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11話 リュシアンの肖像画


 リュシアンと交流を始めて、数カ月。


 顔も知らない相手と食べ物や手紙のやり取りをするのは、本当に楽しかった。

 だから、昨日届いた手紙に書かれていたリュシアンの提案には、正直戸惑った。


『――良ければ、お互いの肖像画を送りあわないか?』


「しょ、肖像画!」


 なんでリュシアンは、いきなりこんなことを言い出したのか。

 そりゃあ、自分だって、リュシアンがどんな見た目か気にはなるが。


 でも――


 窓に映る自分の顔を見つめる。


 自分の見た目に自信がない。


「……リュシアンが私の写真を見て、がっかりして、もう交流をやめよう、ってなったら、どうしよう」


 きっと耐えられない。


 手紙には続きがあった。


『――もちろん、ミオが嫌ならしなくてもいい。ただ、異世界から暖かい言葉をくれる人物がどんな人か知りたくなった。どんな見た目でも驚かない。たとえ目が三つあっても』


「……三つ」


 最初の頃に、澪がリュシアンに『あなたの目は二つですか? それとも三つですか?』『手は何本ですか?』などと質問していたことを思い出す。


「ふふっ、そういえば、そんなことあったね」


 自然と口角が上がる。


 そうだ、リュシアンはきっと前の彼氏のように、ひどいことは言わない。

 どんな地味な顔でも、あぁ、同じ人間なんだな、としか思わないだろう。


 なんだか、少し心が軽くなった。


 それに、顔を知ったからといって、ここから恋人に発展するわけでもない。

 お互い、ただの文通相手。直接、会うこともない。


 この先、彼との関係が変わることはないのだ。


「……そう、ただの文通相手なんだから、もっと気楽に考えよう」


 一人きりの部屋で呟いた言葉は、思ったより元気がなかった。


 自分でもよく分からない胸のざわつきを振り切るように、ペンを持つ。

 手紙で、自分も肖像画を送ることを伝えた。



♢



 手紙を送った次の日。


 冷蔵庫を開けると――


「え、なにこれ……」


 布で巻かれた何かが、冷蔵庫の幅いっぱいに詰め込まれていた。


「これ、肖像画……だよね?」


 思ったより早く届いた。もしかして、事前に準備していたのだろうか。


 肖像画が傷つかないように慎重に取り出す。

 それは両手で持っても、ずっしりとして重かった。


 丁寧にシルクの布を外す。

 金の額縁が見えた。


 すごくドキドキする。

 リュシアンはどんな人物なんだろう。


 最後の布を取り払うと――


 最初に感じたのは「綺麗」だった。


 深い夜を溶かしたような髪を肩のあたりまで伸ばし、琥珀色の瞳がじっとこちらを見据えている。

 絵画越しにも仕立てのよさが伝わる服装に、精巧な装飾品。品のある佇まい。


「……リュシアンってこんなに綺麗な人だったんだ」


 しげしげと見つめる。


 手紙から受けるリュシアンの印象は、真面目で誠実。

 少しお堅い部分もある、そんな人物だが。

 肖像画の中の彼も、その印象を裏切らなかった。

 口元をキュッと引き締め、少し気難しそうな表情をしている。


「っていうか、リュシアンって、お金持ちを通り越して貴族? もしかして王族なのかな?」


 手紙のやり取りを通して、もしかして貴族なのではないかと思っていたが、肖像画を見て、その可能性がさらに高まった。

 リュシアンが答えたくないなら、答えなくてもいいが、一回くらい、どんな身分なのか聞いてみてもいいだろうか。


 いや、それよりも、もっと大変なことに気づいて愕然とする。


「こんな綺麗な人に、私の写真を送るの?」


 ……怖くなってきた。

 だが、既に手紙で送ると伝えてしまった。

 自分だけ、送りたくないなんて言えない。


 洗面所の鏡で自分の顔を見つめる。

 

「だ、大丈夫。リュシアンはひどいこと言わない」


 よし、と気合いを入れる。

 もう今日は遅いし、写真は明日撮ろう。

 普段使わないマスカラやら口紅やら、どこにしまっただろう。探さなくては。


 もう一度、肖像画に視線を向ける。


「……この肖像画、どこに置こう」


 1K6畳の狭いアパートには、あまりにも大きすぎる肖像画だった。



♢



 翌日。


 帰宅したのは夜11時。

 今日は残業しないで帰るつもりだったが、結局残業をするはめになってしまった。


 よれた化粧を落として、もう一度化粧をする。

 髪も整え、服も過去にデート用で買った水色のワンピースに着替えた。


 棚にスマホを置いて、セルフタイマーで写真を撮る。


 最高に盛れた写真にしなくては。


「……はくしゅん! あっ」


 くしゃみをした瞬間に、写真が撮られてしまった。

 なぜ、自分はこうもタイミングが悪いのだろうか。


 念のため、見てみると、ひどい顔だった。


「不細工すぎるよ」


 当然、撮り直しだ。


 何度か挑戦して、ようやく納得できる写真が撮れたので、急いでコンビニに向かった。

 コピー機で印刷しようとすると、背後に順番待ちの列ができていた。

 後ろの女性が「早くして」と圧をかけているような気がして、内心焦る。


 印刷する写真を選ぼうとしたが、データ上の画像はどれも似たようなもので、小さくて分かりにくい。

 でも、吟味している時間はない。

 背後からの無言の圧に耐えられないのだ。


 とりあえず全選択して印刷した。


 急いで帰ったころには、時刻は11時50分。

 あと10分しかない。


 以前リュシアンが興味を持っていたおにぎりをコンビニで買い、冷蔵庫に入れた。

 

「あ、おにぎりの開け方も解説したほうがいいかも」


 急いで手紙に開け方を追記する。

 残り2分。


「うわわ、時間ない」


 慌てて先ほど印刷した写真の中から一枚取り、手紙と一緒に封筒にしまった。

 ギギッと音を立てながら冷蔵庫を閉める。


 そのタイミングで、時計がカチッと鳴った。

 0時。


 どうやら間に合ったようだ。


 安堵のため息をつき、残りの数枚の写真に視線をやると。


「えぇ!」


 リュシアンに渡すはずだった写真が手元にあった。

 

 一気に血の気が引く。


 逆に手元にないのは。

 あのクシャミをしたひどい顔の写真。


「……うそでしょ」


 急いで冷蔵庫を開ける。

 まだリュシアンが取り出していなければ、写真だけでも取り戻せるかもしれない。


 だが、開けた時には。

 無情にも、おにぎりと手紙は消えていた。


 ガックリとうなだれる。


 それでも、諦めたくなくて、新たに手紙を書いて、本来渡すはずだった写真を冷蔵庫に入れた。


 別にただの文通相手なのだから、変顔している写真でもいいのではないか。

 心の片隅でそう言っている自分がいる。

 だけど、自分が一番マシに撮れてる写真を送りたい。

 そう思ってるのも事実で。


 自分でも何故そう思うのかは分からない。

 だけど、今はそれよりも。


「私の写真を見て、どう思うかな……」


 リュシアンにどう思われるか。

 そればかりが頭の中を巡っていた。


次のお話はリュシアン視点です。

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