第50話 Story about ロザリオ 9
「頼んだぜ、イゴル大尉。バーラーブの交易船を、助けてやってくれ」
「任せとけ、ロザリー」
親指を突き出すイゴルが、モニターの中で自信を見せる。「あれはバクトラ王国に属する、バイルク族に間違いない。スペックは知れている。油断は大敵だけどな」
「セシーを拉致したのも、その部族かもしれないのだよな。
それが、こんなところにまで略奪に来るのか」
「いや、滅多にない遠征だと思うぜ。どんな事情があるのか知らないが」
「ハミでひと風呂浴びたりなんかしている間に、追い抜かれた形なのかな?
見当違いかもしれないけど、責任を感じるよ」
「ハハハ、真面目だな、ロザリーは。
俺たちが略奪をきっちり阻止して見せれば、充分に責任を果たしたことになるじゃないか」
こんなやり取りの1分後には、宙賊目掛けて加速して行くイゴルたちの戦闘艇団を、ロザリオはモニター上の模式図で眺めるばかりとなった。
「戦闘となると、俺たち文官は蚊帳の外ですね、チーフ」
「そうだな、ロザリー。少し歯がゆい思いもあるが、仕方のないことだ」
「なぜだか俺には、この略奪だけは、自分の手で阻止しなくちゃいけない気がしているんです。何ができるわけでも、ないのに」
イゴルたちの戦いは、拍子抜けするほどの完全勝利で終わった。
今回も航宙民族のレーダーシステムは、イゴルたちの駆る戦闘艇を正確に補足できなかった。
想定外の加速を見せる相手は、きちんとは捕らえられない。
大まかな位置は分かるし、戦闘艇が加速しながら向かって来ている状況は把握できているらしい。
だが、攻撃を命中させられるほど精密に、位置や運動状態を認識することができない。
だから、一切の反撃をイゴルたちは受けなかった。
イゴルたちの攻撃は、全て予定通りの効果を見せた。
ミサイルを、一つも命中させなかったが、プラズマ弾の高磁場域に敵の全てが入るような、絶妙な位置で炸裂させた。
電子機器が沈黙してしまい、戦闘不能となった宙賊は、すぐにも降参を表明した。
「やっぱり凄いな」
興奮気味に言ったのは、シェリングだった。「力の差は圧倒的なのだな、イゴル大尉たちと宙賊では。マシンの性能も、パイロットの技量も、桁違いなのだと分かるよ」
航宙民族出身のイゴルと、シェリングは少し距離を置いている様子が、これまでは見られていた。
父親を宙賊に殺されている彼にすれば、心を開けないのも無理からぬところだろう。
だが、今回のイゴルたちの戦いぶりを見て、少し感情が和らいだようだ。
「もともと丈夫な身体を持っている、航宙民族出身のイゴル大尉たちが、身体強化手術も受け、厳しい訓練を耐え抜き、保安機構の持つ最新鋭の戦闘艇を乗りこなしているわけだから、宙賊には手も足も出ないさ」
自分の手柄など一つもないはずのロザリオが、自慢気に説明した。
「航宙民族に生まれても、育つ環境次第で、あんなにも立派な人になり得るんだな。
数だけで言えば20倍以上の敵を、こんなに簡単に制圧してしまうのだから、驚いたぜ」
興奮してそう語っていたシェリングだったが、その後にチーフ・ミハルがとった宙賊への対応には、不満を呈した。
「またかよ! また全員を、逃がすのか。なぜそう、毎度毎度?
あいつらを制圧し拘束して、拷問にでもかけるべきだぜ、絶対に!
拉致された二人の居場所を、知っているかもしれないのだから」
だが、目の前にある宙賊の船に2人が乗っているのでもないのなら、ここで乱暴なことをするのは解決に繋がらないとの見解を告げ、チーフはシェリングを諫めた。
納得しかねる様子のシェリングだったが、不平を言える立場でもないし、言ったところでチーフ・ミハルが折れることは無いと心得たものか、すぐに引き下がった。
「乱暴はしないが」
静かだが力のこもった声で、チーフ・ミハルが指示を出す。「ミス・マニエラ、あの航宙民族の船団に、メッセージを送りたい。
返事は期待していない。一方的に送りつけるだけで構わない」
「了解ですわ、チーフ。・・・・・・どうぞ、伝えたいメッセージを、お話しください」
「うん。・・・・・・こちらは地球連合の保有機関である宇宙保安機構に所属しているキョセ・ミハルという者だ。
今回はそちらの略奪行為を阻止するために、このような手荒な挙に出たが、我らはそちらとの敵対は望んでいない。
略奪などという手段をとらず、全ての集団が平和的に共存できるやり方を、考えては頂けないだろうか。
航宙民族としての長い歴史に培われた、様々な想い入れやこだわりや感情が、そちらにもあろうかと推察するが、略奪などという手段を使っていては、奪われる者だけでなく奪う側も、傷つかずに済まない。
こんなことを、いつまでも続けるべきではない。
あなた方が略奪を放棄する気になったのならば、別の暮らしの立て方を、我々地球連合は可能な限り支援すると約束する。
すでにいくつもの航宙民族が、地球連合の支援のもとに、略奪に寄らない平和的なやり方で、多くの集団と共存しながら安定して暮らしているという実績がある。
たった今あなた方を制圧した戦闘艇団のパイロットたちも、地球連合と手を結んだ航宙民族の出身者だ。
彼らこそが、我々が友好的にやって行けるという、生きた証拠だ。
今回の略奪については、罪は問わない。
戦闘においてそちら側に損害があるのなら、医療や修繕も補助しよう。
