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96:決戦

ーーーー

ーーーー


「……ゲホッ。あ~ウゼェ」


 城下から相当離れた街外れの森の中、草木に埋もれるような格好でワイル・D・ロビンは悪態をついた。

 そうそうあることではない。

 一日のうちに二度も高所から吹き飛ばされるなど。

 

 いったい何が起きた。

 あのクソガキをグングニールの矢で仕留めようとしたところまでは覚えている。

 だがその直後に何かが破裂したような、もの凄い衝撃が──、


「もういいか?」


 声をかけたのはストレイン・アスガルド。

 倒れていたワイルの近くで腕を組んだまま静かに佇んでいる。

 次の瞬間、周囲の草木を消滅させるほどの気がその場で膨れ上がり、辺り一帯の木々が激しくざわめいた。

 立ち上がったワイルの額にはいくつも血管が浮かび上がっている。


「ナメやがって……何様のつもりだコラ」

「……」

「答えやがれッ!」


 ワイルが叫んだ。

 ほんの一瞬とはいえ気を失っていた自分に対して手を出してこなかった。

 コケにされたのだ。


 悪鬼のごとき人相で激昂するワイル。

 そんな相手を前にしてストレインは無表情のまま、


「……左肩、右足。ああそれと、首にも締め痕があったな」 


 トン、トン、と自分の身体を触りながらストレインは思い出すように言った。


「ワイル。これから貴様が別れを告げる肉体だ。最後に挨拶を済ませておけ」

「……へ、へへ、なんだよストレイン。ちゃんと喋れるんじゃねえか。先生を傷つけたこと怒ってんのかァ?」


 以前とはあまりにも違う雰囲気のストレインに戸惑いを見せていたワイルは一旦怒りの矛先を収めると、ストレインの様子がウェムラ・アキュラを傷つけたことに起因するものと推察し意地の悪い笑みを見せる。

 だがストレインは首を横に振った。


「違う。今の僕には怒りもなければ悲しみもない。感じたくても、感じられん」

「あ? 何言ってんだテメエ」

「それが代償」


 言いつつストレインは剣をゆっくり引き抜いた。


「我が主、アキュラ殿が貴様から受けた苦痛は相当なものだったろう。想像することしかできん。共感することも叶わん。ならば、僕は僕の定めし理にのっとってあの御方の為に供物を捧げよう」

「はァ? テメエの理だァ?」

「知らなかったのか。アキュラ殿に指一本でも手を出したら死ぬ。同じ苦痛を味わせてから殺す。それが僕の定めた理、全人類が守らなければならない絶対のルールだ」


 剣を構えたまま、ここにはいない主を想いつつも淡々とした表情で語るストレイン。

 それを見たワイルは一歩退いて、


「……てんめえストレイン。とうとう完全に頭のネジが飛びやがったなァ」

「それは貴様も同じだろう。ワイル」

「抜かせッ──!」


 今まで手を止めて会話をしていたのが奇跡だと言わんばかりに両者のおびただしい殺気で埋め尽くされた空気の中、再び剣と剣が衝突する。


「ストレインンン!!!」


 咆哮。

 気迫のこもったワイルの太刀筋がきらめく。ストレインは器用にこれを捌いた。


「この程度か! ワイル!」

「ぐっ……がッ!」


 斬り合いの中でストレインが織り交ぜた回し蹴りを喰らい、ワイルは背後にある大木を数本なぎ倒しながら吹き飛んでいった。

 その直後に森の奥から聞こえてきたのは空を切る鋭い風切り音。

 飛来したいくつもの矢をストレインが叩き斬ると、

 

「しゃらくせェ!!」


 射った矢に乗じて復帰したワイルが再度ストレインに斬りかかった。

 ストレインはこれを片手で持った剣だけで受け流すと、空いた方の拳でワイルの腹に重たい一撃を突き上げる。

 浮き上がったワイルの体に、さらに追い打ちでかかと落としをかました。

 

