第66話 Story about スパルタクス13
「意見が割れるのは仕方ないことだ。
だが、短気は起こさないよう願いたいな、お前たちには」
族長がそう釘を刺すくらいに、彼らの中では意見の対立が起こっていた。
同盟勢力に対して強い統制が必要とする一派と、必要ではないとする一派が、アールパード族内部で主張を戦わせた。
勝手な意見表明は、全体の統制に悪影響を及ぼす。
帝国への対応が急務なこの時期には、言論統制は必要だ、と前者は主張した。
それに対して後者は、過度な束縛こそ同盟諸勢力の不信や反発を招き、結束にひびを入れる。
帝国への対応の重要性は理解してくれたはずだから、同盟諸勢力の自主的な判断を信じるべき、とやり返した。
「我らが同盟する理由は、ただ帝国の脅威に備えるためだけではない」
ロカレーンは、両派を前に自説を展開した。「全ての勢力が、その住民が、幸福を実感できる連合国家を樹立することこそ、我らの真の目的だ。
それには、自由に探し、自由に選び、自由に比較し、自由に勝ちとり、自由に発言し、自由に共有し、自由に共感することが絶対的に必要だと思う。
言論統制は、その目的や効果に比して、あまりに多くを人々から奪ってしまうように、私には思える」
こうして、族長の判断として、強い言論統制はおこなわないと決定はしたが、
「甘いぜ、族長。個人の幸福以前に、ガウベラの侵攻を許しちまったら、生存すら危ぶまれるんだぜ。
そうならないためにも、今だけでも、強い統制は必要だぜ」
「そうだ。幸せなんて今は贅沢だ。
生きるか死ぬかの時なんだ。俺も統制は、強化すべきだと思うぞ」
と、反論はとめどもなく噴き出した。
それでも、勝手な行動を起こす者はいない。
誰もが自由闊達に意見を口にするが、族長の決断には全員が従う。
意見と行動をしっかり区別する。
そんなことが、アールパード族では当たり前のようだ。
ロードへの絶対服従が当たり前で、反論など口にするどころか、想起することすらなかったかつての自分を、スパルタクスは苦々しく思い返した。
「気に入り始めたようね、アールバード族での生活を」
セシリアは、彼の心を隅々まで見通したような顔で言う。
「ああ。航宙民族にも、色々あるものだ。遠くの帝国の影響域から、長い旅をしてきたことが影響しているのか、アールパード族には、他には無い自由な空気がある。
俺のことより、セシーは本当にいいのか。あの保安機構の戦闘艦には、お前の友人ロザリオ・マターが乗っているのだろう?
ロカレーンも、黙っているのが苦しくなるくらいに、あの艦の連中はお前の身を案じていたそうではないか。
戻ってやらなくて、良いのか? せめてここで無事に過ごしていることくらい、伝えてやったらどうだ?
間もなく、集落船の発進だ。そうなれば、当分は彼らに会えなくなるのだぞ」
「うん・・・・・・私も迷ったけど、私がここにいるとはっきり知っちゃったら、やはり彼らは、保護しない訳に行かなくなると思うの。
ロザリーには申し訳ないし、心配かけて心苦しいけど、黙っていようと思うわ。
無事ならそれで良いって言葉に、甘えておくわ」
「そうか。お前を騙してプルシャプラに向かわせた、どこかの国の幹部の件は聞いたか?