手荒な挙に出た件は、それで水に流して欲しい。
そして、交々の感情は一旦脇において、友好的な共存に思いを巡らせてみて欲しい。
以上だ」
「送信しますわね、チーフ」
「こんな言葉、まともに聞いてもらえると思うのか? 」
コンソールを叩くマニエラの指の音を掻き消すように、シェリングが叫んだ。
「まともに、という言葉の定義は分からんが、全く聞かないということも無いだろう。
それも、1人や2人ではない。少なくとも何人かは、耳にするだろう。
その者が、すぐにこちらの望む通りの行動を起こすなどとは思わないが、心に何も残さないとも思わない。
平和を望む気持ちは、誰の心にもあるはずなのだから。
無駄になるかもしれないし、気の遠くなるほどの時間がかかるかも知れないが、こういった地道な説得の繰り返しこそが平和への唯一の道だと、私は信じる。
言葉が届く範囲にいる者に、理を尽くして愚直に、繰り返し説得の言葉を届ければ、いつかは誰かの心に何かが芽生える。
それは、一兵卒かもしれないし、偏見や憎悪に心を満たされた者かも知れない。
だが一兵卒が皆、生涯一兵卒であり続けるわけではない。
偏見や憎悪も、薄れたり晴れたりすることがあるかも知れない。
心の片隅に芽生えた何かが、一兵卒ではなくなった誰かの中で、偏見や憎悪が薄れた誰かの中で、大きな意味を持つ日があるかもしれない。
多くの人に言葉を届けていけば、そんな可能性は大きくなっていく。
だから私は、力に訴えることは極力避け、理を尽くした説得をくり返す道を選ぶ。
シェリング、君の心にも何かが芽生えていると、私は信じているよ」
「・・・・・・ちっ、何だよそれ」
口では毒づいて見せたが、それでも何かが胸中に響いた。
少なくともロザリオは、そう信じようと思った。
その1時間後には、バーラーブの交易船とランデブーした。
「危ない所を助けて頂き、なんとお礼を申し上げていいか」
通信で謝意を伝えて来た交易船の船長に、チーフ・ミハルは淡々と矢継ぎ早にこちらの素性を説明し、被害の有無などを訪ねた。
「おかげさまで、特に被害は受けなかったのですが、バイルク族に襲われたという事実には困惑しております。用心棒として、護衛などをお願いしていたのに。
これまで友好的だった彼らが、宙賊として牙を剥くなんて。今後の防衛にも、課題が残ります」
そう語った船長が話を通してくれたので、ロザリオたち一行は、バーラーブへの訪問を許可された。
いずれは恒星になるが、今はまだ核融合も起こっていない原始星の近傍にある、濃密な星周エンベロープの中に浮かぶメタリックな構造物が、人工天体都市バーラーブだった。
エンベロープの高密度なガスが可能とする効率的な資源採取や、生産能力の高さ、更には交易の中継拠点に有利な位置により、マラカンダと肩を並べる隆盛を誇っている都市なのだが、そのために帝国に目を付けられ、様々な圧力を受けているそうだ。
襲われていた船に、プルシャプラの連絡船と共に随伴しながら、そんなバーラーブの実情を聞き出した。
帝国の影響を調査するという本来の目的を含めれば、このバーラーブでも取り組むべき課題は多いに違いない。
セシリア救出への道のりが、更に遠のいてしまうように感じる。
ここで、セシリアに関する有力な情報は得らえるのだろうか?
それとも、帝国などの問題に流されてしまうのだろうか?
などと気を揉むロザリオを乗せたポドルムが、人工都市天体バーラーブへとアプローチして行った。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/7/29 です。
従来の宇宙SFにはあまり見られなかったと思われる天体を、できるだけ沢山登場させて、宇宙の多様性や変化に富む状態を表現するのも、この物語の目的です。
それに向けて、ここでも少し強引に、あまり多くの人には認識されていないと思われる天体を登場させてみました。
原始星=核融合の始まる前の天体、という認識が正確かどうかは、読者各位で改めてご確認いただきたいと思いますが、生まれたばかりの星であるとは、ウィキペディア等で説明されています。
宇宙時代においては、資源採取がしやすく重宝されている天体であると、本物語では設定されております。
核融合が始まってしまうと、高温や強烈な荷電粒子などで近寄るのは危険になるし、岩石天体になってしまっても、そこから必要な物質だけを取り出して持ち去るのが困難になると、作者なりに考えました。
濃密なガス雲ならば、安全に簡便に、必要な物質だけをより分けて持ち去ることができるのでは、との想像から、こんな設定を案出したわけです。
エンベロープとは、星の近傍にある濃密な分子雲といったところであろうと、作者は認識しているのですが、資源採取に適しているイメージを持っています。
学者さんに言わせれば、とんでもなく的外れな事なのかもしれませんが、科学の最前線の知見から素人なりの想像を膨らませるというのが、SFの真骨頂であろうと作者は信じているので、的外れを覚悟でこういうのを描き続けようと思っています。
宇宙への関心が高まれば良いなと思っていますが、作中に出て来た事物を鵜呑みにするのは、厳禁に願いたいと思います。
前回と同じことを言いますが、この物語はフィクションです。




