第56話 Story about スパルタクス 9
「残念な報せを、伝えねばならん」
交渉から戻った、ポフダンが告げた。「ニーシャプールでは、つい最近強力な航宙民族との用心棒契約が成立したので、我々との契約は不要と言われてしまった」
「なんだって! どこの部族だ、俺たちの客を横取りしやがったのは」
こんな時にも明るい口調で、ドラヴァレットは声を張り上げた。
「名前は秘匿とされてしまったのだが、なんでも20年ほど前に、北辺暗黒天体群域に姿を見せるようになった部族で、多くの定住民から高い評価を得ているそうだ。
真偽は不明だが、遠くの帝国の影響圏から2百年をかけて少しずつ移動して来る間に、多くの定住民と交流を重ね、信頼を勝ち取ったそうだ。
眉に唾したくなる内容だし、私にはそんな部族に心当たりがないのだが、あのニーシャプールがそう言うのだから、あながち間違いとも思えぬ。
いずれにしても我らは、計画を根本から見直さなくてはならなくなったな。
ニーシャプールほどの勢力を誇る定住民は、滅多に見つからないから、小規模な定住民と数多く契約を結び、何とかバクトラ王国に対抗できる力を養わなければならない」
ポフダンの眼は深刻だ。
それを聞いたドラヴァレットも言葉では深刻に、
「雑魚をいくら掻き集めても、大物と同じって訳には行かねえぜ、族長」
と否定的に言って見せるが、なぜか表情は明るいままだった。
「しかし、遠くの帝国の影響域から20年ほど前に、この辺りにやって来た部族など、バクトラ王国時代にも聞いたことが無い。
いったいどんな部族なのか、気になるな」
スパルタクスは、そちらに考えを巡らせていた。
バクトラ王国よりその新参部族の方が、彼らの今後を左右するのではないか。そんな予感があった。
しかし、とにかく今は、小規模でも定住民との契約を積み上げ、勢力を拡大させるしかない。
そう割り切って動き出そうとした途端、予測しない通信を受け取った。
「私は、アールパード族の長、ロカレーンだ。
マゼーパ族の長、ポフダン殿と話がしたい。
ニーシャプールがあなた方の詳しい情報をくれないので、探し出すのに苦労したのだが、方々の定住民に粘り強く尋ね回って、あなた方の大まかな居場所だけは突き止めた。
だが正確な座標は分からないので、広範に放つ通信で呼びかけ、返答を待つことにした。
最近ニーシャプールと用心棒契約を結んだのは、我らアールバード族だ。
そちらの鼻先をかすめる形となって心苦しいが、この件について交渉したい。
我らの居場所の座標を以下に示すので、是非我らにコンタクトして欲しい」
当然のように怪しんだし、警戒もしたが、ポフダンは示された座標へと旅立った。
「バクトラから独立し、ヤツらと対抗できる勢力になろうとするからには、それなりにリスクは背負わねばなるまい。
小規模な定住民との契約を積み重ねるだけでは、やはり厳しいからな、こんな危なっかしいオファーにも手を出さざるを得ない」
悲壮な覚悟で出立したポフダンだったが、数日後に戻って来た時の表情は明るかった。
「信頼できる人物と見たぞ、アールパード族のロカレーン殿は。
自分たちが紐帯となって、航宙民も定住民も含んだ多くの集団との間に、ゆるやかな連合体を組織し、ガウベラ帝国やバクトラ王国などと渡り合える勢力に仕立てようとの野心をもっておられた。
遠くの帝国の影響圏に2百年ほど前まで居たというのも、そこからの移動途中に百余りの定住民と用心棒契約を結び、それらの拠点や交易路を防衛して信頼を勝ち取ったのも、事実と信じてよさそうだ。
それを評価したニーシャプールとの契約で、彼らの勢力はいよいよ伸長する。
今でも我らの20倍近い勢力があるらしいのだが、更に拡大すると言っていた。
その彼らが、われらとも同盟を締結し協力し合いたいと申し出てくれた。
いい話だと思っている」
「けど、そんな大きな一族と結ぶとなると、我らマゼーパ族がアールバード族に、吸収合併される形になってしまいかねないな」
「場合によっては、それでもいいと思っている。
定住民を蔑視することも、略奪の対象とすることもなく、対等の立場で緩やかに平和的に連合体を成して行こうというのであれば、我らが彼らの一部となることを甘受してもいい」