キョセ・ミハルが、もし地球系に会うことがあったら伝えてくれと言って、この件を通信で連絡してきたらしいが、どうもお前個人を意識しているように思えるぞ」
「そうね、気付いてはいるでしょうね、私がここにいるって。
まあ、ロザリーは鈍感だから、気付いていない気がするけど、ある程度察しの良い人なら気付いているでしょうね。
それで、ターロック・マクロクリンの失脚は朗報にあたると思って、教えてくれたのね」
「姑息な嘘で、1人の女の運命を狂わす男だからな、失脚は朗報だな」
「でも私は、騙されたわけじゃないわよ。
ロカレーンにも言ったけど、担当孤児の親族に会えるなんて、全く期待してなかった。
そもそも担当していた孤児は、ちゃんとした引き取り手が決まっていたから、親族を見つけるのなんて必須じゃなかったわ」
「しかし、培養奴隷に対する好奇心だけで、そんな無謀な行動に出られるものなのか? 」
「好奇心だけじゃ無いわよ。あの担当孤児が培養奴隷出身だって知って、培養奴隷というものをもっと理解して有効な対策を考えないと、あちこちでこんな可哀そうな子が出て来るって思ったのよ」
「だが、培養奴隷に拉致されることまでは、頭に無かったのだろう? 」
「それはそうよ、あんなことになるなんて。
バーラーブに行って、安全に集められる情報だけ集めるつもりだったわ」
「そ・・・・・・そうか。そうだろうな」
こうつぶやいたスパルタクスには、激しい逡巡が訪れた。
言うべきことを、言いたくないが、言わずに済ませて良いとも思えない。
「え? 何? 」
逡巡に気付いたセシリアが促す。
「あ・・・・・・ああ」
意を決して話し出す。「やはり、戻った方がよくないか、地球系の者たちのもとに?
戻って欲しくはない。俺にとっては、セシーが戻っていくのは耐えがたい苦痛だ。
でも、強い信念や目的をもって色んなことに取り組んで来たセシーが、俺なんかの予期しない拉致によって、こんなにまで人生を変えられてしまったままでは・・・・・・」
「だから、タックの傍に居続けることが、私の信念や目的に沿った生き方になるのよ」
「そう・・・・・・だろうか?
孤児のために頑張っていたセシーが、俺なんかのために。
マイ・ロードの手先となり切って、多くの人々を傷つけてきて、そのくせ、女の色香にたぶらかされて、簡単に考えを覆し、自己保身のために逃げ出して・・・・・・」
「ねえ、私、タックをたぶらかしたことになるの? 」
「え? あ・・・・・・いや」
初めて見る表情の変化に、ゾッとする。「違う。たぶらかしたなんて、言葉を間違えた」
傷つける言葉だったとの自覚に、激しい動揺が襲う。「そ・・・・・・そうじゃない。セシーに、何か問題が・・・・・・あったわけ、じゃない。そんなはずはない。
俺がダメなんだ。そう言いたかったんだ。
ロードに忠誠を誓ったことも、セシーと出会って考えを覆したことも、結局は我欲や自己保身にまみれてのことに過ぎなかった。
今になってそれがわかった。地球系の者たちの、セシーへの献身的な態度などを知るに及んだ今になって、自分の身勝手さに気付いたのだ。
彼らから見れば、俺など不浄な存在に違いない。
そんな俺と一緒にいることは、セシーにとって、いいことであるわけが・・・・・・」
「人間なんて、皆不浄なものよ。
タックだけじゃない。
私だって、ロザリーたちにしたら不浄にしか見えないことを、色々してきたのよ。
担当の孤児と、肉体関係を持ったことだってあるのよ。
とびきり不浄でしょ? 」
ガツンと頭を殴られた気がした。
それほどの衝撃を、今の発言から受けた。
(そんなにショックな事なのか、自分と出会う前の、セシーの異性関係が?
孤児が相手だから、ショックなのか? 孤児とは性機能の発現前の年齢との、勝手な決めつけが間違っていたことへのショックなのか?
