2話 深夜0時の物々交換
ある日、突然冷蔵庫が、異世界に繋がった。
何故かは分からない。
ただ、数日間にわたって、冷蔵庫に入れてあった食べ物がなくなり、代わりに見たことのない食べ物が入っていれば、なんとなく察しはつく。
――これはきっと、物々交換だ。
そして、何度か試して分かったことがある。
それは――冷蔵庫が異世界と繋がるのは、深夜0時になってからだということ。
深夜0時から数分間だけ、あちらの世界と繋がる。
もう一度言うが、何故かは分からない。
しかも、先方はいつも、氷の女神様なんて、呼んでくる。
そんな大層な存在ではないので、訂正するために、私も初めて手紙を書いた。
日本語で書いたが、きっと不思議な魔法で翻訳されるから大丈夫だろう。
すると、次の日。
「ひえぇぇ」
何枚もの手紙が、美味しそうなチキンの丸焼きのサイドに置かれていた。
恐る恐る手紙を読む。
内容を要約すると、こうだった。
私の名前はリュシアン。二十四歳、男性です。
あなたの女神ではなく人間ですか?
名前は?
何歳ですか?
性別は?
と、大量の質問攻めの内容だった。
まだ湯気の立つチキンを切り分け、口に運びながら手紙を書く。
「えーっと、リュシアンさん、初めまして。私の名前は澪です。二十六歳で女性です。仕事は事務職です。リュシアンさんはどんなお仕事なんですか? うーん、あとは……」
しばらくして手紙を書き終えると、ふぅと息を吐く。
ベッドに倒れて、もらった手紙を見つめた。
「この人、リュシアンさんっていうんだ」
どんな人なのだろうか。
どんな生活をしているのだろうか。
冷蔵庫の向こうはどんなところなのだろうか。
明日はどんな食べ物を送ろうか。
「ふふっ」
自然と口角が上がる。
こんな、ワクワクした日々は久しぶりだ。
深夜0時。
古い冷蔵庫を開ける。
その瞬間、パイの香りが鼻を抜けた。
「わぁ、果物がびっしり入ったパイだ!」
りんごやベリー、見たことのない果物が詰められたパイ。
そして、横には手紙。
手紙には、私が質問した回答が、綺麗な字で丁寧に書かれていた。
リュシアンさんのいる国は、ベルゴーニュ王国。
緑が多く、農業が盛んな国らしい。
仕事は、国政に関わるものだそうだ。公務員なのだろうか。
「パイも美味しい」
彼の家は、お抱えのシェフやパティシエがいるらしい。
絶対にお金持ちだ。
最近は色々な食べ物を物々交換してるのだが、リュシアンさんはどうやら、プリンがお気に入りらしい。自国にはないお菓子だそうだ。
プリンが好きならと、色々な種類のプリンを送った。
なめらかな食感のプリンや、表面が焼いてあるプリン、ミルクプリンなど。
リュシアンさんは、一つ一つに評論家顔負けのコメントを返してくれた。
だけど最後に。
『どれも美味しかったが、最初に食べたプリンをまた食べたい』
最初に食べたプリン。デパ地下で買った高級プリンのことだ。
「さすが、お金持ち。舌が肥えてますね」
ふっと笑みがこぼれた。
そんな自分に少し驚く。
そういえば――最近、笑ってなかった。
慣れない環境で、毎日必死で。
まるで……一人で戦ってるような気分だったから。
笑ってることを確かめるように、唇に触れた。
「リュシアンさんのおかげだ」
手紙の返事を書こうとペンを握り、ふと思いつく。
「異世界の人間って、私たちと同じ見た目なのかな?」
もしかしたら、手が四本あったり、目が三つあるかもしれない。
「質問してみよう」
人間の定義が違う可能性があるのなら、イラストも添えた方が、相手に伝わりやすいかもしれない。
絵は下手だが、伝わりさえすればいい。
丁寧に時間をかけて描いた人間のイラストは、なぜか、人型のジンジャークッキーみたいになってしまった。
次の日、彼がこのイラストを見て、思わず吹き出してしまったと知るのは、だいぶ後のこと。




