第49話 Story about スパルタクス 6-3
セシリアを乗せて加速し続けていた輸送船が、メインスラスターの噴射を止めた。
ヤーガドゥイとスリーバの戦闘艇も、加速しなくなった。
「逃げるんだ。脱出するんだ。恐れるな。加速を止めるな」
叫んだつもりだが、ささやきにしかなっていない。
それに気づき、自分自身に驚きを禁じ得ないスパルタクス。
洗脳は、解かれ切ってはいなかったのだと、痛感させられる。
いつの間にか、彼の手もコンソールに伸び、加速停止のコマンドを入力しそうになっている。
身体が、彼の意識を離れ、勝手に動いているかのようだ。
「さあ戻れ、C-683よ。そのスモールスクワッドよ。お前たちは決してこの私・・・・・・」
「やかましい! お前の培養奴隷たちは、俺がもらい受けるんだよ」
力強さに、温かみと明るさが絡みついたような声が、ロードの声を遮った。
「な・・・・・・何だ? 誰だ? 」
動揺を露に、甲高くなりテンポも速まって威厳を喪失したロードの声が、スパルタクスたちの痛みを緩和した。
そこに、温かく明るい声が染み込む。
「俺は、マゼーパ族のドラヴァレットだ。
お前に借り受けた培養奴隷が、あまりにも優秀なのでな、返すのは止めにして、ずっとこっちで使い続けることにしたのさ。
夢で洗脳し直すやり方も習得して、実施済みだから、もうこいつらはお前には従わないさ。残念だったな、はっははは」
「何だとっ! マゼーパの・・・・・・。そんなことが、認められると思っているのか」
「ああ、思っているさ。バイルク族の不正申告が、決定的な根拠をもって証明されたからな。
アフシ族が協力したことも、ついでに明らかになったんだぜ」
「うっ・・・・・・」
「これらの証拠を、大王クルトゴルに提示されたくないだろ? バレちまったら、お前の王国内での立場も悪くなるからな。
だから、認めろよ、この培養奴隷たちの永久使用権を、俺たちマゼーパ族に譲るってさ」
「ぬ・・・・・・くっ、そうか。バイルク族めが、散々世話を焼いてやったのに、しくじったか。
仕方あるまい、そいつらと引き換えに不正の証拠を伏せてもられるなら、安いものだな」
「話が分かるじゃねえか。
じゃあ、改めて、培養奴隷たちに言ってやってくれ。こいつらが心置きなくマゼーパ族の傘下に入れるようにな」
「・・・・・・分かった。C-683よ。その部下たちよ。お前たちを解放する。離脱を許可する。もはや、私の命に従う必要は無い」
「サンキュ、助かったぜ。じゃあな、アフシの族長さんよ」
このやり取りの間に、セシリアを乗せた輸送船も、スパルタクスたちの戦闘艇団も、加速を再開していた。
「かたじけない、コマンダー殿。危ない所を、助けてもらった」
「コマンダー? 俺はいつ、そんなもんになった?
俺たちは、共にバクトラ王国を抜け出した同志だ。友人だ。それで良いじゃねえか」
明るいドラヴァレットの言葉に、温かな解放感を味わっていたスパルタクスたちを、輸送船が収容した。
「お帰り、タック。ロードの声が聞こえた時には、どうなることかと心配したけど、ドラヴァレットのおかげで上手くいきそうね」
セシリアの右隣の席に腰を落としたスパルタクスを、彼女は労った。
「うむ。ロードの声に、未だにあれほどの強制力があるとは。心配かけて済まなかった」
「いいわよ。それより、バーラーブの交易船は、無事に略奪を逃れたのかな?
