19話 彼が見た景色
「神崎さん、最近、お弁当の日が多いね!」
お昼休み。
同僚に言われて、たしかに、と自分でも思った。
「そうですね。最近は自分でお弁当を作ることが増えたかもです」
以前は、コンビニでお昼を買うことが多かった。
でも、今は自分で作って持ってきている。
今日は、ゆかりご飯に、だし巻き卵とから揚げ。野菜も意識して、ブロッコリーとトマトを入れた。
「私もやろうかな。お弁当の方が健康的だし、節約できるもんね」
「……そうですね」
本当は自炊するようになったのは別の理由がある。
リュシアンに最近、鶏のから揚げを作ってあげたことがあったのだが、その時の感想が嬉しくて。
また、作りたい。
もっと、うまくなりたい。
今度は別の料理も食べてほしい。
そう思ってしまったのだ。
料理は得意ではないから、今は自分の食べる分を作りながら、料理の腕を磨いている。
「文通相手のフランス人とはどう?」
「あぁ、今も交流は続いてますよ」
同僚三人が顔を見合わせ、小声で会話を始める。
「えっと、これは遠距離恋愛なのだろうか」
「さぁ?」
「もうこれ以上聞かない方が良いよ。こういうのは本人から話さないと」
何を話しているのかは分からないが、この三人が自分の悪口を言っているわけではないと分かっているので、特に気にはならなかった。
お昼休憩が終わり、午後の業務が始まった。
「ちょっと、営業部に行ってきます」
資料を渡しに別の部署に向かう。
営業部に入ると、結城が笑顔で上司らしき人と話しているのが見えた。
結城が笑うと、周りの人たちも自然と笑顔になり、会話に加わっていく。
相変わらず自分とは真逆の人間だ。
明るくて、人当たりもいい。
人の輪の中心にいるような人。
そんな人がなぜ自分を気に入ったのか分からない。
でも、告白してくれたのだから、誠実に返事をしなくては。
その時、結城と目が合った――気がした。
結城は驚いた顔をすると、さっと鞄を持ち、部署を出て小走りで建物の外へ出て行った。
「え、今のは、もしかして……」
避けられた?
まさか、こんな地味な女に告白したことを後悔しているのだろうか。
……ありうる。
でも、そうだったとしても、きちんと返事をしなくては。
プライベート用のスマホを取り出し、結城宛にメッセージを送る。
『今日、もし空いてる時間があったら、教えてください』
メッセージに既読がついてから、一時間後に返信が来た。
19時。
ほとんどの社員が帰り、オフィスには人影もまばらだ。
屋上に行くと、結城がベンチに座っていた。
小走りで近づく。
「あ、神崎、お疲れ」
「ごめんなさい!」
彼の目の前に立ち、勢いよく頭を下げた。
結城が驚いて、目をぱちぱちさせる。
「え、いきなり? 心の準備がまだだったんだけど」
「ごめん。伝えるなら、早く言わなきゃって」
「まぁ、結果は分かってたからいいけど。はい、これ」
横の自販機で買ったのか。
温かいお茶のペットボトルを差し出してくれた。
「ありがと」
お茶を受け取ると、手がじんわり温かくなる。
しばらく、お互い無言だった。
やがて、結城が口を開いた。
「あ~言うの早かったかな。それとも結果は変わらなかったかなー」
「……」
「あのさ、もしかして、会ったこともない文通相手が好きなの?」
「……うん」
そっかぁ、とため息を吐く。
吐き出した息が白くなり、空へと上っていく。
「会ったこともない相手に勝てないなら、仕方ないなぁ」
「……ごめん」
「ちなみに、その彼、ロマンス詐欺とかじゃないよね?」
「ち、違うよ!」
急いで否定する。
必死に首を横に振る私を見て、結城がふっと笑った。
「そっか、それならいいんだ。まぁ、職場も同じだし、これからも同僚として仲良くしてよ」
「うん、それはもちろん」
じゃあ、残業もほどほどにな、そう言って、手を振って去って行く彼の背中を見つめる。
その時、胸を占めたのは、罪悪感。
そして、もう一つ。
――ミオは、私の恋愛対象ではない。
自分もリュシアンに、こんなふうに言われるのではないか、という恐怖だった。