幼い子への善意のみの親切を、根拠もなく一方的に想像して、そうじゃなかったと知って、ショックを受けているのか? )
孤児との関係を知ったショックより、そんなことにショックを受け、セシリアとの間に壁を感じてしまっている自分が情けなかった。
自己嫌悪が、深く深く、心に突き刺さってくる。
更に、こんな言葉を投げかけたセシリアの気持ちが、怖かった。
それを言えば、彼が壁を感じるようになるだろうと、分かっていての発言だと思えた。
壁を作ったのは自分でも、壁を作らずにはいられないだろうと分かっていて、孤児との関係を告げて来た。
傷つける言葉を放ったことの、恐ろしすぎる代償だと思った。
忠誠を誓い続けて来たロードを裏切った彼にとって、欠くことのできない心の支えのはずのセシリアとの間に、できてしまった壁。
それを前に、スパルタクスは途方に暮れる思いだった。
(やはり、セシーには、地球系に戻ってもらうべきなのかも。
本人も、心中ではそんな気になっているかもしれない。
どうやって説得したらいいか分からないが、いつか、それを言わなければ・・・・・・)
こんな考えを巡らせながら、壁を挟んだセシリアのすぐそばで、ベッドに腰を沈み込ませた。
今彼らは、スパルタクスが元々使っていた住居艇の中の、かつてはセシーを監禁したモジュールにいた。そして住居艇は、集落船の格納庫に収容されている。
バクトラ王国を離脱した際に、新たな戦闘艇をマゼーパ族から貸与されたのだが、ミドルスクワッドのカピタンに就任して部下が増えたことで、その戦闘艇は部下に使わせ、自分は元の住居艇を再び使うことにしたのだ。
人数の増加に戦闘艇の準備が追い付かない間は、使えるものは何でも使うしかない。
この居住艇に乗っていると、ロードの声を聞かされる可能性のあることが、使うのをやめた理由だったが、もうその心配もないだろうと判断していた。
あれから時間も経っているし、バクトラ王国の支配域からはかなり離れた。
もう、この住居艇がロードの声を聞かせることなど無いだろう。
皆が一致してそう判断していた。だが、
「我が僕たちよ、聞け! 」
住居艇の中、見えない壁越しで気まずくはあるが、それでもセシリアと2人だけの時間を過ごしていたスパルタクスの耳に、突如ロードの声が響いた。
「ロ・・・・・・ロード、マイロード」
この声は、未だに彼の心を大きく揺さぶる。
「私の指定する座標を、今すぐ目指せ。今どこで何をしていようと、どんな任務を帯びていようと、誰の指揮下に入っていようと、それらは全て忘却せよ。
私の指示だけに従え。何もかもを捨て去り、指定座標を目指せ。全ての我が僕に伝えている。
良いな。必ず、直ちに行動を起こせ。現状の指示も任務も忘れて、指定座標を目指すのだ」
「あぅ・・・・・・ああっ」
「大丈夫、タック! 」
頭を抱えるスパルタクスに、縋りつくセシリア。
指示に従わねばという心奥の叫びと、従ってはいけないという頭での認識が、頭痛に結実して彼を苦しめる。
「う・・・・・・うう、うむ、だ・・・・・・大丈夫だ」
数分は苦しんだが、スパルタクスは気持ちを立て直した。「大丈夫だ・・・・・・だが、何だこの指令は。こんなことは、初めてだ。今までに経験がない。
全ての培養奴隷に、一斉召集をかけている。こんなこと・・・・・・。
いったい何が、起こっているのだ? 」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/11/18 です。
SFを書くに当たっては、ネーミングセンスがものすごく重要で、尚且つ自分にはそれが全く無いということに、最近になってようやく気付きました。
直近で読んだSF作品に、オシャレでカッコ良い名称が溢れているのを見せつけられ、課題の山がさらに高くなったと感じさせられています。
マゼーパ族の生活の場となっている宇宙船を「集落船」と名付けましたが、SF的なカッコ良さというのが微塵も無い命名だなと、我ながら思います。
あれこれ迷った末に、全く良いのが思いつかず、仕方なしに決めたのがこの名称でした。
カタカナ語にするとか、英語表記に日本語のルビを振るとか、英語表記の頭文字をとったアルファベットの略語にするとかといった候補も考えました。
が、どれもしっくりこないという印象です。
「航宙民族」の「集落船」というのは、遊牧民族の使うゲルが発想の原点で、定住場所や明確な拠点などを持たず、住居と共に絶えず移動し続ける生活の一環として考えています。
素朴で粗野な印象でしょう。
そんな印象とSF的なカッコ良さを同居させようというのが、そもそも無理な事なのかもしれません。
ですが、一流のSF作家さんはそんな条件でも、SFらしいカッコ良い名称を思いつくものなのかも知れません。
その辺りは良く分からない部分ですが、とりあえずは自分に書けるものを書くしかない、という方針の下、ダサいネーミングのままで物語を進めて行こう思います。