私たちが待ち伏せの役割を放り出したのだから、大丈夫なはずよね」
「いえ、それがね」
円環に並んだ席の左斜め前からの、ヴィーシニャの声だ。「あの船は、バイルクの本隊に追いつかれたわ。想像以上に鈍重だったのね。略奪を受けている可能性が、高いわ」
「そんな。それじゃまるで、私達の脱出の、犠牲にしてしまったみたいね。
何とかならないかな。マゼーパ族に問い合わせてみてくれない、ヤーブラカ? 」
「了解よ、セシー」
数分後に通信機が伝えた言葉は、セシリアの肩を落とさせるものだった。
「そりゃ無理だぜ。俺たちマゼーパ族も、さっさとここを離れなきゃ自分の身が危ない。
バーラーブの交易船を犠牲にはしない計算だったが、ああもあっさり追いつかれちまっちゃ、計算は狂うってもんだ。
バーラーブの連中には申し訳ないが、背に腹は代えられねえ。綺麗事を言っていられる場合じゃねえ。連中には、犠牲になってもらおう」
「そんな・・・・・・そうなの・・・・・・そうね。今は、自分たちのことで、精一杯か」
落ち込むセシリアを見て、もと培養奴隷の面々も同じくらいにシュンとなる。だが、
「そんなことより、そろそろスペースコームジャンプに入らなきゃだぜ、タック」
「ああ、やってくれ。アルブース」
思いを断ち切るように、宇宙をひっかく七色の光へと変貌して、輸送船はジャンプした。
もう完全に、彼らを軛に繋ぎ止めるものの無い場所へと、犠牲になる者たちに何もしてやれない場所へと、彼らは時空を跳躍した。
その後を、5隻の、もっと巨大な船が追う。マゼーパ族の集落船団だ。
大王の血筋を分ける中核部族の離脱という激震を、バクトラ王国にもたらすであろうスペースコームジャンプが、彼らを自由な新天地へと運んだ。
「誰か、バーラーブの交易船を助けてくれないかな。誰か、誰が・・・・・・ロザリー? 」
セシリアの不意のつぶやきに、スパルタクスの眉がピクリとした。
もう誰かを頼るしかないと思った途端、その名が出て来たのだと思われた。
宙賊に拉致されるという凶事にも、王国からの脱出という難事にも、決して彼に頼りたい気持ちなんて見せなかったのに、バーラーブの交易船を自分では救えないと悟った瞬間、彼の名を彼女は呼んだ。
「有り得ないわよね、ロザリーが何とかしてくれるなんて。こんな宙域に、いるはずもないのに。
でも今は、ロザリーしか思い浮かばない。どうしてだか、分からないけど」
小さなさざ波を、スパルタクスは、セシリアのささやきを耳にすると同時に、心の隅に感じた。嫉妬だろうか。
彼女の心を一番深いところで支えているのは、自分ではなくロザリオ・マターだということへの。
スペースコームジャンプは、その只中の人間に強烈な悪寒や不快感を与える。
背中に風穴が空いたようなとか、体の内と外が裏返しになったようなとか、人々は表現する。
そんな悪寒と不快感に苛まれているせいなのか、セシリアは、絶対に有り得ないと確信していることでも、真剣に祈っているようだ。
祈りを込めたささやきが、スパルタクスの胸中にさざ波を立てつつ、不安定化した時空へと放たれる。
「ねえロザリー、自分たちの目的の為に犠牲にしてしまうなんて、私には耐えられないの。
だから、お願いよ、ロザリー・・・・・・どうか、バーラーブの交易船を、助けてあげて・・・・・・ロザリオ・マター」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/7/22 です。
ワープについて、この物語ではごく簡単にしか描写しませんでした。
別作品においては、もう少し細かく描いています。
回転運動と直進運動を、それぞれに一定以上の加速をつけながら実施し、且つ強力な磁場を発生させるとワープができてしまう、なんてことになってしまっています。
物理学者さんがみたら、「そんなんでワープができてたまるか」と責められてしまいそうです。
現代の物理学では不可能だと言明されてしまっているワープを実現させるのですから、どうしても荒唐無稽にならざるを得ません。
どうせ荒唐無稽になるのなら、思う存分好き勝手にやってやれ、という感じで、こんな簡単にワープが実現してしまう設定にしました。
もちろん通常の、というか地球の周辺のような空間では、物語世界の中でもそうではありません。
スペースコームという、元から時空が著しく歪んでいる場所だからこそ、簡単な方法でワープができてしまう、というのがこの物語における条件設定であることは、ご認識いただきたと思います。
それにしてもワープが簡単に出来てしまい過ぎている、と思われる方もおられるでしょうか?
しかし、戦国自衛隊がタイムスリップする原理にしても、君の名はで人格が入れ替わるメカニズムにしても、相当に安易な条件設定でしょう。
それらに比べれば、時空が著しく歪んでる場所で直進と回転を一定以上の加速で実施しながら高磁場をかける、ということでワープを可能にしている条件設定は、かなり「良心的」ではないでしょうか?
とは言っても、本物語におけるワープが荒唐無稽であることに変わりはありません。
スペースコームという時空の著しく歪んでる場所も、現代では観測されていませんし、どんな条件の空間であろうと、上記のようなやり方でワープができてしまうなんて、あり得ないであろうということは、読者の皆様におかれましては、お忘れなきようお願いします。
本物語は、「フィクション」です。悪しからず。




