終章:少し自分に優しくなれた俺
「本当か!シャモア!」
なんと俺の願いごとはシャモアが知っていた。俺は一口茶を口に運んで、シャモアの次の言葉に期待した。
「うん!ただしはね、『おかえり』っていってもらいたいんだよ!」
「……え?」
「どう言うことですの?正様」
「いや、俺にも分からないよマリン。シャモア、いったいどう言う意味だ?」
「だからね」
シャモアは急に立ち上がり、部屋の隅にいつの間にか出してあった古い段ボールの中身を持ってきた。
そう、あのみかんの段ボールに、俺は楽しかった過去を全て突っ込んで忘れ去ったのだ。
シャモアが持ってきたそれはノートだった。覚えてる、これは描いてた漫画の最後の巻ノート。俺は自分が読むがためにノートをまるで本当のコミックスのように、表紙と裏表紙を描いていたんだ。懐かしくって、どこか恥ずかしい。でもその漫画の登場人物である3人が目の前にいるから不思議な気持ちだ。
「このさいごのところ!シャモアがね、おしろにかえるところ!おとうさまとおかあさまが『おかえり』っていってくれるところ」
「……あぁ、最後の最後だな」
「ここ、ただしが、いっちばーんうれしそうだったよ!」
やめてくれよ、もう一気に思い出したじゃないか。
このシーンは、俺のお気に入りなんだ。でも歳を重ねて、現実を見れば見るほど、自分が描いたこのシーンが辛くなってきて、もうノートを見るのも嫌になって。でも捨てきれなくって。
ああ、まただ。また勝手に目から汗が。
俺、他人に自分が泣いてる姿、今までこんなに見せたことないぞ?
「ただし、かなしいの?それともシャモア、はずれ?」
「……いや、きっとそこまで外れじゃないよ……」
「よかった!シャモア、ただしがよろこんでくれるとおもって、だからいちばんさいしょに『おかえり』っていったの!」
「そっかそっかあ……ありがとな」
年甲斐もなく泣く俺に、マリンとミントは優しく気を遣ってくれた。
「正様、もう一杯、お茶お淹れしましょうか?」
「ドーナッツもまだ有りますよ」
「ああ、うん……。貰おうかな」
*
次の日。少し気が重いながらも、ちゃんと出勤した俺は、上司にまず謝罪した。
「東堂くん、今日はよければ家まで送ろうか?今日なら私も何とか時間の都合がつくだろうし」
その言葉に驚いた。真意は正直分からないが、心配してもらっていると言うことだけは分かった。だが本当に俺は何とも無いので、丁重にお断りした。
「ありがとうございます」
「ああ、今日もしんどいなら早く帰れ」
もしかしたら、俺は自分が思っているよりは、優しい世界に住んでいるのかもしれない。少しそう思えた。
*
そして昼休憩の時間が訪れた。俺はコンビニで適当に買ったサンドイッチとコーヒを持って、会社近くの公園に来た。ベンチにどすっと腰を下ろす。
「ふぁーあ、ねっむ……」
俺は前日、まさか川の字で眠る3人に混ざることなんて出来ず、だからってリビング一部屋しか無いアパートはソファなんて無いので、川の字から離れた隅の方で、三角座りして寝た。もちろん寝た気はしない。身体は元気だがめちゃくちゃ眠たい。
だけど、早朝に目が覚めたとき、やっぱり3人が現実化したままであることがわかって、安心した。それに朝の日の光も相まって、妙に幸せだった。
ふと携帯を見ると、自宅から電話がかかって来ていた。早速教えた通り、電話をかけてきたのだろう。
留守電を再生すると、マリンの声が最初に聞こえた。
『あ、これ、これで良いのかしらぁ?正様?聞こえてらっしゃいますか?』
『ルスデンというやつであろう。確か正様はそのまま用件を喋ると仰っていたな』
『そうですわね、じゃ、お話ししましょう。正様、お部屋をお掃除してましたら、お金をたくさん見つけましたので、今日はこれで美味しいものをたっくさーんご用意いたしますわね!お買物の仕方はわたくしたちの世界観とあまり変わりませんわよねぇ?ミント』
『まあ、店の者に聞けば分かるだろう。それにわたしは昔、フィギュアの骨組みの状態で正様に付き添わさせて頂いたことがあるが、見た目は違うものの、仕組みは大して変わらなかったように覚えている』
『そもそもお金ってこれであってるのよねん?』
『それも聞けば分かるだろう』
『まりんー、みんとー、おでかけおでかけー』
『はーいシャモア様!じゃ、行って参りますわ正様!あれ?これどうやって終われば良いのかしらぁ』
『これを置いて』
ツーツーツー。切れた。かかってきたのは、およそ2時間前。
マリン、ミント、その金な、俺の今月の家賃と光熱費なんだわ……。
2時間も前なら、いまはもう金はメシに変わってんだろうなー……。
「……うう」
ベンチのど真ん中で、俺は一人静かに泣いた。
「……、ま、いっか」
見上げた空は昨日と相変わらず、うららかな陽気だった。
(おわり)