「がはっ……!」


 地面に叩きつけられたワイルは息を吐きながらもすぐに横っ跳びをしてストレインのさらなる追い打ちをかわす。

 そうしてすぐに立ち上がるとワイルは一度ストレインとの距離を離した。

 その口元からはぽたぽたと血が滴り落ちている。

 

「ぺっ……認めたくはねえが、さすがに今のままじゃいけねェか」


 口に溜まった血を吐き捨てたワイルが観念したように言うと、自身の胸の辺りをわしづかんだ。 


「まだまだイケるぜ、オレぁよ!」


 ワイルの体からどんどんと膨れ上がるドス黒い瘴気の塊。

 苦しげに表情を歪ませながらも、周囲に漂う闇は次第に濃くなってゆく。


「いいのか貴様? もはや正気すら保てなくなるぞ」

「ぐぅ……テメエごときと同じにしてくれるな。オレは闇には呑まれねえ」


 自らそう告げたワイルの瞳には確かに知性的な光がしっかりと灯っていた。

 魔人化による理性の消失、知性の暴虐化といった影響を受けている様子はない。


「なんでか自分でもわからんがなァ……。へっ、親父殿が言うにはオレの肉体は特別なんだとよ」

「……」

「おおお……おおおォオ!!」


 ワイルの心臓の鼓動が一段と速くなる。

 森のざわめき。

 それはまるで膨れ上がるワイルの気を前に自然そのものが震えているようだった。

 

 そして──、

 

「……ふううぅぅう」


 大きく息を吐いたワイル。

 辺りに漂っていた闇は掻き消えていた。

 周囲に溢れていただけの瘴気は洗練され、今では闘気のようにワイルの体を覆っている。


「さァて……第二ラウンドの始まりといこうかい」

「……フン」


 ワイルが肩を鳴らしながら揚々と言うと、ストレインは鼻で応えた。

 だがお互いのその目は一切笑っていない。

 

「──はァッ!」

「ぬゥン──!!」


 両者の掛け声が激突の合図となった。

 地面を揺るがすほどの力のぶつかり合い。二合、三合と斬り合いの応酬が続く。

 ワイルの動きはさきほどまでとは明らかに一線を画するものであった。

 対するストレインも、今ではワイルと同じように魔人化による瘴気を闘気のごとく身に纏っていた。


「さすがのテメエも、この力の前じゃ、本気を出さないとキツイかァ!?」

「調子に、のるな」

「おらよっ!」


 斬り合いのさなか、ストレインの振るった剣を踏み台にしてワイルが宙返りをみせる。

 そして高く跳び上がったワイルは素早く弓に持ち替えると、


「『射殺す暴威』の異名は伊達じゃあねェぜ! グン、グニル──!!」


 上空に向かって放たれた無数の矢。

 一本一本が赤い輝きを見せるそれは、次の瞬間には空から降り注ぐ死の雨となった。


「消し飛べェ! ストレイン!」

「それはもう効かん」


 一つの大きな塊となって向かってくる矢の雨に、ストレインは手にしていた剣を振り抜いた。

 鋭い一閃。

 突如、空中にあるグングニールの矢が根こそぎ爆ぜ失せた。


「ちっ、その剣はァ……! さっきの……!」

「破砕剣、だそうだ」


 破裂した衝撃が広がり、周りの木々が音をたててなぎ倒れてゆく。

 ワイルがストレインの剣に目をやりながら再び武器を持ち替えると、


(厄介な剣だぜ……。このままじゃここら一帯が平地になっちまうな)


 すでに森はどんな生物も踏み入ることのできない地獄と化している。

 その中でストレインとワイルだけが、破砕剣の生み出した衝撃の風圧をものともせず戦いを続けていた。


 ワイルの袈裟斬り──弾かれ。

 ストレインの薙ぎ払い──躱され。

 返す刀の斬り上げ──も躱され。

 ワイルの意表をついた刺突──当たるはずもなく。


 ここは殺し合いの終着点。

 超越者同士の剣は人知れぬ森の中、互いの命を欲せんとなおも激しく振るわれる。

 

