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異世界迷宮の追従を  作者: えぁりん
♯第丗章 道筋
270/394

§257 ザル

「夕食後、ナズの歌を聞きにリアナさんの酒場へ行きたい者?」

「おおっ!ハイハイ、ハーイ!」「おっ、俺も良いですかね?」


お前らは絶対歌よりタコスだろう。


(ススッ。)


エミーが手を上げる。

喋れるんなら喋れよ、もうその手は通じないぞ。


「あー、返事が聞こえないなぁ?」

「わた・・・も行き・・・いです」


「あの、ええと?ど、奴隷の私達が、酒場に行くのですか?」

「あまり大勢で行かれても大変でしょうから、

 僕は宿でお待ちしております」


「お前はヴィーを止める係だ。お前が来なければヴィーは連れて行けない」

「えーっ!?もーっ!パニッ!」

「え、ええっ?か、かしこまりました」

「あっ、あっ、あのっ、わ、私も宜しいでしょうかッ!」


「はいはい、パニとラティもだな。では返事していない者は?」

「・・・・・・」


「もうこうなったら全員で行くしかなさそうだな?イルマ」

「え、あ、あのはい・・・申し訳ありません」


「申し訳も糞もあるか、行くか行かないかを聞いているのだ。

 申し訳あるか無いかを聞いているのでは無いからな」

「そ、そうでございますね?」


食事後に直ぐナズをホドワへ送り、

自分たちは迷惑にならないようお忍び席へ行くとことづけを頼んだ。

そして今日はシュメールの旅亭へ向かわず、

プタンノラの旅亭でアナとイルマに体を拭いて貰った。


宣言は済ませたのだ。

夜のご奉仕は無理だが、体を拭いて貰う位は問題あるまい。

ナズやアナから了解を得たのだから、もう堂々としよう。


イルマも2人の間に入れられる事自体は拒否をしていなかったので、

これからはもう3人体制だ。

お風呂は別だが。

俄然がぜん薬の開発にやる気が出て来た。


そもそも今日はそういう事を目的としていないただの清拭なので、

殊更に問題あるまい。


慣れないイルマは後ろからである。

それに合わせるようアナが上手い事調整してくれたおかげで、

変に押し出される事も無く心地良い感じで拭いて貰った。

満足である。


但し、満足の行く満足は満足していないので満足もお預けである。

ナズもいないし、イルマの病気は治っていない。

従って今日はアナを拭いてやらないし、イルマの体に触れたりもしない。


一通り時間を潰した後はホドワに飛んだ。

全員で8人なので、第1陣と2陣で分けて飛ばざるを得ない。

アナ、ジャーブ、ヴィー、パニ、ラティを先に送り、

その後エミー、イルマと続いた。


お忍び席は開いていたので、自分達で占領する事になる。

トラブル防止のために、一応錠は掛けた。

奴隷達と酒盛りする主人と言う構図は、流石に見られる訳にも行かない。


尤も、奴隷らしく枷を付けているのはもうラティだけなのだが。


今日は部屋へ入るなり目に付いた事があった。

注文を受ける小窓の横に張り紙、いやパピルスが張られていたのだ。

以前こんな物は無かったと思う。


「アナ、なんて書いてあるんだ?」

「珍しい魚の酒、あります、だそうです」


「へえ、客に出す事にしたんだな」

「以前購入した魚骨酒ですね?ご主人様が運ばれたのですか」


「ああ、土産にと思ってな。

 それにしても流石はリアナさんだ。しっかりしてるよ」

「では私はそれでお願いします」


「甘くは無いが良いのか?」

「ご主人様の好みを知るべく、私も色々と嗜む事に致します」


「そうか、それは頼もしいな。みんなも好きに注文して良いからな」

「では、俺もそれを!」「アタイはいつものー」

「では僕もヴィー様と同じものを」「牛乳の・・・ものを」

「あっ、あっ、あの、わ、私も、

 そっ、そそその、よ、宜しいのでしょうか・・・」


「みんな自由に頼んでいるからな、

 ここに来たらラティも気を抜いて良いぞ。自由にやってくれ」

「でっ、では、えっ、エールと芋の揚げ物をっ、お、お願いしますっ」


皆、だいぶ遠慮しなくなって来た。

一番奴隷のアナが攻勢に出たからだろうか。

多少は許されると判断したのだろう。


まあ、良いよ。うん。

誰1人奴隷として扱って来た事は無いのだし、

自分に取ってはただの迷宮へ行く頼もしい仲間であり、家族だ。


「あ・・・あ、あの・・・」


おっと、1人だけ奴隷ちゃんが残っていたな。

仕方あるまい。


「エミー、イルマはこういった所が初めてで勝手を知らない。

 お前の姉の好みそうな物を注文してやってくれ」

「(こくこく)かしこ・・・りました」

「あ・・・あの、も、申し訳ありません。

 エ、エマレット、良いのですよ?私は何も無しで」


エマレットは全員分の注文をパピルスに書き留め、

小窓から向こう側へ送った。


イルマ向けに注文されたのは、

以前にアナが飲んでいたカルーアミルクであった。

そういえばエミーも同じ物を頼んでいた気がした。

姉妹なのだから好みは近いのかもしれない。

同じ物を飲めて良かったじゃないか。


自分は・・・キツイ酒のせいなのか、たった一杯で完全に出来上がった。