自宅に着いてお風呂に入ると、あっという間に0時前になっていた。
冷蔵庫の前にしゃがみ、時計を見つめる。
針が真上を指し、カチッと音が鳴った瞬間、冷蔵庫を開けた。
中には、ガレットのような料理と手紙。
封筒を開け、手紙を広げる。
冒頭のあいさつはさっと読み飛ばし、今、一番気になる箇所を探す。
『――恋人はいるかの質問についてだが』
心臓がドキドキと脈打つ。
『――恋人はいない。ちなみに、婚約者も今はいない』
「……いない?」
読み間違いではないことを確かめるように、何度も同じ箇所を読み返した。
ようやく、肩の力が抜ける。
「そっか、いないんだ。良かった」
自分の口から出た言葉に、しばし驚き、苦笑してしまう。
直接会うこともできない相手に対して、良かったなんて。
この想いが、実ることなんてないのに。
でも、恋人がいないという答えが、どうしようもなく嬉しい。
『――私も聞きたいことがある。ミオは恋人や婚約者はいるのか? 数日前、0時直後に食べ物と手紙が取り出されなかったのは、自宅にいなかったということだろうか? 異性と会っていたのか?』
「え、0時直後?」
たしかに先日、飲み会の帰りに電車が止まり、歩いて帰ったため、0時を過ぎてしまったことがあった。
あの時の事だろうか。
いや、それよりも。
「0時直後に私が受け取るか、いつも確認してるってこと?」
その事実に、ちょっと引いた。
でも、あの気難しそうな表情で、毎回0時直後に冷蔵庫を開けている様子を想像すると、少し可愛い。
そう思ってしまうのは、俗にいう「恋愛脳」というやつなのだろうか。
「リュシアンも私のこと、少しは気になってくれてるのかな?」
だとしたら、とても嬉しい。
手紙にはまだ続きがあった。
『――実は、明後日、地方の視察で南地方の離宮に一泊することになった』
「……離宮」
王族らしいワードが出てきた。
『――南の離宮は、近くに美しい湖があり、そこに咲く花や木々が、まるで絵画のように美しい。小さいときは、兄弟で泳いで遊んだこともある』
この文章だけで、彼がこの離宮を気に入っていて、大切な思い出の場所なのだと伝わってくる。
「どんな所なんだろう」
行ってみたい。
純粋にそう思った。
でも、当然行けるわけがない。
彼と一緒に、その景色を見ることはできないのだと。
改めて突きつけられて、心が沈む。
でも手紙には、そんなことは書けない。
「えっと……リュシアンの思い出の場所なのですね。どんなところか気になります。私も行ってみたかったです……と」
便箋に返事を書いていく。
それから数日後。
今日はリュシアンから返事が来る番だ。
封筒を開けると、手紙のほかに、少し厚みのある紙が入っていた。
「なんだろう、これ」
取り出してみると、それは――絵葉書だった。
白亜の城を背景に、澄みきった美しい湖が描かれている。
水面はキラキラと輝き、鹿たちが湖の水を飲んだり、そのほとりで寝そべったりしている。
「……きれい」
手紙を開く。
『先日、南の離宮に行ってきた。数年前と変わらず美しい場所で、人も少なく普段より心穏やかに過ごすことができた』
普段は命を狙われるような日々を送っているリュシアンが、少しでも心穏やかに過ごせたのなら、本当に良かった。
『――前にミオがどんな場所か気になる、と手紙で書いていたので、湖の絵を描いてみた』
「え、これ、リュシアンが描いたの?」
画家が描いたものかと思った。それくらい、見事な絵だ。
自分は絵の才能がないから、純粋に羨ましい。
『――もちろん、本物の美しさには敵わないが、それでもミオにどんなところか見せたかった』
私に見せたくて、絵を描いてくれた。
忙しいはずなのに。
もう一度、絵葉書に目を向ける。
この湖で、リュシアンはどんなふうに過ごしたのだろうか。
私のことを思い浮かべながら、絵を描いてくれたのだろうか。
仕事の合間に、絵を描いている彼の姿が目に浮かんだ。
「ふふっ、ありがとう、リュシアン」
こんなに幸せな気持ちにしてくれて、ありがとう。
この時は、そんな気持ちでいっぱいだった。
次の話はリュシアン視点です。