族長が決断してからは、展開が早い。
同盟が正式に締結され、アールバード族が用心棒契約を結んでいたいくつかの定住民の護衛を、マゼーパ族が担当することになった。
マゼーパ族は収入も倍増したが、緊急の場合の相互支援体制が確立されたのも、安心材料だった。
物資の面でも交換や貸し借りにより、以前より有利な調達が可能となる。
一方で棲み分けや分業も明確にされ、互いへの干渉は最小限とし、それぞれの主体性や独立性が担保されるような締約内容とされた。
この中で、スパルタクスにも相応の立場と責任が与えられた。
今後もマゼーパ族の客人の立場は変わらないが、評価に見合う役割を担ってもらおうとのポフダンの考えだった。
彼の仲間たちが、それぞれ3・4人の部下を与えられ、彼自身にも直轄の部下が新たに4人与えられ、30人を擁するミドルスクワットのカピタンとなった。
ドラヴァレットの率いる2百人2百艘の戦闘艇軍団の、一翼を担うことになる。
マゼーパ族とアールパード族の同盟締結調印式にも、スパルタクスは出席した。
初めて見るロカレーンは、骨ばった顔に筋の通った鼻を持ち、やや堅物な印象はあるものの、誠実で思慮深い話しぶりには好感を持てた。
「2百年前には、我が一族は遠くの帝国と、同盟を結んでいたのだ」
ロカレーンは、調印式に付随した晩餐の席で語った。「その頃にはライと号しており、後にはクチに代わったと聞くが、現在の国号は分からない。
その帝国が、当初は善政だったが、皇帝の代替わりに伴って悪政に傾いた。
我らアールバード族へも、無礼な態度で厳しい要求を突きつけるようになり、袂を分かったと伝え聞いている」
「名前をコロコロ変えるなんて、変な帝国なのだな」
ドラヴァレットが、遠慮のない口調で聞く。相変わらず、いつでも明るい声だ。
「王朝が移り変わった結果だ」
生徒に応える先生のように、ロカレーンは話した。「行政機構はほぼ踏襲しながら、頂点で君臨する一族だけが入れ替わるという政変が、度々起こる帝国らしい。
クチの前にも、幾つかの王朝が現れては倒されたと伝わっている。
それらに対して我らアールバード族の祖先は、時にせめぎ合い、時に恭順を誓い、反抗しては制圧され、離反しては再接近し、ということを繰り返した挙句に、クチ王朝の成立と同時に正式な同盟を結んだのだと伝えられている」
「その同盟も、皇帝の代替わりに伴う悪政化によって終わり、あなた方は大規模な移動を始めたのだな」
「うむ」
ポフダンにも、ドラヴァレットに対するのと同じ調子のロカレーンだ。「本家筋はクチ帝国に滅ぼされ、支流だった我らの祖先も狙われたが、どうにかクチ帝国の影響の及ばない場所へと逃れることができたそうだ。
その後には、クチのような巨大帝国に揺さぶられない場所で、定住民も航宙民も含めた多くの部族を糾合することでの、大勢力の構築を目指したと聞いている。
その目論見は果たされた。
クチ帝国から逃れたいくつかの部族や、クチ帝国とこことの間にいた部族と同盟を結んだ。
直線距離でも2万光年近くといわれる宙域だから、部族の数も多く、今の規模に成長できた。
現状の我々ならば、クチ帝国やその後を襲ったライ帝国とやらにも、簡単に敗れることは無いだろう。
といっても、今は何という国号を名乗っているかも分からない遠くの帝国との距離は、その影響を気に留める必要もないくらいに広がっている。
だが、代わって、ガウベラ帝国の影響圏に入ってしまった。
だから我らはこの宙域に、ガウベラ帝国と対等に渡り合える部族連合国家を、創出しようと夢見ている。
支配者としての君臨は望まない。盟主を気取るつもりなど毛頭ない。
各部族の対等な立場での合議制で意思決定する、緩やかな連合体で良いと思っている」
「定住民も含めた、全ての部族が対等ということだな。
略奪を基礎とせず、誰かを踏み台にしたり搾取や蔑視の対象としたりすることのない、共存共栄の連合体なのだな」
「そうだ」
問うポフダンにも応えるロカレーンにも、腹の底からの力強さがあった。
「遠くの帝国の影響圏からは、どういう手段でやって来たのだ。タキオントンネル航法か? それとも、両者を結ぶスペースコームがあるのか? 」