 喰らえば即必殺とも言える斬撃の応酬はまさしく死闘と呼ぶにふさわしい。

 気を抜けばその瞬間に勝敗は決する。

 彼らの戦いを見た誰もがその結末を想像し、予想できない勝者の行方に頭を悩ませるだろう。

 

 だが少し待ってほしい。

 それはあくまで前提が合っていたら、の話に限られる。

 前提。

 つまり、両者の実力が互角の場合は、であるが。


(ちっ、ラチがあかねえ。グングニールを陽動に仕掛けて優位を得る)


 極限の死闘の中で生まれた一時の膠着状態。

 焦れたワイルが形勢を掴むべく次の行動に移ろうとした、その時だった。

 ストレインが今までよりさらに一歩前に踏み込むと、


「もう奇術の種はおしまいか? ワイル」

「なあ~にィ~?」

「ではそろそろ始めようか」

「……!?」


 対峙しているワイルだからこそ一番に気付いた。

 激しい斬り合いの中でストレインの動きが徐々に速くなってゆく。

 そうしてキレがさらに一段と増したストレインの剣は、限界まで強くなったはずのワイルの剣をあっさりと超えた。


 受けるのに手一杯となったワイルの頬に冷や汗が垂れる。

 馬鹿な。


(このオレが、押されるだと……!)


 まだ底があるというのか。

 戦慄するワイルの胸の奥には、今まで感じたことのない感情が湧き上がりつつあった。


 なにより気に入らないのはストレインの態度だ。

 なぜだ。何が違う。

 せっかく真っ暗な闇に堕としたはずなのに、なぜこんなにもコイツは……!


 とそこで、自身の意識がほんの少しだけ戦いから逸れたことを瞬時に自覚したワイル。

 自覚した時点で遅かった。

 ストレインの振るった剣の切っ先はすでにワイルの肩の辺りに喰い込んでいた。


「まずは左肩」


 ビッ、と真上に斬り上がったストレインの剣の先。

 その軌跡を追うようにして鮮やかな赤色の液体が噴き上がる。

 

「があァアアア!?」


 ワイルの絶叫。

 左肩の辺りがごっそりと抉られていた。

 大量の血を撒き散らしながら傷口を押さえつつワイルが後退すると、


「ハッ……ハッ……。グ……、ストレイン、テメエ」

「次は、右足」


 チャキ、と剣の向きを変えてつまらなさそうにストレインが言った。

 対するワイルの息は荒い。

 固めてあった髪は乱れ、自慢の無精髭には血がべったりと付いていた。


(クソッ……許さねェこのクソガキがァ! だが……クッ……グ……)

 

 ワイルは憤る気持ちを抑え、冷静に思考を回転させる。

 このままではマズい。何か次の手を──。


(……それになァ)


 内心ハラワタが煮えくり返るほどの激情。

 だがワイルのその胸の内には怒り以外の感情も同時に存在していた。

 落胆、だった。


(オレが見てえのはこんなつまんねえコイツじゃねえ。二年前のあの時の……。もっとグチャグチャの、怒り狂った獣のような……! 心からオレをワクワクさせてくれるやつが見てえんだ!)


 掻き乱せ。コイツの心を揺さぶるんだ。

 それこそが勝機であり、なにより自身が見たかった最高の光景となるはずなのだから。


「……ク……クク……」


 左肩に深い傷を負わされ劣勢に立たされたワイルだったが、しかし腹の内からこみ上げる笑いを隠すのに必死だった。

 ついにアレを伝える時がきた、と。

 そして──、

 

「クックック……! ストレイン。お前に一ついいことを教えてやるよ」

次でファルナシア大陸編は終わりです。

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