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10話 知らないままでいたい


「神崎さんって今、気になっている人いないの?」


 同僚たちとのランチタイム。

 同僚の一人が興味津々で尋ねてきた。

 ご飯を飲み込むと、一切の迷いなく答える。


「いないです」

「え、でもこの間、もらったタルトが食べきれないからって、持ってきたときあったじゃない。あれって、そういうお相手からなんじゃないの?」


 隣の同僚も同意するように口を開く。


「たしかに。先週はすごい高級なチョコも持ってきたしね。あれもホワイトデーのお返しでしょ?」


 たしかに先週はホワイトデーだった。

 以前、バレンタインのときにリュシアンにチョコレートを贈ったのだが、その際に「ホワイトデーに必ずお返しをする」と書かれていて――。

 

 でも、まさかジュエリーボックスのようなケースに、鮮やかな色彩のチョコが何段にもわたって詰め込まれているとは思わなかった。

 タルトの時と同様、食べきれなかったら同僚と一緒に食べてくれと書かれていたが。


 ケースを開いたときは、あまりの量と豪華さに「ひぇ」と声が出た。


 しかも指輪の形をしたチョコもあって。

 宝石部分が琥珀色で、あまりにも綺麗なため、食べるのが惜しくて。

 今はリビングに飾っている。


「会社の人ではないよね? どこで知り合ったの?」


 同僚がニヤニヤしながら身を乗り出す。


「え、えっと。気になってる相手とかではないですが、実は文通相手でして」


 正直に話すと、同僚三人は硬直した。

 

「ぶ、文通相手!」

「何それ、素敵! どこの人? 国内? 海外?」

「……あ、えっと、フ、フランス? とか?」


 適当に答えてしまい、まずいと内心汗をかく。


 怒涛の質問攻めに慌てていると、一番年長の同僚が諫めるように口を開く。


「そのくらいにしときなよ。神崎さんが困ってるでしょ」

「あ、ごめん。つい恋バナが楽しくてヒートアップしちゃった」

「ごめんね、神崎さん」


 質問攻めが終わり、あっという間に別の話題に移る。

 心の中で安堵のため息をついた。

 女子同士の会話で恋バナはよくあることだが、まさかリュシアンについて聞かれると思わなかったので大変焦った。


 いや、まぁ異世界の住人であることを除けば、別に焦る必要はない。


 そもそもリュシアンとは恋人ではないのだから――。



♢

 


 お昼休憩が終わり、午後の業務が始まる。

 途中でお手洗いに行こうと席を立ち、廊下を歩いていると声をかけられた。


「か、神崎!」


 振り返ると、結城がそわそわした様子で歩いてきた。


「どうしたの?」

「あ、えっと。バレンタインのお返しを渡したくて」


 結城は周りを気にしながら、赤いリボンで飾られた小さな箱をさっと差し出した。

 そういえば、以前、バレンタインのチョコが欲しいと言われ、渡していたのだ。


「あぁ、わざわざありがとう」


 甘い物は好きだ。

 いつも出張のお土産で美味しいお菓子をくれる結城なら、きっとお返しのお菓子も美味しいに違いない。

 自然と口角が上がった。


 その表情をじっと見ていた結城だったが、意を決して口を開く。


「あ、あのさ。さっき昼休憩の時に、そっちの部署に行ったら、たまたま聞こえちゃったんだけど……外国人と文通してるの?」

「え……」


 まさか結城に聞かれていたとは。

 彼女たち同様、質問攻めは困る。どう回避しようか。


「あのさ、もしかして恋人?」

「え、違うよ」

「あ、そうなんだ。てっきりそうかと。イケメンのフランス人と付き合ってるのかと思ったよ」


 結城は、先ほどまでの緊張した様子とは打って変わって、あはは、と笑いながら頭をかいた。


「違うよ。そもそも顔も知らないし」

「え、顔も知らないの?」

「え、うん。変かな?」

「いや……別に知らないままでいいと思うよ、うん」

「そう、だよね」


 結城の言葉が胸にひっかかる。


 リュシアンと交流が始まり、数カ月が経つ。

 お互いの性格や置かれている環境についても、かなり分かってきた。

 ただ、顔は知らない。


 別に問題はない。

 これまで何も困ったことなどなかった。


 でも、リュシアンがどんな顔なのかは気になる。

 知りたいとは思う。

 ただ、そうなると当然自分の顔も相手には伝えなくてはいけないわけで。


「ブスだと思われたら、どうしよう」


 想像と違い過ぎて、交流をやめたいと思われたら、立ち直れない。


「ん? 神崎、なんか言った?」

「あ、なんでもない。お返し、ありがとう。じゃあ」


 足早にその場を去る。


 過去の思い出がよみがえる。


 数カ月前まで付き合っていた彼氏には、別れ際に散々なことを言われた。


『お前って、本当に見た目が地味だし、暗いし、つまんないわ』


 廊下の窓に映る自分の顔を見つめる。


 肩下まで伸びた真っ黒な髪。青白い肌。目の下にはクマ。華やかさとは程遠い容姿。


 自分の顔を見ていると、自然と眉間に皺が寄った。

 

 リュシアンには、がっかりされたくない。


 はあ、と長いため息をつき、再び廊下を歩きだした。


 リュシアンのことなら、何でも知りたいとは思う。

 でも、お互いに顔を見せ合うのは抵抗がある。


 だから、知らない方がいい。

 がっかりされるくらいなら――。


 そう心に決めていたのに。


 まさか、リュシアンから驚きの提案をされるとは、この時思ってもみなかった。

 

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