前回は2杯飲んでクラクラしたが、大事な話があった手前気力で堪えた。

今日は疲れて元々眠たかったからなのか、頭の上でヒヨコが躍っている。


やっぱり強い酒だなあ、これは。

アナを見ると平気そうだったので、やはりアナは酒に強いのだ。


ジャーブ、ヴィー、パニはタコスがどうのこうのとワイワイやりながら、

アナとラティは迷宮の探索方法を相談しながら、

エミーとイルマは隅っこの方でチビチビやりながら、

それぞれ楽しく過ごしているようだ。

自分はナズの唄に癒されながら、背凭れに萎垂れ掛って雰囲気を楽しんだ。


ナズにも魚骨酒をお裾分けだ。


あらかた飲み食いをした所で良い気分のまま旅亭に戻ったが、

1人最後まで残るナズは歩いて帰れる距離では無い。

後で迎えに来る必要があるので、アナにお願いして仮眠を取った。


  *

  *

  *


降りしきる雨音が窓を叩く音で目が覚める。


昨日の酒は既に抜けている感じこそすれど、

このぼやっとする感じは体調に因るものなのか。

はたまた、起き掛けでスッキリしないだけなのか。


今日は朝から忙しい。


昨日できなかった事を纏めて今日やるつもりだからである。

とは言っても朝食を食べた直後に行動した所で、

商店は開いていないだろうし、工房の人たちも出勤していないだろう。


朝一でやれる事と言えば迷宮だ。

29層はレムゴーレムだと、先日アナが言っていた。


戦い方は既にマスターしているし問題も無さそうなので、

イルマにはウォーターウォールでも出して貰おうか。



   ***



そんな感じの説明を朝食時に皆と共有し、

8人でダイダリの迷宮にやって来た。


トラッサで戦ったノンレムゴーレムは、

ロートルトロールがお供に付く事が多かった。

こちらではモロクタウルスであり、どちらも頭脳系のパワータイプである。

麻痺が無い分だけ、ダイダリの迷宮の方が楽なのかもしれない。

似たような構成であって助かる。


「ではアナ、ラティ進めてくれ」

「かしこまりました」「は、はいぃ、で、ではまずはこちらを・・・」


相変わらず猫背でヒョコヒョコ歩きであり、

アナに対しても申し訳なさそうな感じである。

昨日は何を相談し合っていたのだろうか。


「群れから離れ回遊するロックバードが1匹だけ向かって来ますね」

「は、はいぃっ!お、お願いしまぁすっ」


状態異常ダウンを用意し、鑑定を連打しながら待つ。

ウインドウが現れたので届く範囲には入ったようだ。

遠くは暗くてまだ見えないが、スキルは掛かった。

この距離で単体魔法を射出して外してしまっても勿体無いので、

遠慮する事無くサンダーストームだ。


オーバードライブとサンダーストームのコンビネーションを行うと、

もうロックバードはアナと接触していた。

アナの周りで距離を保って間合いを窺うロックバードに向けて、

アクアウォールを重ねる。


ロックバードは魔法壁を嫌って飛び出して来たが、

アナが盾で押し込んで再び水没させた。

更にジャーブとヴィーが後方に周り囲いを掛ける。

水の中にいる。†

もう逃げられないな。


浮上しようにもナズの槍に因って上から叩き付けられる。

あっと言う間にロックバードは始末できた。

1匹だけなら余裕である。


壁魔法に押し込んで囲うと言う戦術は、

ボスのファイヤーバード戦からヒントを得た。

ロックバードからではこの考えは生まれなかっただろう。

1匹で出遭う事自体が無かったのだし。


「では先を進めましょう、ラティ?」「は、はいぃぃっ」


再びアナとラティに依る探索が進められる。

今後出遭うロックバードは多くても2匹前後、

ほぼこういう形ならば楽勝だ。


今回、イルマは見ていただけで魔法を使用しなかった。

押し込んだ後は単体魔法でも余裕で当てられるはずなので、

遠慮せずに撃てと言って置いた。


続いてこの階層の魔物であるノンレムゴーレムが現れた。

ノンレムゴーレム3匹とモロクタウルス2匹の混合である。

どうせノンレムゴーレムが前面で固定だ。

前衛陣が壁を作って足止めし、アクアウォールを出して足元から焙った。


いや、水では焙れないのでなんて言うんだ?

水攻め?兵糧攻め?良く判らない。

そういう事象が存在しないのだし。


イルマも後列のモロクタウルスへ向けウォーターウォールを出したようだ。

だがそいつらには知能がある。

避けて更に奥へ逃げてしまった。


モロクタウルスは火魔法も持っているので、

2枚の水壁に阻まれて良く見えなくなってしまい、これでは困る。


「イルマ、そこに出されると奥が見えないのでな、

 せめてノンレムゴーレムに当てろ」

「か、かしこまりました」


少なくともあちらにだって詠唱時間はある訳で、

イルマの魔法に因って後方へ逃げたモロクタウルスの方が、

自分の次の魔法より早い事は有り得無い。

だが一応警戒はして置く。


ノンレムゴーレムに木の矢を撃ち込んだ後、

オーバードライブを掛けてガンマ線バースト、

そして追加のアクアウォールだ。


隙間からちらっと見えた右のモロクタウルスが詠唱を行っていた。

やはりな。

弓を引いて奥のモロクタウルスを狙う。


が、それはゴーレムが振り上げた腕に依って阻まれてしまった。

ああもうっ!


