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94:宿敵、相見えん

 魔人リストのくさびコマンドによってこの場に召喚されたストレイン。

 捕らえられていた俺はワイルの手から解放された。

 そして俺は命ずる。


「ストレイン、命令だ。やれ」

 

 カッと眼を見開くストレイン。

 俺の命令に反応するや否や、


「御意──」


 と、ストレインが手にしていた剣を鞘から引き抜いた。

 そして次の瞬間にはもうそこにはいない。

 すでにワイルの目の前へと移動しており、左下から右上へと凄まじい速度で剣を振り抜いている。

 いわゆる逆袈裟の形だ。


「──ヌンッ!!」


 それを長剣で受けるはワイル。

 その直後、爆弾でも爆発したかと思うほどの轟音が部屋に響き渡った。

 何が起きたのか。

 ワイルの背後に存在していたフロアの全てが吹き飛んだ。


「う、おお……ッ!?」


 ストレインの斬撃が凄すぎて周りへの被害は甚大だ。

 あっさりと建物のバランスが崩れ、俺たちの居る階から上の階がまとめて崩れ落ちてきた。

 

(っておいおいおい──)


 しかし俺の心配など無用であった。

 ストレインが勢いよく剣を上に掲げた次の瞬間──落ちてくる瓦礫もろとも城の上層が爆散し跡形もなく消し飛んだ。


 頭上に広がる一面の青空。

 パラパラと細かい粉塵が雨のように舞い落ちてくる。


「……チッ」


 ストレインの初撃を防いだワイルが自身の手のひらを見つめ舌打ちをした。

 その舌打ちは奇襲に対するものか、それとも今のストレインが見せた途轍もない力の一端によるものか、果たして……。


「調子に乗ってんじゃねェ!!」

「……」


 今度は激昂したワイルがストレインに向かって斬りかかると、それをストレインは片手で持った剣でゆらりと受けた。

 ガギィンという金属の悲鳴が耳をつんざく。

 剣同士の衝突を中心にして、またも激しい剣圧の余波が周囲に広がった。


(や、やば、落ち)


 俺は必死で壁の残骸を掴んでこらえた。

 上層が吹き飛びもはや城の最上階と化してしまったこの部屋。度重なる衝撃で肩の矢も折れて自由になっていた俺は、化物どもの戦闘に巻き込まれて何故か城から落ちそうになっていた。笑えない。

 それほどにストレインとワイルの剣圧、ぶつかり合う衝撃が凄まじい。


 両者の剣が交差し、ギリギリとつばぜり合う。


「ヒャッヒャッ、以前に比べてさらに深く堕ちたなァストレイン。けっこうなことだ。だがなァ、なんでその状態でおとなしく先生に従っていられる? なあ?」

「……」

「どういうカラクリでここに現れたのか知らねえが、オレが見てェのはそんなんじゃねえんだよ。お行儀良く振る舞ってんじゃねえ!」

「……」

「なんだよテメエ。ついに口もきけなくなっちまったかァ?」

「……左肩……右足」

「あ?」


 ストレインが軽く剣を振るうとワイルの体が弾かれ、つばぜり合いの均衡はあっさりと崩された。

 弾かれた勢いそのままに床を滑ってゆくワイル。そんなワイルに対してなおも苛烈な追い打ちをかけるストレイン。

 見えない速度で剣と剣がぶつかり合う。


「チッ……! クッ、イキがってんじゃねェぞストレイン! その力はテメエだけのもんじゃねえんだ!」


 斬り合いながらもワイルがそう言うと、その体から黒い瘴気が溢れ出始めた。

 あれは魔人化の……。ワイル・D・ロビン、やはりこいつもか。


(……まるで魔人のバーゲンセールだな)


 などとバカなことを考えてる暇は一切ない。

 ワイルのあれは俺と戦った魔人ファントムとは比べ物にならないほどの力の純度だ。

 もしかしたら奴もストレインと同様、魔人より上のステージに登っているかもしれない。

 

 だがストレインはそんなことおかまいなしといった感じで猛攻を続けていた。


「テ、テメエ、クソガキ……! くっ……!」

「……」


 ストレインから繰り出される必殺の剣筋を全て防ぎきらねばならず、ワイルは防戦に専念せざるを得ない形になっていた。

 何も語らぬまま、ただ黙々と剣を振るうストレインの姿はまるで意思なき刃そのものである。


「クソ、うっとうしい!! 離れろや!!!」


 ワイルはひときわ大きく剣を振るうとその反動を利用して後ろに跳び退いた。

 そしてすぐさま長剣から弓に持ち替えると、


「ったく、俺ぁ弓兵なんだぜ? 少しは遠慮しろよ」


 ワイルの魔力を吸った弓がまるで生き物のように激しい脈動を見せる。

 弓に巻かれた白い布はあっさりと破られ、その本来の姿を白日の下に晒した。


「オレがこいつを使っちまうと絶対に相手を殺しちまうからな……。先生相手には使わないようにしていたがもういいだろうよ」


 矢をつがえて弓の構えをとったワイル。

 赤黒く不気味なシルエットを見せるその弓は、だがしかし見覚えがあった。


「こいつは魔宝具『邪弓グングニール』。もっとも、先生がつけた元の名前は違うかもしれねえが」


 あれは過去に俺が使っていた弓だ。

 魔力でマーキングをした相手に向かって放った矢が追い続けるという魔物ランク★6ワイルドシャークの特性を利用して作った絶対必中の弓である。

 

