第二章:辛い俺
「もぐもぐ」
「あむあむ」
「……ふむ、美味」
「……」
不思議にほんわかした空気が流れる中、俺はこういう雰囲気に慣れずにソワソワしていた。
「ごくり。……ふぅ、お腹も満たされた所ですし、お話いたしましょう」
「よろしくお願いします」
俺は軽く頭を下げた。
「正様がトラックに撥ねられ、仮死状態になり、そこで神くじの一等が当たり、蘇生することが決定されたのは正様も覚えていらっしゃいますね?」
「ああ、もうはっきりと」
「そしてひとつ、願いを叶えてもらえると言うことも覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、結局何も神様には伝えられなかったが……」
「多分神様が正様に直接お伺いにならなかったのは……」
『ルルルルルル♪』
突然の機械音。俺の携帯だ。
発信元は……うわぁ、会社|(派遣先)だ。出ないとまずい。さっき携帯を見たら着歴はあったのだが、なんか気が重たくて後で電話しようと思っていた。俺は昨日の朝事故に遭い、そのまま今日になり、いま今日の夕方に差し掛かっている。まあそんな俺の状況なんて分からないだろうしと思って放っておいたのだが。
「悪い、ちょっと出るわ」
ミントはコクリと頷きスッと黙った。何というか、メイドだ。
「……はい、お疲れ様です。東堂です。あの、連絡が出来ませんで」
「東堂くんか?君、大丈夫なのか?」
「えっ、あ、あぁ、だいじょぶです……」
「昨日看護師が出てな、君が事故に遭ったと」
「あ、はい。そうですね……」
「いま病室か?喋れるってことは大したことじゃ無かったか?」
俺は電車で1時間半はかかる派遣先まで働きに行っている。俺の上司、コールセンターっていうのはチームが何個かあって、その中にチームリーダーって言うのが居るんだが、その人は行こうかと思ったが家族もいるだろうし、それに君もわかってると思うが繁忙期なものだから業務を優先して……などと言った。家族なんか居ないが……それに別に上っ面の付き合いだし来てくれなくても良いんだが。
「で?病体はどうなんだ?」
「あ、あの実はもう退院してまして」
「ええ!?君ね、それならまず真っ先に連絡を入れるのが社会人と言うものだろう!?」
「は、はい。すみません……」
ああ、しまった。ちょっとくらい嘘でもつきゃ良かった。そしたらちょっとくらい長い間休めたかもしれないのに……。ああいやそれはまずいな。時給が出ないのは困る。
その後上司は一通りぐちぐち言った後、明日から来るのか確認し、行くと言った俺に優しい言葉もなく電話は終わった。
「ごめん、終わった」
3人の顔はどことなく曇って見えた。ああ、嫌な気にさせてしまったか。トイレにでも篭って電話したら良かった。
「電話のお相手」
マリンがそう言いかけて、俺は被せるように言い放った。
「あ、ああ、怖かったよな、ごめんごめん」
「いえ、正様のこと、心配なさってましたねぇ」
心配?そんなのしてたか?社会人たるものどうたらこうたらとか、そんなことしか言われなかったが?
「うん、とーってもしんぱいそうだった」
「あらぁ、シャモア様も」
「正様、まだ御会社に電話して無かったのですか?」
……あれ?ミントまで?俺、なんか責められてる?
「え、あ、うん」
「そうでしたか」
ええ、俺、なんで?相手の方が正しいっていうのか?いや、そりゃ放置してたよ電話。でも俺、交通事故に遭ったんだぜ?
「……」
「ただし、どーしたの?」
どうやら俺は感情が顔に出てるらしい。モヤッとした黒い感情が心の奥から湧いてるのが自分でも分かる。
「正様?もしかして急にご気分が悪くなってしまわれたのですか?」
マリンも心配そうに俺を見る。ああ、気分悪いよ。俺はこんな感情、口にしたく無いからだんまりを続けた。
「黙っていては分かりませぬ、正様」
「……」
「正様?何かおっしゃって下さいな。どうされたのですか?」
「ただしー?どーしたの?」
「……悪かった」
「ただし?」
「俺が悪うございました」
こんな言葉しか出てこない。いや、もう嫌だ俺。すんごい心がザワザワする。
「俺がちゃんと電話しなかったからですよこうなったのは。だから、上司には怒られるし、それにお前らだって俺がめんどくせえって思ってんだろ?」
……うわ、言ってしまった。その場の感情で言ってしまった。他人なら、外の他人なら、こんなの普段言わない。でも3人とも、俺のよく知ってる顔なんだよ。だからつい気が緩んで、あー俺もう駄目だ。
「ただし、おこってるの?」
「……いや、あ」
顔が真っ赤になってくるのを感じる。ああ!最悪だ!感情が、止められない!