もう一度オーバードライブを掛け、

自分の出したアクアウォールを突っ切って、

更にノンレムゴーレムの隙間を抜ける。


ウォール魔法を通過した時にえぐられるような痛みがあった。

効果中の壁魔法は自分に対しても有効なので、

今後は余りやらない方が良い。


目の前に迫るモロクタウルスへ向けて弓を引き魔法の詠唱を止める。

そこでオーバードライブが切れ、

左のモロクタウルスから思いっきり腹を殴られた。


吹っ飛んで壁に撃ち付けられ、

そこへ追加の回し蹴りが飛んで来る。

魔法を止められた右側のモロクタウルスは直ぐに体勢を整えていた。


こいつ、魔法中断からの復帰が早い・・・。

恐らくこれもお勉強要素だ。

こいつから知り得て学べと言う。


中断武器が無いパーティならば関係ないだろうが、

この階層ともなると1つは持っていないと厳しいのでは無いだろうか。

そしてこの辺りから中断後即反撃する魔物が出て来る。


魔法は止めても安全では無いのだと学ぶ訳だ。

低層の魔物達が如何にご褒美だったかを思い知らされる。


壁に撃ち付けられ、蹴りで更に吹っ飛ばされた自分は、

パーティから遠ざけられて魔物の後列よりも奥に押しやられた。


1人分断されてしまった状態であり、

残念な事に痛みも引かない。

そしてイルマは現在魔法使いに就かせてしまっている。

こういう時に回復が飛んで来ないのはやはり痛手だ。


自分が敵後列に向けて1人突貫したせいでもあるが、

それはイルマの魔法に因って見難くなってしまったからだとも言える。

完全に采配と指示ミスである事は否めない。


イルマには弱点を持たないノンレムゴーレムだけを狙うように、

予め指示して置くべきだったかもしれない。

普通の魔物に向けて壁魔法を設置しても、

逃げられてしまって効果を得られない事を説明しなかったのも悪い。


残念なのは自分であった。

アナのような機転を求めてはいけない。

イルマは迷宮に縁の無い普通の子なのだ。


モロクタウルス2匹がこちら目掛けて囲うように走って来る。

普通のパーティなら完全に孤立だが、自分にはオーバードライブがある。

申し訳無いが間をするりと抜けさせて貰って、

左右のモロクタウルスに向けて矢を4本ずつ入れさせて頂いた。


オーバードライブが切れる前にガンマ線バーストだ。


「アアア!マブしいよっ、ご主人サマッ!」

「ゆ、ユウキ様っ!ま、前がっ」


アナだけは冷静に盾でのガードへ専念したが、

他の2人にはいたづらに視界を奪って崩してしまっただけであった。

今のは完全に失策だった。

急いでノンレムゴーレムの足元の隙間を抜けて、

ジャーブ達の間から中列に戻った。


ナズは腕で目を守っているし、イルマも盾で顔を覆っている。

ラティは画板を盾にしていた。


いつも自分が魔法を使う際はこうだったようだ。

魔法使用中に後ろを向いた事は無い。

す、済まんな。

サングラスでも作るか?


──ガァン!

