第一章:急に家族が増えた俺
「……はっ!」
病院だ。すぐにわかった。まあ良くあるパターンっちゃ良くあるパターンだし、俺はトラックに撥ねられて死にかけて神様爺さんに会ったことまで一瞬の内にすべて思い出したからだ。
「あ、東堂さんお目覚めですか!いまお医者さん呼んで来ますのでね、大人しくしててくださいね」
集中治療室?っぽい所でもない。なんつーか普通の病室。って言うか俺、トラックに結構真正面から大当たりしたんだけど、どっこも痛くない。
*
「と言うことでね、奇跡的に東堂さんはどこも悪くないんです、助かったんですよ。いやあ信じられない」
「……はあ」
信じられんのは俺だ。どうやら気絶している間、外傷が見当たらないので上から下まで調べられまくったらしいが、どっこも異常がなかったようだ。ついでに血液検査も異常なし。
あれよあれよと言う間に気づけば退院し、俺は帰路についていた。時間は昼過ぎで、うららかで心も清々しく感じる天気だった。
「何だったんだ……」
不思議と体が軽い。最近疲労困憊で吐き気を催す日もあったのだが、今はびっくりするくらい自分が健康体だと分かる。まあ退院祝いだと自分のために、俺は久しぶりにドーナッツなんか買ったりして、自宅のアパートの扉まで戻った。
「はしゃぎ過ぎたな。こんなに買ってどうすんだドーナッツ」
と、途端。扉が勝手に開いた。
*
「……うっ、うわあああああああ!!??」
俺は条件反射でめちゃくちゃ叫んだ。当たり前なんだ。俺は友達も彼女も居ないし、親だって小さい頃どっちも死んだし、親戚付き合いなんか皆無だし!ぼっちなんだよぼっち!それなのに自宅が勝手に開くなんておかしいだろ!
「たーだし!おかえり!」
「……」
完全に腰を抜かした俺の目の前に居たのは、6、7歳くらいの女の子だった。服装はいわゆるロリータ服で、薄いピンク色の髪は前髪がぱっつんで、両サイドは少しだけ髪を取ってツーサイドアップにしている。目は不思議な赤色だ。無邪気そうにニコッと笑うその姿、俺はこの子を知っている。
「シャモア……?」
「そーだよ、ただし!」
え?あ、嘘でしょ?だってシャモアは『俺の作った想像上の人物』だぞ?しかももう10年も前の話だ。だけどこの姿、雰囲気、どれを取っても、間違いなく俺が作ったシャモアだ。
「正様ぁ?お戻りになられたのですか?」
「申し訳ありません、わたくしども、ついさっき目覚めたところでして、お迎えにも行けず……」
シャモアの後ろから続けて現れた17、18歳くらいの女の子ふたり。片方はミニスカニーソのメイドさんで、豊満な体型と、腰より下まで伸ばした海色の髪は、全体的にふわっと丸いフォームを形作っていた。そしてもう片方は超ロングスカートのメイドさんで、おかっぱのイエローグリーンの髪は、実は前から見えないが、後ろの一部だけ長くてリボンで結ってある。キリッとした顔立ちに全体的にピシッとした人物だ。
ああ、このふたりも知ってる。
「マリンと……ミント?」
「はい!そうですよぉ」
「正様、お久しぶりです」
ポロ……ッ。
「……!」
俺は自分で驚いた。勝手に涙を流していたからだ。
「ただし?悲しいのか?」
「どうしました!?正様!」
「わたし達が何か悪いことでもしたかしらぁ」
「……いや違うよ」
なんか懐かしかったんだ。
*
俺は小さい頃から頼れる大人が居なかった。安い小遣いをくれる、とりあえず死なないように面倒を見てくれるたらい回し方式の親戚たちは居たが、別に愛と言うものは感じたことなかった。
気づけば、一人の世界に引きこもる人生になっていた。
そんな中10代後半で、急に創作というものにハマった俺。絵は上手く描けないし文章はヘッタクソだし、それでも自分が思い描いた『旅するお姫様、シャモア』と言う物語に没頭した。シャモアというある幼いお姫様が、いつか一国を担う運命で、その修行のため冒険の旅に出かけるが、幼い姫を一人で行かせるわけにはいかないので、家事全てが一級のメイドと、護衛全てが一級のメイドをお供に頑張るって言う話だ。
他人から見たら酷い出来だったろう。しかし俺は絵も文章もダメなのに、更に興味を広げてフィギュア作りに手を出した。
ところがどっこい、フィギュア作りだけは何故か妙に上手かった。と自分では思っている。フィギュア作りって言っても金は無かったので、ゼロからペタペタ作る、フルスクラッチフィギュア作りだ。材料は超低価格で揃えるものを見繕い、針金とパテ……は高くてフィギュアの芯のところだけ……で、足らないところは紙粘土……なんとかくっつけて……最終の色塗りは学校で余ったアクリル絵の具に筆オンリー。などなど、完全独学で何とか作っていた。
別に他人に見せるわけじゃ無いので、自分が楽しければそれで良かった。不思議とフィギュアを作り出してから絵も上手くなっていって、楽しかった。
あの時は。
そう。あの時は毎日楽しかった。
生きるのには金がいる。
高卒で働き始めた俺は、アルバイトを経てさっさと親戚から離れ、派遣社員を渡り歩いて食いつないで、気がつけば物語のことなんて思い出せなくなっていった。金があれば心に余裕もあったのかもしれないが、こんな人生金なんかあるわけない。作った物語とその残骸は、雑多に押入れの奥にしまっていた。
いまシャモアとマリンとミントを見たから思い出したんだ。
「落ち着かれましたか、正様」
「え、あ、う、うん」
丸い小さいテーブルに、床に直座り。俺を左斜め前から見るミントにドギマギした。自分の作ったキャラクターなのに、普通に緊張する。
「ただし、シャモアのことおぼえてる?」
「えっ、あぁ、うん……覚えてるよ」
真前にはシャモアが座っていた。嬉しそうに話すシャモア。俺はちょっと罪悪感に苛まれた。覚えてるんだが、忘れてたし、長いこと押し入れに突っ込んでいた彼女たちに今さらどんな顔すれば良いのか……。
「うふふ、お茶淹れましたぁ。どうぞ」
ふわっと緑茶が香る。あれ?俺、こんな良い匂いのする緑茶買ってたっけ?コトンと目の前に置かれた茶飲みには、茶柱が立っていた。
「わ〜!正様ラッキーですわねぇ」
皆に茶を配ると、マリンも腰を下ろし、俺の右斜め前に座った。
「さて、落ち着いた所でご説明しますが」
「……ああ」
そうだ、俺はこの事態を何一つわかっていない。ミントがこほんと小さく咳払いをする。
「まずドーナッツ食べましょぉ?」
「わーいどーなっつ!」
こけっ。俺は漫画みたいにずっこけてしまった。
「おいおい!このタイミングでか」
「だってお腹空きましてぇ」
「シャモアもおなかへったー」
「それでは食しながらご説明しましょう。わたくしはハード系のドーナッツが良いのですがございますか?」
「……あるよ」
俺は馬鹿みたいな量を買ったことを、なんか分からんが結果オーライで良かったと思うのであった。
(つづく)




