12話 束の間の安らぎ【王子視点】
思い切った提案をした自覚はある。
異世界の、会ったこともない相手に自分の肖像画を送るなど、女性にとっては勇気がいることだろう。
それだけじゃない。こんな提案、もしかしたらミオに警戒されるかもしれない。今までの信頼関係を壊すかもしれない。
なのに。
そのリスクがあったとしても、手紙に書いてしまったのは何故だったのだろうか。
昔から女性には苦手意識があり、自分から積極的に関係を築こうとしてこなかった。
そんな自分が、なぜこんな提案を?
きっと過去の自分が今の私を見ていたら、さぞ驚いているだろう。
幼少期から現在に至るまで、女性が近づいてくることは数多くあった。
だが、近づいてくる女性の背後には、必ず何かがある。陰謀と策略が渦巻く世界では、相手を純粋に一人の女性として見ることなど不可能だった。
だからこそ、異世界の、陰謀も策略もない女性と交流できることは、私にとって癒しであり、得難い光なのだ。
以前、セシルに「その女性は間諜の可能性はないですか」と聞かれたことがある。
だが、そもそも「異世界の人間」自体、この時代ではあり得ないものだ。ミオが間諜である可能性はないだろう。
私の肖像画を送った次の日。
氷冷蔵庫を開けると、小さな三角形に固められた米と封筒が入っていた。
「さすがに肖像画はそんな早く完成しないからな」
肖像画が入っていない事実に少し落胆する。
私のような王族は、毎年肖像画を描いている。
だが、普通は、そう簡単に用意できるものではない。
ミオは裕福な階級であることは推測できるが、直近の肖像画を数日で用意することは難しいだろう。
封筒を取り出し、手紙を開ける。
中には、日々の出来事や面白かったこと、こちらの寒さを気遣う言葉など、いつものミオらしい、相手を楽しませようとする優しさと思いやりが綴られていた。
この三角形の食べ物の包装の開け方も書かれている。
そして昨日送った肖像画についても書かれていた。
『今まで交流していた人がどんな人だったか知れて嬉しいです。琥珀色の瞳が綺麗で羨ましい』
ふっと笑みがこぼれる。
嬉しい。そう思ってもらえた。それだけで、勇気を出して提案してよかったと思う。
今まで散々容姿を褒められてきたため、そうした言葉には慣れていたが、ミオに褒められると、なんだかむず痒い気持ちになる。
とある一行に目線が止まる。
『――見た目に自信がないので恥ずかしいですが、肖像画を送ります』
「肖像画? 入っているのか?」
氷冷蔵庫を再び開ける。
中央の段に、新たに封筒が入っていた。
「先ほどは無かったはずだが……」
手に取り開けると、走り書きの文字。
『先ほどの肖像画は間違いです! 本来、送るつもりだった肖像画はこちらです! 前のは破棄してください』
封筒に、もう一枚何かが入っていることに気づき、取り出す。
だが、それは手紙ではなかった。
それは。
――あまりにも繊細で精巧な肖像画だった。
肩の下までまっすぐに伸びた漆黒の髪。愁いを帯びた黒曜石の瞳。少し下がった目尻に、ほんのりピンク色の唇。その唇は、緊張したようにキュッと結ばれている。
異世界の女性。
今まで交流を重ねていた相手。
もちろん、ミオが実在することは分かっていた。だが、この瞬間、ミオという女性が確かに存在しているという実感が、強く湧き上がった。
「こんなに美しい人だったんだな」
思わず声に出し、はっとする。
あまり、こういう感情は良くない。
ミオはあくまで異世界の女性。
会うことも、この先、関係が発展することもないのだ。
ふと、最初にもらった封筒に視線がいく。
そこには、もう一枚の肖像画が入っていた。
取り出してみると。
「ふっ」
思わず笑いが漏れてしまった。
先ほどの肖像画とは、まったく印象が違う。
顔はやや下を向き、目をつぶり、眉は八の字。口はわずかに開いていて白い歯が見える。明らかに、クシャミをした瞬間という表情で。
あまりに面白くて、久しぶりに声を出して笑ってしまった。
「ふっ、ミオ、すまない。でも、これは、さすがに……」
またその肖像画に目がいってしまい、再び笑い声が漏れてしまう。
それにしても、なんと精巧な肖像画だろうか。