──ドゴッ!「うおっ!」


ヴィーは盾を構えるだけで十分防御ができるが、

ジャーブが1発貰って後ろに転がって来た。

ま、まあジャーブは自分で回復できるから良いだろう。


イルマのウォーターストームが舞う。

先程のウォーターウォールでこうなった事は彼女自身も解ったのだろう。

自分も立ち位置に戻って追加のサンダーストームを放つと、

そこで魔物達は消滅した。


「いや、済まん。奥のモロクタウルスの詠唱が見えたのでな。

 慌てて対処しに行ったが、その後は悪手だった」

「私も・・・申し訳ありません。

 奥の魔物に壁魔法を当てれば有意義かと思ったのですが、

 却って混乱を生んでしまいました」


「うん、イルマはまだ攻撃魔法を使い始めてそれ程時間も経っていない。

 魔法ごとの特性を覚える良い機会でもあるので咎める事は無いが、

 壁魔法がゴーレム族以外ではあまり有効でない事を覚えて置いてくれ。

 大抵は避けられる。ゴーレム族だけが特別なのだ」

「かしこまりました」


「ジャーブは大丈夫か?」

「はい、俺はこの剣1本あればもう不死身です」


ジャーブは自分が与えた吸血のバスタードを掲げ挙げて、

誇らしげに語った。

騎士だしな、防御もある。

さっきのは痛かったのでは無くビックリしただけなのだろう。


「じゃ、続きを進めようか」

「はい。それでは、ええと、この先ですね」

「あっ、あ、あの、アナさん、こっ、この先はもう良いです。

 描き終えましたのでっ、もも戻ってもだ、大丈夫です」


今の間に先が判って描いていたのか。

ラティも中々やるじゃないか。

枝道が多いとは言え、先が判ればもう突き当りまで行く必要は無い。

魔物の部屋があれば探す必要も出て来るが、

今の所そういう報告を受けていないのでこの階層には無いのだろう。


  *

  *

  *


ラティの地図を見ながら、そろそろ良いかと判断して切り上げた。

後は午後だ。


「もう宜しいのでしょうか?まだお昼には早いと思うのですが」


「今日はシュメールに行く。本当は昨日行きたかったのだが、

 あの後アレクスムまで歩いて戻る羽目になったのでな」

「かしこまりました。

 ラティ、今の所で切り上げるそうですので描いたら帰りましょう」

「は、は、はいっ、もうちょっとですっ!」


ラティが描く地図を見る。

やはり線は丁寧に引かれ、最初から完成に近しい。

開始位置の関係でどうしたって書き写す必要に迫られる事があるが、

それさえ判ればもう一発書きでも十分な腕前だ。


勿体無いよなあ。

この世界では才能に気付かず埋もれて消えて行く者達が沢山いるのだ。

現代社会だってそうであったので、こんな時代背景ならもっとだろう。


加えて、彼らは迷宮で朽ちて行く。

戦争でもあれば医療や軍事産業で技術革新が起きるだろうが、

幸か不幸かこの世界は戦争が少ないと言う設定だ。


更に医療技術と武具製作と言う2つの重大技術産業に於いて、

この世界では全てがスキルに依って賄われている。

技術的特異点は来そうに無い。


  *

  *

  *


旅亭の受付でプタンノラの雑貨店を教えて貰い、そこで水筒を購入する。

水筒と言っても古来よりある簡易式の水袋だ。

動物の腸を切って縛っただけの衛生的にアレっぽい奴だ。


どうせ中には酒を入れるから関係無かろう。

アルコール除菌で自然と清潔になるはずだ。

この世界にアルコール耐性菌が蔓延していたら知らん。


続いて食料品店で魚骨酒を買う。

勿論、かめの物だ。

買った直後に水筒へ移し替えた。


水筒が並々になった所でかめにはまだまだ残るので、

これは次回以降、複数回に別けて手土産とすれば良いかもしれない。

かめ一杯で恐らく水筒3回分はあるのだと思う。


続いてフローダルに飛んでハニービスケットを購入する。

