17話 異世界に行く方法はありますか?
「あ、結城。お待たせしました」
11時に代々木公園駅で待ち合わせた相手は、会社の同僚の結城だ。
少し早く到着したつもりだったが、彼はすでに待ち合わせ場所に立っていた。
「あ、いや。待ってないよ」
「そう、それなら良かった。じゃあ行こう」
今日は、結城と世界グルメ祭りに行くことになった。
ちらりと横を歩く同僚を盗み見る。
緊張している?
いつもより表情が硬い。
普段はスーツだが、今日は休みなので、お互い私服だ。
結城はジーンズに黒のマウンテンパーカー。
シンプルな服装なのに、背が高いので様になる。羨ましい。
隣を歩く彼が、こちらにチラチラ視線を向ける。
「そういえば、神崎の私服初めて見たかも」
「まぁ、休日に会うの初めてだしね」
「その水色のスカート可愛いね」
「ありがと」
さすが社内のモテ男。
ナチュラルに褒めてくる。
会場に到着すると、美味しそうな匂いが漂ってきた。
広大な公園には、海外の屋台が何十軒もひしめき合っている。
視界に入る屋台だけでも、食べたことのない異国の料理ばかりだ。
「いろんなところから、いい匂いがするね」
「神崎、どこから始める?」
「あれ、食べたいかも」
今日はフードファイターになったつもりで挑むぞ。
さっそく、近くの屋台の列に並んだ。
♢
夕方まで食べ続けるつもりで挑んだが。
普段から大食いというわけでもない私の胃は、屋台フードを数品食べただけで、あえなくギブアップした。
「く、苦しい」
「大丈夫か?」
結城がペットボトルの水をくれるが、もう水も飲みたくない。
「……屋台、制覇したかったのに」
小さく呟くと、結城が噴き出した。
「ふっ、神崎って意外と食いしん坊だよな」
笑われてしまった。
でも、別に嫌な気持ちにはならなかった。
「じゃあ、お祭りはこのくらいにして、腹ごなしに歩かない?」
たしかに。歩いてカロリーを消費しなくては。
結城の提案にのって、二人並んで歩き出した。
直前に辛い麺類を食べて汗をかいたので、冷たい風が気持ちいい。
「あ、あのさ。神崎って、フランス人と文通してるんだよね? まだ続いてるの?」
フランス人。
そういえば、以前、リュシアンのことを異世界人とは言えず、とっさにそう答えたんだった。
「あぁ、うん。まだ続いてるよ」
「へぇー。顔も知らない相手と文通してるって、なんかいいね」
「顔はお互い知ってるけど」
「え! そうなの?」
すごい驚きようだ。
たしかに以前、結城とこの会話をした時は、お互い顔も知らなかったが。
「へぇー。イケメンだった?」
「うん」
「へぇー」
へぇーが多いな。
その後、結城は黙ってしまった。
少し気まずい。
自分から話を振ってみるか。
「あのさ、結城はどうして今日誘ってくれたの?」
「え、突然だな」
わずかに焦った様子を見せたが、彼は意を決したように口を開いた。
「後悔したくないから、かな」
「後悔?」
優しげな目が、こちらを見つめていた。
「お祭りも楽しそうだし、神崎と一緒に行ったら、もっと楽しくなるんじゃないかって」
「私と……」
「もっと神崎のこと、知りたいし。誘わなきゃ、今のままで何も変わらないだろ」
――今のままで、何も変わらない。
その言葉が、胸に響いた。
私は最近ずっと、リュシアンに聞きたいと思っていた。
異世界に行く方法はないのか。
でも、タイミングがあったら。
もう少し仲良くなってから。
何かきっかけがあれば。
そうやって、何かと理由をつけて聞かずにいた。
だって、怖いから。
おそらく、リュシアンは、私が遠い世界にいる存在だからこそ、心を許してくれている。
もし「会いたい」と伝えたら。
面倒な相手だと思われるかもしれない。
以前は、それでも一度くらいなら、さらっと聞いてみてもいいよね。
そう思っていた。
でも、やっぱり怖かった。
そんなことをしたら。
――越えてはいけない一線を越えてしまう。
だけど。
聞かなければ、ずっとこのままだ。
後悔したくない。
聞かなかったことを、後悔したくない。
そうだ。
今日、帰ったら手紙に書こう。
「……あの、聞いてる?」
「へっ」
結城がこちらをのぞき込む。
会話中だったことを思い出し、慌てて目の前の彼に意識を戻した。
「あぁ、ごめん」
「……」
「えっと、なに?」
彼は一瞬、迷うように視線を落とした。けれど、すぐに私をまっすぐ見つめた。
「あのさ、本当はまだ言わないつもりだったんだけど……フランス人に先越されそうだから」
「うん?」
「付き合ってほしい」
「……え」
一体、なんの話?
突然のことすぎて、頭が真っ白になった。
告白された?
そう理解するまで、少し時間がかかった。
目の前には、口をキュッと結んで緊張した表情の結城がいる。
動揺を隠せない私を見て、彼が慌てて口を開く。
「あ、でも、別に今すぐ返事が欲しいとかじゃないから!」
「え、あ、でも……」
「ほんと、ほんと。だから、ゆっくり考えて。それじゃあ!」
目の前の駅に向かって、小走りで去って行く背中を見つめる。
告白された。
結城に。
あまりの衝撃に、しばらく動けなかった。
帰宅後。
お風呂に入って、夕飯を食べて、テレビを観る。
いつもと変わらない休日だ。
結城のことは。
何と返事をすればいいのか、まだ分からない。
ちゃんと考えなくては。
時計をちらりと見る。
「リュシアンに手紙を書かなきゃ」
便箋を用意して、ペンを持つ。
そして、心の中で「よしっ」と気合いを入れた。
今日こそ聞いてみる。
――異世界に行く方法はありますか?
もし、方法がないなら。
そのときは、すっぱり諦めることができる。
それから、質問するにあたって、念のため、今使っている冷蔵庫は祖母から譲り受けたものだということも書いた。
そして次の日。
いつも通り、美味しそうな料理と手紙が届いた。
はやる気持ちを抑えて、封筒を開ける。
手紙には――
『異世界を渡る方法についてだが――』