ミオの世界の画家は、こちらの画家とは別次元の高い技術をもっているらしい。
ミオの肖像画を二枚並べる。
どちらもいい表情だ。
ミオは最初の肖像画は破棄するように言っていたが。
「破棄するのは、もったいないな」
破棄しなかったら、ミオは怒るだろうか。
でも、この二枚を同じくらい大切にしたいと思うのは、いけないことだろうか。
ミオには内緒で両方持っておこう。
そう心に決めて、懐にしまった。
保管庫から出て歩いていると、向こうから人影が近づいてきた。
会いたくない人物と出会ってしまった。
「リュシアン」
松明で照らされた顔は、こちらを睨みつけていた。
「……アンリ兄上、このような場所でお会いするとは奇遇ですね」
「こんな夜中に何をしている」
「保管庫にある神物の埃を払い、供物を奉納しておりました」
「こんな夜中にか」
「はい。こんな夜中でなければ時間は作れません」
第一王子であり私の兄――アンリは、私と同じ色の髪を短く刈り上げた、大柄な男だ。
威圧感があるため、いつも女官に怖がられている。
腕を組み、鋭い碧眼で私を訝しげに見つめた。
「ふん、王になりたいあまり、神にすがっていたのか」
「そのようなことはいたしませんし、王位も望んでおりませんので」
「どうだか」
心の中で深いため息を吐いた。
先ほどまでの幸せな気持ちはどこかに行ってしまった。
「望んでいない」と、どれだけ伝えても、私への警戒心は解けない。
なぜなら、疑心暗鬼に陥ったこの王宮では、本心など相手には伝わらないからだ。
それに王位は、本人が望んでいるかどうかに関係なく、争いの種になる。
二歳しか離れていないこともあり、幼いころから常に比べられてきた。
昔は三兄弟、それなりに仲は良かったはずだ。
それが、どうして今はこうなってしまったのか。
「お前のような無気力な人間は反吐がでる。愛国心も感じられん」
「そのようなことはないのですが」
愛国心。それなりに国や民を思う気持ちは持っているつもりだ。
今まで、少なくない時間を政務に捧げてきた。
だが、この目の前の男には、それでは足りないということだろう。
「お前は王族として仕方なくやっているのだろう」
「では、私を暗殺しようとした男も、命令されて仕方なく私を殺そうとしたのでしょうか」
アンリの眉が、ピクリとかすかに動いた。
「暗殺? 暗殺未遂にでも遭ったのか?」
「えぇ、でも解決済みです。すべて吐かせたので」
「そうか……」
碧眼の奥を探る。
暗殺者を拷問した際、第一王子の秘書官に雇われたと、本人は話していた。
それが事実なら、この男が指示したのか、もしくは把握していたのか、それとも秘書官の独断か。
そこが分かれば、今後の対応も変わってくる。
本当なら、第一王子の秘書官に直接尋問したいところだが、証拠がない以上、あしらわれて終わりだ。
そして今後、彼らはさらに警戒し、より慎重かつ巧妙に命を狙ってくるだろう。
――気をつけなくては。
目の前の兄は、弟に興味を失ったのか、「どけ」と私の肩を押しのけ、通り過ぎていった。
♢
数日後。
今日は、年に一度の建国記念日。
この日ばかりは、王も王妃も、そして兄弟たちも同じ卓に集う。
血がつながっているだけの他人が、会話もなく食事をする時間。
憂鬱な時間だが、これも仕事だ。
父も母も、私たち兄弟に一言も声をかけることはない。
二人は食事が終わるとさっさと退席してしまった。
まだ式典は終わっていないのだが。
要するに、残りはお前たちで対応しろということだ。
女官が四つの杯にワインを注ぎ、毒見役がその一つを飲んだあと、三つの杯が盆に乗せられて運ばれてきた。
アンリが、そのうちの一つを選び、受け取る。
次に、私が残り二つの杯から適当に選ぶ。
最後に、残った杯を弟が受け取った。
アンリが杯を持ち上げ口を開く。
「父上に代わり、私から一言――この国を築いた先人たちに感謝を。そして、我が国のさらなる繁栄を願って――」
それを合図に、三人同時に口に運んだ。
これで、やっと式典が終わる。
周りに悟られぬよう、ひっそりとため息を吐いた。
その夜。
私は意識を失い、昏睡状態となった。