以前購入した時は20個を買ったが250ナールであった。

1個当たりが小数点なんて言う価格な訳も無いので、

やはり元々2個で幾らなのだろう。

今回は6個買って75ナールであった。


パピルスに包んで貰ってポーチへとしまう。

どう見ても自分の弁当一式だ。

これなら門番に怒られる事も無かろう。


旅亭に戻ってパニを連れ、シュメールの城門前冒険者ギルドに飛んだ。

以前見た厭らしい感じの冒険者が近寄って来たが、

自分の顔を見るなり舌打ちして戻って行く。


いい加減にしろよ。


来る度毎回この仕打ちでは文句の1つも言いたくなる。

流石に温厚な自分も、久しぶりに切れちまいそうだよ。†

この建屋には屋上が無いのでお誘いできないが。


城門前でパニと別れ、身分証と身体チェックを受ける。

ポーチの中身を見られたが、何も言って来なかった。

やはり弁当は商売道具として認められず、持ち込みは許されるらしい。


当然と言えば当然だ。

それにこれを中で見せた所で、町人が買うかと言えば買わないだろう。

黄金こがね色の最中もなかとか持ち込んでも平気そうではある。


ザルだな。

インテリジェンスカードで誠実さを計っている時にも感じたが、

この世界の警備の質は大概だ。

ボルドレックの屋敷でも、我々の侵入を許してしまっているし。



   ***



プタンノラでは雨が降っていたが、こちらは曇りであった。

しかし今にも雨が降りそうな土の匂いは感じ取れる。

長居をすると帰り掛けに降られそうではあるが、

早く戻れるかどうかは開発の進行具合に依るので、

こればかりは仕方が無い。


期待はしないで置こう。

それに例え小雨であっても、

この長い城壁をぐるっと回っている間にずぶ濡れになりそうだよ。


2回目のチェックを受けて内壁の中に入る。

いつもなら熱気で溢れ返っている工房周辺は、

今日に至っては湿気が籠もり、蒸気が上がっていた。


今日の一瞬だけこの街並みを切り取ってみれば、

ここはスチームワールドと言っても良いと思う。

装飾はスチームパンクでは無いが。


17,8世紀当たりの服飾に謎の機械部品がゴテゴテくっ付いたような、

異様な雰囲気のカルチャーには憧れがある。

時代背景を考えると、共存するには中々難しい世界観であるのも承知の上だ。


こういうのはデザインありきなので、

文明がどうのとか技術がどうのと突っ込みを入れてはいけない。

もう少しゼンマイ仕掛けでギアだらけの建物とかあったら最高なのに。


そのギア構造物は自分がこれから持ち込もうとしている。

この世界をスチームパンクに?

いやいや。


そんな事をしてこの世界に新たな自殺願望者が飛んで来たら、

設定項目と違っておかしな事になってしまうな。

ここは剣と魔法のファンタジー、それ以上でもそれ以下でも無いのだ。


色々妄想が捗りながら庭園を歩き、いつもの研究棟にやって来た。

勝手に入って良いらしいのでノックもせずドアを開ける。

やはり蒸されて立ち込める水煙と熱気の中で、

バラさんとペイルネッタは今日もガラスを捏ね繰り回していた。


「やあ、進んでいるかな?」

「わー、待ってましたよぅ?」

「おう、この間のはどうだった?アレで良かったんだろ?」


「えーっと先を尖らせたガラス管の事かな?」

「おぅ、ソレソレ」


「ああ、形も長さも最高だ。思った物ができて満足している。

 それからシリンダーの方も問題なさそうだ」

「しりんだあ?」


「えーっと、ホラ、アレですよ。

 細長くて先の丸い、立てられないビンの事だと思います。

 最初は簡単だとか言ってた割には、

 意外と難しいーって唸ってたじゃないですかぁ」

「おぅ、アレか。それにしたって何に使うか良く解らンな。

 丸っこいビンと言い」


「その事なんだがな?

