんって、あの課長の下で働いてるんでしょ」
「仕事はできるけど癖あるからね、あの人。私、去年まであの課長の下で働いてたから、コツ教えてあげるよ」
「ねぇねぇ、神崎さんの使ってるペンって、ちい〇わだよね! 私も好き!」
一気に話しかけられて、目を瞬かせる。
嬉しくて、嬉しくて、胸がいっぱいで。
帰ったら、リュシアンに何て返事を書こうか。
胸を弾ませながら、私は彼女たちとの会話に加わった。
次のお話はリュシアン視点です。




