14話 会えるっていいな
リュシアンから短い手紙が届いて、数日後。
そこからは途切れる事はなく交流は続いている。
そして、いつもの丁寧で綺麗な文字が戻ってきて、ようやくあちらの世界の状況が分かった。
リュシアンは、毒殺未遂にあっていた。
実は彼は王族で、王位継承権を持つ第二王子だそうだ。
幼少期から、毒殺や暗殺の未遂は数え切れないほどあったという。
今回は身体の異変に早く気づいて対処したため、命を落とさずに済んだらしい。
それでも昏睡状態に陥り、一週間も意識が戻らなかったという。
「……リュシアンが王族で、王位継承権があって、毒殺未遂に遭った」
情報が盛りだくさんで、頭が追いつかない。
自分とはあまりにも違う世界だ。
仕事や生活の悩みで、彼に相談していた自分が、なんだか恥ずかしくなる。
今は体調も落ち着き、ベッドの上で執務を行っているとのこと。
「……毒殺されそうになったのに、もう仕事してるの?」
それだけ、彼にとっては、当たり前の日常なのだろうか。
ふと、棚の上に視線を向ける。
そこには、リュシアンの大きな肖像画が飾られている。
今まで床に置き、壁に立てかけていたのだが、さすがに申し訳ない気がして、棚の上に移動させた。
だが、棚の上には、すでにリュシアンからもらった小さな女神像や、風邪をひいたときに大量に送られてきた、まじないのグッズなどが飾られていて。
そこにリュシアンの肖像画を置くと――。
「……なんだか、どっかの教祖様を祀ってるみたい」
この配置は、まずいだろうか。
まぁ、誰も家に入れなければ問題ないか、と結論付けた。
今日は土曜日。
友人も恋人もいないため、特に予定はない。
キッチンで、熱い紅茶を淹れて牛乳を少し足す。
リビングに戻り、クッションに座ると、昨夜届いた手紙を見返した。
毒殺未遂の話の後は、いつも通り、取りとめのない日常について書かれていた。
『――そういえば面白いことがあった』
すでに手紙の内容は全て、昨夜に読んでいる。
それでも、自然と口角が上がる。
『手紙からは、ミオがいつもあらゆるものに感謝の心と敬意を持って生活しているのだと伝わる。会社の仲間、社会、自然、自分に関わる全ての人。その考え方は、とても素晴らしいと思うし、そんなミオを尊敬してる』
自分では当たり前のことだと思っていたけれど、褒められると、やはり嬉しい。
『だから、私もミオに習って、まずは身近な人間に感謝の心と敬意を持って接することにした。手紙でも何度か書いている、側近のセシルに、まずは「いつも、ありがとう」と感謝の言葉を伝えた』
セシルさん。
何度かリュシアンの手紙に出てくる人物だ。
お調子者だけど、優秀な人らしい。
『だが、感謝の言葉を伝えると、セシルは今まで見たことのない珍妙な表情をして固まってしまった。感謝の気持ちを、思っているだけではなく、直接伝えた方がいいと思ったのだが。なかなか難しい』
「……ふふっ」
セシルさんがどんな人なのかはまだよく分からないが、その場を想像すると笑みがこぼれた。
『いつも余裕の表情を崩さない男の、普段見られない顔を見れて面白かった』
体調がどのくらい回復しているのかは分からない。
それでも、こういう何気ない日常を書いてくれるのが嬉しくて、少し安心した。
「……良かった、本当に」
改めて、思う。
リュシアンが生きていて良かったと。
♢
外から、17時の音楽が鳴り始める。
もう、そんな時間か。
「あ、買い物に行かなきゃ」
外はまだ寒い。
上着を羽織り、お財布とスマホを持って外に出た。
赤く染まった夕日が眩しい。
駅の近くまで来ると、待ち合わせをしていたカップルが目に入った。
女性は嬉しそうに彼氏に手を振り、小走りで近づくと腕を組んだ。
幸せそうなカップルを横目に通り過ぎる。
羨ましいとは思う。
でも、恋人たちを見て一番最初に感じたのは。
――会えるっていいな。
ハッとした。
今、誰を思い浮かべて、そう思ったのだろう。
無意識に胸をぎゅっと押さえる。
だって、仕方がないじゃないか。
大切な人が危ない目に遭い、辛い思いをしているのに、助けに行けない。
詳しい状況すら知ることができない。
それが、こんなに歯痒くて、辛いことなんて、知らなかった。
カップルに感化されたわけではない。
それでも、思わず口から漏れた言葉は、取り繕いようのない本心だった。
「……会いたいな」
リュシアンに会いたい。
会える方法なんて、ないだろう。
だけど、会いたい。
ただ、彼に会いたいんだ。
耐えるように、きゅっと目を閉じる。
ダメだ。
口に出すと、よりその思いが強くなってしまう。
でも、もし会うことができたら?
そんなことは可能なのだろうか。
いや、今まで会うこともない相手だからリュシアンも気軽に交流できていたのではないか。
なのに、会える方法はあるのかと聞いたら、彼はもう交流を止めようと思うだろうか。
悪い方へ考えそうになり、頭を振った。
いや、一度くらいなら、聞いてみてもいいんじゃないか。
リュシアンに、異世界を行き来する方法があるのか尋ねるだけだ。
無理に聞き出すわけでも、会いたいと迫るわけでもないのだから。
「うん、そうしよう!」
今度、折を見て聞いてみよう。
先ほどより少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。
♢
買い物を終えて帰宅する頃、雨がパラパラと降り始めた。
外は薄暗く、雨の音が、静かな部屋に響く。
今日は自分が冷蔵庫に手紙と食べ物を入れる番だ。
今日送るのは、かきたまうどんの予定だ。
たっぷりの生姜を入れ、鶏肉と卵も加えようと思う。
リュシアンはまだ病み上がりの身だ。
前回は、消化が良くて栄養のあるものをと思い、卵粥を送った。とても好評だったので、今日は似たような料理を選んだ。
手紙を書き終わったら、さっそく調理を始めよう。
あまり料理は得意ではないが、気に入ってくれると嬉しい。
スズランの香りがする便箋に、丁寧に手紙を書いていく。
だが、ふと手が止まった。
会える方法はありますか?
たったこれだけの質問なのに、なぜか書きづらい。
「……別に、今日書かなくてもいいか」
リュシアンが完全に回復したら聞こう。
そう理由をつけて、後回しにしている自覚はある。
雨が少し強くなったのか、外の音が大きくなった。
手を止めて、窓辺に近付く。
窓に手を当てると、ひやりと冷たかった。
そういえば、何かの小説で、主人公が遠く離れた相手に「離れていても空で繋がっている」と励ます台 詞があった。
「……そもそも、空も繋がってないんだな」
自嘲気味に呟いた。
「今、何してるのかな……」
こつんと、頭を窓につけた。
次のお話はリュシアン視点です。