 今度はその丸っこい物を下から炙るためのガラス容器を作って欲しい」

「何だヨ、まだ続きがあンのか、アレは」


「ああ、まずは見て欲しい。

 あの底が丸い容器はそのままでは机に置けない。

 そこで、このような専用の台が必要になるのだ」

「ほー、金属製の設置台だな。生憎俺の仕事じゃ無ェが」


フラスコ台の図面を見せて2人に説明した。


「ああ、それは所長にお願いするとして、問題はこの下だ。

 この下に、燃料を入れるガラス食器を置いて、下から熱するのだ。

 こちらの図面を見て欲しい」


アルコールランプの図面を見せる。


底を平べったく作った容器に首を細めて綿の縄を垂らして入れ、

その中には可燃性の液体を入れる。

文字は例に依ってアナに頼んで入れて貰った。


「こんな感じで、ついでに消火用の栓もお願いしたい」

「消火?これ、火を点けたらずっと燃え続けるんですか?」

「火ィ点けたらそのまま中まで全部燃えちまうんじゃ無ェのか?」


うーん、確かに?


ろうそくの芯は放って置いたら燃え尽きるし、

油式ランタンは芯の代わりに導油管があって表面張力で吸い上げている。

綿の芯など燃え尽きてしまうと思われても仕方無いのか?

どうなんだ?


そもそもこの2人はガラス職人であって、

機工師エンジニアでもランプ職人でも科学者でも無い。

専門外の知識は持ち合わせていないのだろう。


「そうはならないのだ。作って実際使って見せれば解って貰えると思う。

 ともかく、この縁部分をすっぽり覆う位の大きさの蓋が欲しい。

 無いと火を消せなくて困るのだ」

「うーん、良く解らんが、それもガラスで良いんだな?」

「まあ、その位なら簡単ですよね?」


アルコールランプの消火は、

小学生時代に於いてはスリリングな体験であった。

皆火を恐れて上手くキャップを落とし込めず、

クラスで最初に成功した者はヒーローだったな。


そんな事はさて置き、

机の上には綺麗に形成されている機構物が載せてあった。

どうやらガラスコックが完成したようだ。


「おお、栓の方が完成したのか?」

「ンァア?目聡いな、これは苦労したぜ」

「もうずっとコレばっかりやってましたからねえ、私達」


「では問題無くこの容器の下に取り付けられそうかな?」

「あー、まあ後は入れ物自体を作ってから下から炙ってブッ刺すだけだな」

「そちらは問題無いと思いますよー。

 これからそれをやってお終いにしようと思ったんですけどぉ、

 まだ何か作ると思うとワクワクしちゃいますね!」


「容器の底の高さが偏っていて外周に液体が貯まらないように、

 中心部の方をちゃんと低くして置いて欲しいな」

「そっ、それは・・・も、モチロン、・・・ですよね?バラさん?」

「ハァ?そんな注文知らねえぞ、適当じゃダメなのかよ」


「いや、適当に作って栓を下に設置したとして、

 液体が流れて行かなかったら意味無いじゃない」

「そもそもよぅ?これを容器の底にくっ付けちまったら、

 その容器はどうやって置くんだよ」


「それはこの位の高さの木枠に固定する」


サイフォンの固定具のような物を図面に書いて見せ、

そこに蒸留用のろ過機をセットして描いて見せた。


木材で作った台座でガラス器具全体を挟んで支え、吊り上げる。

これから作って貰うガラスカップの底には、

コック付きの導管が貫いている。

その穴から中に貯まっている液体をゆっくり抜く。

コックの開閉に依り液体の流量をコントロールする訳だ。

台座の下には受け皿とする入れ物をセットする。


「──とまあ、そういう風に使うのだ」

「へぇー、そんな事しなければならない液体なんてあるんですねえ?」

「カーッ!俺には分かんねぇ!そういうの考えンのはめだ。

 俺はこの縄入れるガラス瓶作りゃ良いんだろ?」


「まあ、そういう訳で頼むよ。これ、お土産のハニービスケットと、

 うっかり忘れて行っちゃう予定の飲み物。

 次に来るまで中身が悪くなってしまったら困るから、

 捨てるなり飲むなり、処分しないといけないので宜しく頼む。

 うっかり忘れちゃっただけだぞ?」

「ええーっ?それはウッカリですねえ?