(……よりによって、まさかワイルが持っていたとはな)


 俺が作る物は使用者の魔力の質によって力の増幅が可能になっている。

 使い手の練度が高ければ高いほどその効果は顕著にあらわになり、製作者である俺の想定以上の能力値を叩き出すことができるだろう。

 つまり何が言いたいのかというと、


「死ねや、ストレイン」

 

 ワイルの構える赤黒い邪弓、グングニールからは禍々しい邪気のような魔力が迸っている。

 そしてそのグングニールに呼応するように、ストレインの鎧の胸の辺りが微かに光を灯した。

 あれは魔力のマーキング。

 おそらくさっきストレインと斬り結んでいた際に付けていたのだ。抜け目ない。

 

 弓手としての技量は世界一級、そして魔人としての能力も高いこの男が放つ絶対必中の矢。

 まともに相手にできる人間は果たしてこの世界に存在するのだろうか。

 ギリリ──……と弓を引き絞る音が俺の耳にうるさく響いた。


「とっととくたばれェ! グン、グニルッ──!!」


 ワイルが叫ぶと同時、限界まで引き絞られた矢が放たれた。

 放たれた矢は血のように真っ赤な閃光をまといながら、ターゲットであるストレインに向かっておぞましい軌道を描き推進してゆく。

 常人には視認できない速度で突き進むそれは、気づいた時にはストレインの胸の前に──、


「……フン」


 ストレインがこともなげに剣を振るい自身に迫る矢を払いのけた。

 あらぬ方向に吹き飛んでいく矢、だが次の瞬間空中で軌道を変えたかと思えば、再びターゲットであるストレインに向かって蛇行しながら突き進んでゆく。

 マーキングに到達するまで決して止まることのない恐ろしい特性。

 まるで生きた蛇のように動きを見せるワイルの矢はおぞましく気味が悪かった。

 そして、

 

「ストレインッ!」

「まさか卑怯とは言わんよなァ?」


 叫んだ俺の視線の先には新たな矢をつがえたまま口元を歪めるワイルの姿。

 赤と黒の混じり合った邪悪なる弓から幾重もの矢が赤い閃光となって放たれる。

 その数、ニ、四、八、十二、十六……──。

 ワイルという男にしかできないであろう並外れた速射によって、ほんの一瞬の間に数十もの必殺の矢がこの場に存在していた。たった一人の男を殺すためだけに。


「……やれやれ」


 周囲を真っ赤に染め上げられたストレインが、一切感情のこもっていない声で呟いた。

 一つでも当たれば致命傷どころではない赤い閃光の嵐。

 次々と迫りくる矢をストレインは手当たり次第に斬り弾くも、弾かれては次から次へと襲いかかってくる矢の物量がすさまじく、まるで蛇に丸呑みにされる獲物のようにストレインの姿が赤い光の中へ飲み込まれてゆく。


「ヒャッヒャッヒャ!! あばよストレイン!!」


 赤い光の渦に取り囲まれたストレインを見てワイルが愉快そうに笑っている。

 絶体絶命。

 普通ならばそんな思いがよぎる状況、だが俺は違った。


(……ここまでか)


 赤い閃光をまとい空中を飛び回る矢の嵐、その隙間から無言で俺の方を見つめているストレインと目が合った。

 神速の動きで矢を弾きながらよそ見をする余裕すら感じさせるストレインの佇まい。

 その眼には焦りも狼狽も映ってはいない。無感情としか言えない、いわゆる無心の境地に達していた。

 だがそれこそが【魔人】のその上、【魔刃】たる証でもある。


「アキュラ殿」

「……ああ。後は任せるぞ、ストレイン」

「では」


 短い言葉だけを交わすと、俺は二人から背を向けた。

 正直に言えばこの二人の戦いの決着を自身の目で見届けたかった。

 だがもう限界だろう。

 これ以上、ストレインの邪魔になってはいけないのだから。


 そして俺は立った。

 もはや壁も天井も無い、少し前まで部屋だったはずの床の端へと。

 ビルで言うなら何階相当の高さだろうか。眼下に広がる街の景色は壮大で美しい。


(さて、皆に会いに行くか……)


 呑気にそんなことを思いながら俺は右眼に魔力を込めた。

 眼の色は青紫色。

 そして俺はあっさりと飛び下りた。


「おい先生!? チッ! ここまできて逃がすかよ、待てや──」

 

 俺の姿を追って叫ぶワイルの声が背後で聞こえた気がした。

 その直後、空に響き渡ったのは耳を覆うような轟音の波。

 

 さっきまで俺がいた場所。

 城の最上階が跡形もなく消し飛んだのだった。


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