第69話 Story about ロザリオ 16-3
「戦いの趨勢はともかく、率いて来た諸部族がこうも簡単に四散するあたりに、予の治世が思惑通りには運んでおらぬことが示されておる。
力による抑圧の、限界だろうか? 」
虚心坦懐。
皇帝のキョセ・ミハルに問いかける声に、ロザリオはそんな印象を持った。
「恐れながら、左様と推察いたします。
力づくで事を強いられる者は、それを完遂することよりも、力から逃れることを第一に考えます。
そんな思考までをも抑圧できる力は、存在しません」
「力は心を支配できぬ、と言いたいのだな」
「御意に御座います。
一部の者を、一時的に表面的に服従させられたからといって、力を過信してはいけません。
多くを末永く率いることは、力だけに頼ってはできぬのが道理です」
「しかし力は必要だ。一時的であれ、一部の者だけであれ、表面的であれ、力で抑え込む以外にどうしようもない事象はある。
お前の言うように、エクパティアの圧政から我が祖先が逃れるにあたっても、一時的で限られた者だけに表面的にではあったが、かの国の支配を力で排除したことで、建国への途に就けた。
そこから勢力を伸ばすにあたっても、それぞれに身勝手で己のみの都合を振り回す諸勢力を糾合し、建国という一つの目標に向かわねばならぬからには、力で抑え込むことは不可欠だった。
建設成った国が栄えるに従っても、より厳格な秩序が求められる場面は増えて行く。
一方で、民の多様な要求も拡大する。力を使わずして、どうして国を束ねられよう。
我が帝国は何かを壊す局面から、維持し育む局面に至っていると、お前は指摘した。
確かにその通りなのかもしれぬ。だが、それでも、力による抑圧が必要ない状態に、届いておるとは思えぬ」
「しかし、力によって束ねたものは、力が弱まった途端にバラバラになってしまいます。
そのことは、今しがた陛下の軍が、雄弁に物語りました。
力以外の何かを用いなければ、この先の帝国の運営は、おぼつかないものと言上させて頂きます」
「力を加えずに、動くものなどあるものか。事物に作用を及ぼすためには、必ず力が求められるというのが、この宇宙の理ではないのか」
否定の言葉の裏にある、否定ではない気持ちが、ロザリオには見える気がした。
長らく信じてきた何かを振り払うために、己が背中へのもうひと押しが欲しい。
若き皇帝テメノスの眼の中に、それを見て取った。
「モノは、力を加えずには動きませんが、人は動きます、陛下。
陛下が動かそうとする以前から、人はそれぞれの欲や責任や感情に煽られて、それぞれに動き回ります。
その動きに、一定の筋道を指し示すのが為政者でしょう。
それぞれの事情を斟酌した上で、皆の幸福を最大化した、皆の苦痛を最小化した、そしてなにより、不平等をできる限り排除した筋道を指し示すことができれば、多くはそれに従うのではないでしょうか。
その上で、どうしても従わぬ僅かな者に対してのみ、力は行使されるべきでしょう」
皇帝は長考した。まだ納得はしかねるようだが、一定の結論に自身を導こうとしているように見えた。
「常ならば、一笑に付していたであろう綺麗事だが、こんな醜態をさらした直後とあらば、いつも通りとはいかぬ。
2度も率いた軍が四散した現実は重い。
しかも、2度にわたって子ども扱いと言い得る完敗を喫し、2度共にとどめを刺さず助けられた相手の言となれば、無視し得ぬ。
少なくとも、今回四散した諸勢力に対しては、力で従わせるのではなく、それぞれの事情を斟酌して最善の道を模索するというやり方を、試してみようではないか。
それが正しいやり方という確信は持てぬが、力で従わせようにも、その力をお前たちに粉砕された現状では、なす術はない。
武力だけでなく、権力も財力も、お前たちのおかげで粉々だ。
お前の言うやり方以外に、取り得る道はなさそうだ」
「素晴らしきご英断に、感謝し、感服いたします! 」
喜ぶより驚いた感じで、キョセ・ミハルは声を張り上げた。「これほどすんなりと進言を受け入れて頂けるなど、予想もしませんでした。
さすがは、大帝国を治める皇帝陛下であらせられます。
恐るべき度量の大きさに、驚愕を禁じ得ません」
「余計な賛辞はいらぬ。
それより、前回の戦闘で四散したり敵対したりした諸勢力と、会談の場を持ちたい。
お前たちにその手配をしてもらおう。会談への立ち合いも求める。
キョセ・ミハル、間違いなくお前が立ち会うのだ。
この条件が容れられるのであれば、帝国の核心的利益を一方的に押し通そうとするのは、止めるとする。
だが、こちらの利益を主張することを、止めるわけではない。
同様に、全ての勢力にそれぞれの核心的利益を主張させよう。
そして、全ての勢力にとって有益で、かつ平等なやり方を、共に探ろう。
そのように、全ての勢力に呼びかけてくれ」
「了解いたしました。直ちに、間違いなく全て、仰せの通りに手配いたします」
モニター越しの対話を終えると、帝国艦は帰途に就いた。
チーフ・ミハルからの修繕の申し入れは断り、ズタボロの艦ではあっても自力で帰り着いて見せると胸を張った。
「あんな説得が、本当に帝国を動かしただなんて、未だに信じられないよ」
シェリングは興奮気味に、チーフに話しかけた。
「今回は、でき過ぎだ。正直、私自身も信じられない。
おそらくあの皇帝は、前々から帝国流の統治に疑問を持っていたのだろう。
地球連合における様々な統治形態も、勉強していたに違いない。
今回のことは、最終的なきっかけを与えただけだ」
キョセ・ミハルも興奮気味だった。
自惚れを自重しつつも、嬉しさを隠せていない。
「では早速、諸勢力への呼びかけを始めようか。ミス・マニエラ、忙しくなるぞ。
全ての勢力に、間違いなく会談に参加してもらわなくちゃならないからな」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/12/9 です。
皇帝が影武者である可能性を誰も考えないのは不自然かな? という思いもありつつ、向こうから顔出ししておいて偽者ってことはないと考えたとしても、不自然ではないのかな? とも思いました。
よく分からなかったので、話をスムーズに展開させることを優先し、皇帝が本物であることはすんなりと受けいれられることにしました。
皇帝があっさりと施政方針を転換する辺りも、不自然と言えば不自然でしょうが、元から考えていたことだからという言い訳で、強引に正当化してしまいました。
荒唐無稽は極力排除し、シミュレーション的に展開させるというのが本物語の基本方針であり、それは今回もどうにか堅持できていると自分では思っているのですが、読者様はどう思われるでしょうか?
それにしても、こんなにトントン拍子で上手く事が進むのはおかしいという意見もあるかもしれませんが、結果的には上手くは進まなかったのだということが、プロローグを思い出して頂ければ分かると思います。
今回のような経緯でせっかく生みだされた友好ムードや戦争回避への努力は、この後、水の泡になってしまうわけです。
チェルチェン近郊の会戦という悲劇から物語が書き起こされたことを、作者としては、ご認識頂きたいところです。
上手くいかなかった結末を強調するために、上手くいきすぎた場面を描いた展開に、リアリティーはあると見るべきか、無いと見るべきか、その判断は読者様にお預けするしかありません。