 うっかり私が間違って飲んじゃったりして!」

「おおっ?何だぁ?ウッカリ俺が飲んじまっても良い奴か」


「ああ、うっかり水と間違えて酒を入れて来てしまったかもしれないが、

 うっかり置いて行ってしまったので詳しい事は憶えていないなあ」

「そうですよね!じゃあ頂いたビスケット食べながら、

 うっかり間違って飲んじゃいましょう!」

「おう、俺のグラスにうっかり間違って入れられた物なら、

 飲んじまっても問題無ぇよな」


バラさんが綺麗な装飾のあるガラスカップを2つ、机に並べて置く。

ペイルネッタが机に置かれた水筒から液体を注いて行くと、

第3のグラスが現れた。


「いやあ、何事かと思って来てみれば。

 うっかり変な話が外に漏れないと良いのですがね?」


「や、やだなあ、所長さん。

 勿論全員分ですよ、うっかり忘れるなんて事はありません」

「そうか、それは良かった。それで、あの回転装置はどうだったかい?」


「はい、あれはやはり使い物になりませんでした。

 用途を説明しなかったのは悪かったかもしれません。

 もう一度部品も含めて依頼したいので、

 精密な図面が用意できるまで待って下さると」

「そうかぁー、やっぱりねえ。僕もあれはどうかと思ってたんだよねえ」


「それよりも、今回は前回作って貰った丸い器を乗せる台座と、

 このガラス栓と一体化した容器を固定する台をお願いしたいのですが」

「おー、これね。こっちは金属製で、こっちは木で良いのかい?

 木工細工はうちではちょっとなあ」


「そうですか、ではこの金属製の台座だけお願いします」

「分ったよ、頼んでみようか。それで・・・、あっちにもさ。

 うっかり何か持って来る・・・なんて事は無いよね?

 ほら、僕ここの管理者だしさ。一応、そういうのは監視してるんだけど」


「わ、解りました。うっかり持ち込んだ物を忘れないように、

 次回(・・)は注意致します」

「うん、気を付けてくれ給えよ?」


   「カァァァ!何じゃこりゃ、旨ぇな!」

   「本当ですね!どこと無くお魚の味が?」


「ホラホラ君たち、うっかり騒いで見つかったら大変だからね?

 依頼人の忘れ物でしょ?」


所長も大概な性格だ。

ノリが良いんだか悪いんだか。

真面目そうに見えたが、少なくとも悪乗りは許してくれそうである。


うっかり忘れた事にするためそそくさと工房を離れ、

パラパラと小雨が降る中を城門へ向けて小走りに帰った。


降り出したばかりの雨は庭園の植え込みに弾かれて飛び散り、

城壁は雨粒が当たる度に斜めの線が増えて行く。

警備の騎士達も雨用の外套を被っており、

こんな時でも外の立ち仕事と言うのは大変だなと少し同情をした。


パニを迎えに来た時点で、

頭から爪先までびしょ濡れになってしまっていた。

移動魔法は濡れた分の水量だけ消費MPが増えるのだろうか。

コンマ幾つ分位の増量だとは思うが、

そもそもMPと言う物は自然数なのか無理数なのか。


旅亭へ戻るなりナズとアナから揉みくちゃに拭かれた。

∽今日のステータス(2022/03/09)


 ・繰越金額 (白金貨30枚・利用券2枚)

     金貨 29枚 銀貨 67枚 銅貨278枚


  酒代               (1550й)

   タコス(大)   ×14      980

   魚骨酒      × 3      240

   エール      × 2      100

   カルーア     × 2       60

   揚げ芋      × 2       50

   ラム肉のチーズ焼き         120


  手土産              (2275й)

   ハニービスケット ×6        75

   皮の水筒              200

   魚骨酒(小瓶)          2000


            銀貨-37枚 銅貨-125枚

  ------------------------

  計  金貨 29枚 銀貨 30枚 銅貨123枚



 ・収得品

   ハサミ      ×  1   鼈甲       ×  2

   羽毛       ×  8   バラ       × 25

   岩        × 41



 ・異世界73日目(夜)

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― 新着の感想 ―
∽今日のステータス) 今更ながら、8人とナズで酒盛りなのにタコスと飲み物が7人分しか書いて無いし、魚骨酒は4杯で竜人コンビはジュースだよね
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