「正様、落ち着きなさって。お身体はなんとも無いのですわよね?退院なさったとはいえども、わたくし、とても心配で……」
俺はハッとした。ああ、そうか、単純に気分が悪いって、ああ、そうだよな、病院から帰ってきても急に身体が悪くなることだってあるよな。
「……大丈夫、別に身体は何とも無い」
「それならようございましたわぁ。シャモア様、正様大丈夫ですって」
「ただし、げんきげんき?」
「御無事ですよ、シャモア様」
ミントはシャモアに笑いかけると、俺の方に向き直った。俺は思わず体がビクつく。
「正様、会社に御連絡出来ないほど、まだ気分が悪いのかと、わたくしは心配いたしました。何事も無く良かったです」
「……え?まだ連絡してないのかってそういう意味?」
「はて?何か違う意味で伝わってしまったのでしょうか?」
ミントは拍子抜けしたように口に手を当てた。なんだ、そうだったのか。俺の考えすぎか。
「……なあ、一つ聞いても良いか?」
「なあに?」
特にシャモアだけに話しかけたつもりでは無かったのだが、マリンもミントも聴いてくれてるのは分かったからそのまま続けた。
「電話の相手、つうか上司なんだけどさ、本当に心配そうだったか?」
「うん!つらそーだった!」
「そうですわね、お話が全部聞こえた訳じゃありませんが……お声のトーンは心配そうでしたわね」
「わたしは恐れ入りますが、どのような小さい音でも聞き分ける力を持ってます故、会話の内容は全て聞いておりました」
ああ、そうだったと俺は自分の作った設定を思い出した。ミントは護衛として一級なので、超能力者ばりのことが出来たりする設定なのだった。
「その……社会人という概念や、具体的な社会の仕組みというものについて全て理解している訳では有りませんが、少なくとも相手の感情は焦りが見えたように思います。これが心配と言うならそうであるかと」
焦り。
そうか、焦り、ね。
確かに今考えたら、彼は焦っていたのかもしれない。確かにな、トラックに撥ねられたって聞いて、焦らない奴なんてそうそういねえよな。
俺は、確かに上司が放った『言葉』には、まだ引っかかるものがあったが、でも何やら少しホッとした。
「そっか。ごめん3人とも。ありがとう」
「えへー」
「いえ」
「どういたしましてぇ」
俺は3人と笑顔を交わした。なんかこそばがゆいな。感情がすっと落ち着いてきた。
「あ、そうだ。忘れてた。話の続きだったな」
「そうでした」と言って、ミントは改めて咳払いをした。
「神様は、正様が自分の本当の願いごとをわかってらっしゃらないと思われたようです」
「は?どう言うことだよ、それ」
「いや、わたしも分からいでも無いのですが……口で説明するのは難しいものです」
「正様、正様だけではありませんわ。ヒトと言うものは、結構自分のことは一番分からないものですわ」
「うーん……まあいいや、んで、何の願い事が叶ったんだ?」
「それが……分からないのです」
「な、なんじゃそら!?」
「目覚めたわたしたちの目の前にあったのは、神様からの御手紙でした。そこには正様の願いを叶えるためにわたしたちが遣わされたことが書かれており、簡単に経緯もあったのですが、最後に一文、『奴自身が一番叶えてほしいと心の奥底で思っとるとっておきの願いを叶えたからな!』で御手紙は終わってしまいました」
「そうか……」
自分のことながら願いごとの詳細が分からないとは歯痒いもので、でもこの3人が現実化してるって事は、俺の一番の願いごとはそうだったんだろうか……?なんか違う気がすんだよなあ……。
「シャモアね、シャモアはただしのおねがいごと、しってるよ!」
(つづく)