ぼそりと控えめな声で尋ねたのは、スパルタクスだった。
「両方を使ってだな。彼我を一本で結ぶスペースコームは無いようだから、幾つかを乗り継ぐ形になるし、その間にはタキオントンネル航法でしか渡れない場所もある。
彼我の間に横たわる銀河系バルジは、天体のランダム運動が盛んで航路条件も変動が大きいから、我らに伝わっている情報では、今では行き着けない可能性が高い。
しかし、宇宙商人のいくつかが時より、遠くの帝国のものと思われる文物を持ち込んでくる。
一組の商人が、遠くの帝国とここを直接に往復しているわけではないみたいだが、間にいる複数の商人がリレー方式で繋いで、それらは運ばれてくるようだ」
「では、誰も、直接に往復したことは無いし、はっきりと航路を知る者がいるかどうかも、分からない状態なのだな」
「うむ」
スパルタクスの反応を楽しむように、ロカレーンは話す。「こんな気の遠くなるほど遠い場所で、驚くほどに古くから、恐ろしいほどの規模の国家が営まれている。
我らはクチとライの名しか知らないその巨大帝国は、何度も国号と支配者を代えながら、しかし基盤となる行政組織は連綿と受け継ぎながら、存在し続けている」
これを聞くスパルタクスの無表情は、大きすぎる驚愕と畏怖の帰結だった。
晩餐の翌日から、ポフダンとドラヴァレットとスパルタクスは、アールパード族と同盟関係にあるいくつかの部族へと、視察の旅に出かけた。
言葉で説明されたアールパード族の規模や活動範囲を、身をもって体験するためだ。
といっても、全ての同盟部族を回れるわけもなく、ほんの一部なのだが、それでも直接訪れてみれば、アールパード族のスケールは実感できるだろうと考えていた。
アールパード族単体でもマゼーパ族の3倍で、同盟勢力全体では20倍近いというのも、視察によって事実と信じられた。
「ただの寄せ集めでも、ないようだな。全ての部族がアールパード族を信頼し、敬意を払っている。
自分たちだけなく、全ての同盟勢力の安定的な存続と発展を目指し、アールパード族が長年活動してきたことを物語っている。
遠くの帝国やガウベラ帝国などから、自分たちを守っていける集団を作り上げようという、祖先の建てた遠大で緻密な計画が、しっかり受け継がれている。
我らも彼らの一員となって、この遠大な計画の実現を目指そうじゃないか。
バクトラ王国を抜けた我らの一番の目的は、彼らの計画と完全に軌を一にしているのだから」
熱く語るポフダンに、ドラヴァレットもスパルタクスも大きく頷いた。
そんな彼らは、アールパード族の同盟勢力の1つである定住民の居住天体へ向かって、宇宙船での旅を続けていた。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/9/9 です。
ポフダンやロカレーンなどは、もっと人物像を深く精緻に創り上げて、活き活きと読者を感情移入させるように描ければ良いのになと思いつつ、その実力が自分には決定的に無いと痛感しています。
両者の対談の場面も、集団を率いるという重い責任を担う者同士の緊張感や、それぞれの目指すところ、それへの情熱などが、もっと表面に出てくるような描き方がありそうなものだと思うのですが、作者の想像力はその点に関しては枯渇しているようです。
スパルタクスがロカレーンから遠くの帝国について聞き出す場面も、奴隷という束縛された立場から解放され広い世界へと心や視野や憧れがどんどん広がっていくスパルタクスと、祖先の足跡を胸に刻んで重責を担っているロカレーンの心が共鳴し合う感じが、ちっとも表現できていないなと思います。
どうすればそういう場面を描けるのか、現時点では作者は何も思いつきません。
本当に絶望的なほど、想像力が足りないと悲嘆しています。
これらを改善するための努力を、やってみようとは思っています。
才能の無い奴が何をやっても意味がない可能性を、重々承知の上で、とにかく見苦しくあがいてみようと思っています。
今後の作品で、多少なりとも改善があるのか、全く無いのか、見届けてみようと思ってくださる寛大で物好きな読者様のおられることを、心から切望しております。




